第13話 廃病リポート②
車で行く事1時間半、市内の隅っこの海辺に目的地の廃病院は立っていた。
「よく取り壊されないな」
「所有者の居場所が分からないとかで、放置されているらしい」
見上げると、月に照らされボンヤリとその姿を現している。伸び放題の雑草の中、割れた窓ガラスや、所々剥がれた白い外壁が、淡い月光を反射していた。
「さて、行くか」
恐怖心を待ち合わせていないのか、マルは雑草をかきわけ、颯爽と廃病院の入り口へと向かって行く。
冷たい風が、波の音と潮の匂いを撒き散らしていく。寒い、めちゃくちゃ寒い。こんな事なら、ヒートテックを着てくれば良かった。
生まれたばかりの仔牛のように、俺は震えながらマルの後を追う。
廃病院の入り口は、ガラスが割られ、真っ暗な口がポッカリ開いているように見えた。周囲の白かったであろう壁は黄ばみ、あちこちに落書きがしてある。
母上、僕はヤバいところに来てしまいました。ここから無事に生還できる気がしません。
「あれぇ?伊藤ちゃん、怖気付いた?」
「これ、マジで出そうじゃん」
「幽霊見るために来たんだから、出ていいだろう?てか、お前が俺を誘ったんだろ」
マルの言い分は、ごもっともである。俺は幽霊を取材するために、マルという協力なサポーターを誘ったのだ。
「だいたい、幽霊が怖い癖に、ホラー雑誌の記者に転職する神経が分からん。外観の写真もいるか?」
吐き捨てたマルは、ナップザックからヘッドライトを取り出し装着した。
「ああ、頼む」
俺もおずおずと懐中電灯を取り出し、中を照らす。
病院の中も荒れている。ゴミや木材、ガラス片などが床中に落ちていた。天井は穴が開き、所々からコードがぶら下がってる。
不意に一瞬、周りが明るくなり、俺はその場で奇声を上げて飛び跳ねた。
「フラッシュだよ、フラッシュ。お前、ホントに大丈夫かよ」
「も、問題ない」
自分でも驚くほどのソプラノボイスで答え、深呼吸した。
「4階建てみたいだな。目的の場所は?」
「2階の奥の部屋が、目撃情報が一番多い」
「じゃ、2階まででいいんだな。4階まで登るか?」
「ケースバイケースで」
怖気付いている俺に、マルは焚きつけるように言った。
「幽霊撮れなくてネタにならなかったら、どうする?山田って奴は、こんな所に平然と入って結果を出してるんだろうなぁ」
そうだ。ネタが必要なのだ。あの山田をギャフンと言わせるような、さすが伊藤君と褒められ、読者にイトーファンを作るためにも。
「行くぞ」
俺は猛然と廃病院の中へと突っ込んで行った。
パリン、バキッと歩く度に足元から音がする。僅かな潮の匂いと、それを上回る埃っぽさ。さっきまで聞こえていた波の音も、この中では聞こえない。
「伊藤ちゃん、あっちに階段があるぞ」
時折、マルがフラッシュをたくことで、建物内の全貌が読み取れる。1階は大きなホールから右手には階段、左手には広い廊下が続いていた。
「しかし、肝試しの奴が多いんだろうな」
「壁は、落書きだらけだな」
謎のサインから誰かの悪口、日付やイニシャルなど、多種多様な書き込みがある。
2階に上がると、雰囲気がさらに増す。長い廊下を挟み、両脇にいくつもの部屋がある。過去は入院患者が使っていたのだろう。
この一番奥に、首なしナースが出るという噂だ。
気合いを入れ直し、俺は廊下をゆっくりと進んで行く。俺とマルの履くスニーカーが床を叩き、その音がやたら響いていた。
「おい、伊藤ちゃん」
しばらく歩くと、後ろからマルが声をかけてきた。
「どうした、マル」
「足音、聞こえないか?」
立ち止まり耳をすますと、足音が聞こえ、ゾクリと背筋が寒くなった。
「1階からだな。話し声も聞こえる」
パタパタ走ったり、歩く音などの、複数の足音と一緒に、微かにだが笑い声や話す声が聞こえる。
「肝試し、か」
「なんだよ、驚かすなよ」
さっきまでの緊張が嘘みたいに溶けていく。人が多いって安心する。
「彼らが上に来る前に、幽霊見に行こうぜ」
マルの言う通りだ。人数が増えると幽霊も出にくいかもしれない。ましては相手は深夜にこんな所にくる人間、不良だったりしたら、絡まれてリポートどころではなくなる。
「急ごう」
俺とマルは、ペースを上げて廊下を進む。
時々、横の部屋も見ていくが、空き部屋も窓ガラスが割られ、カーテンなのか、古びた布が床に落ちていた。
廊下の先を懐中電灯で照らすと、光の届いた突き当たりに、扉が見える。
あそこに、首なしナースがいて欲しいような、見たくないような、複雑な気持ちで向かった。
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