第10話 ギーテン⑤
翌日、俺は小久保の家へリベンジに向かった。もちろん、負け試合をしにきた訳ではない。見えない俺は強力な助っ人を連れてきたのだ。
「ここかぁ、お邪魔しまーす」
インターフォンを鳴らす前に元気よく助っ人は入っていく。
「あら、記者さん、彼女連れてきたの?」
完全に待ち構えていたであろう、小久保の母親が玄関に正座していた。やるなパンチ。
「やだー、ライターさんの彼女じゃないです。私は巫女の美琴って言います」
遡る事、昨夜の帰りがけ。俺はスマホを握りしめ美琴に電話したのだ。
「やっぱり、ライターさんから連絡あると思った!明日の夕方空いてるから、お供してあげる」
電話に出た途端、何も話していないのに美琴は言った。
「なんで、夕方にアポ取りたいと分かったんですか」
「あ、明日の夕方予約してた常連さんがね、急な用事が入ってキャンセルになったから、何かあるんだろうなと思ってたの」
そんな偶然があるのだろうか。神の声が聞こえるという美琴は、偶然を必然にする力があるのか。
「へー、ギーテンって名前があるんですね」
「でもね、記者さんには見えないらしくてねぇ。昨日も散々教えたんだけど」
傷口に塩を塗るな。小久保の母親よ。
しかし、小久保の母親と会話をしながら廊下を歩く美琴は、巫女の格好以外、普通の女の子だ。不思議な力があるのが、未だに信じられない。
居間に入ると、小久保と、昨夜のようにビールを飲んでいた小久保の父親の動きがフリーズした。
「こんばんはー、巫女の美琴です。初めまして」
「は、初めてまして」
モジモジする小久保と、隣にいた小久保の父親は正座をし、頭を下げる。態度が変わりすぎだ。
「あー、いますね。ギーテンちゃん」
そんな2人を他所に、美琴は壁の方を向き、ニコリと笑顔を浮かべた。
「美琴ちゃん、分かる?」
「もちろん!ばっちり視えますよー」
壁に近づき、自分の右手を肩の位置まで上げると、振り返る。
「あら!それ、昔、お父さんもやったのよ」
「おお」
「いい感じっす」
小久保ファミリーが沸いてきた。が、何故そんなに沸いているのか不明だ。
「ライターさん、写真に撮ってください」
言われるがまま、持参したカメラのシャッターを押す。覗いているファインダーには、不自然に片手をあげた美琴しか写っていない。
「これで現場の写真はオッケーですね。では、霊視をしてみましょう」
居間に正座をし、両手を合わせた美琴は、何か唱え始める。
「ご家族の皆さん、ギーテンちゃんに聞きたい事はありますか?」
呪文の合間に美琴が質問するが、3人は顔を見合わせるだけ。聞きたい事がないのか!
空気を察したように美琴は呪文を止めた。
「まずライターさんの質問から。ギーテンちゃんは幽霊です。幽霊と言っても色んなものがあるんですが、この子は植物に近いかなぁ」
「し、植物?」
幽霊で植物の右手って、どういう事?和食ですが洋食のジャンルに入る中華みたいなもんか?何味なんだよ。
「恐らく、賑やかで仲の良い素敵なご家族に誘われて、生えてきたんだと思います」
「素敵な家族だなんて。ねぇ」
小久保の母親が嬉しそうに同意を求めるが、小久保も父親も顔を赤らめたまま、美琴をチラチラと見ているだけだった。
「除霊もできますが、どうします?」
「あ、あの、巫女さん、除霊というのはギーテンを消してしまう、という事ですか?」
低い声を無理矢理だして、ダンディズムを演出しているのは小久保の父親だ。チラチラ美琴を見る割に、絶対に目は合わせない。
「消すというのは語弊があります。在るべき場所に戻ってもらう事、かな」
「巫女ちゃん、それはダメよぉ〜」
小久保も小久保の母親も、首を横に振っている。なんで?せっかく、能力者を連れてきたのに。
「元々、ギーテンを見に来てって言っただけで、除霊とか、そんなの望んでないし。み、み、美琴の気持ちは嬉しいけど」
噛みながらも、どさくさに紛れて、美琴を呼び捨てにしたのは小久保だ。父親が悔しそうな表情を浮かべる中、一歩リードしたみたいに、小さくガッツポーズしている。
「ギーテンちゃんは幸せですね」
美琴に言われた小久保は、顔を真っ赤にした。余程、女の子に縁がないか、美琴が凄くタイプか、どちらかだろう。
「ギーテンちゃんは、今後も、皆さんを見守ってくれるでしょう」
美琴がまとめると、小久保全員がウンウンと頷いた。
「では、私の役目はこれで終わりなので、帰りまーす」
「もう、帰っちゃうの?」
小久保の父親が引き止めるのもかわし、美琴と俺は小久保を後にした。
「どう?記事に出来そう?」
「ありがとう!何とかいけます!!あの、御礼はどれくらい・・・」
「いいの。今回は初回限定、無料にしてあげる」
神だ。巫女という名の神様だ。どうしてこんな俺に協力してくれるのだろう。もしかして、俺が好みのタイプだとか。
僅かな下心と、心から感謝して別れたのだが、美琴の実力を知るのは翌日になってからだった。
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