第9話 ギーテン④

「申し遅れました。わたくし奇々怪界の雑誌のライター、伊藤一哉と申します。皆さんにギーテンさんの事をお伺いしたいのですが、よろしいですか」

「まぁ、記者さんだったのね」


 小久保の母親の表情がパァッと明るくなるのに反し、小久保は無反応、父親なんかガン無視して、まだビールを飲んでいる。


 俺のターンに持ち込むため、落ち着いた雰囲気を醸し出しながらメモ帳を取り出し、質問をぶつけてみる。


「ギーテンさんは、いつ頃からいらっしゃるんですか?」

「そうねぇ、いつだったからしら?」


 ノリノリの母親が聞くものの、家族は無反応だ。しかし、母は強かった。


「多分、よっちゃんが幼稚園の頃だったかなぁ。今はこんな格好してるけど、幼稚園の頃は人見知りで、大人しい子でね」

「うるせー、ババア」


 よっちゃんとは、小久保のあだ名だろう。


「思い出した!年長さんの学習発表会の前日よ!よっちゃんが、手があるって言い出して、みんなでギーテンを見つけたのよね。お父さんなんか、ギーテンと握手したりしちゃって」


 待て。握手?普通、壁から手が出てたら握手するか?怖いだろう?怖くて慄くのが普通じゃないのか?


「それから、ずーっとかしら」


 ひとしきりしゃべり終えた母親は、お茶を啜った。


「あの、それまでに変な現象とかは?」

「特には」

「ギーテンさんが現れた後に怪奇現象とか?」

「んー、ないわね」


 どうすりゃいい。ネタが、ない。むしろ小久保家自体はネタなのだが、求めているものと乖離が激しすぎる。


「失礼ですが、この家に、何か霊的なものがあったりしますか?」

「幽霊とかは見た事ないわねぇ」


 いやいや、お母さん。あなたギーテン見えてるやん。それ、多分幽霊。


「この辺りの土地に、曰くがあるとか?」

「まさか!ここは新興住宅地になった時に、お父さんが買った家だし、元は畑だったのよ」


 メモを取るために握っているペンを全く動かせない。書きたい書きたいと訴えているのに、書く事がない。


「記者さんさぁ」


 黙ってビールを飲んでいた父親が、ついに口を開いた。何か思い出したか?!


 グラスをテーブルに置き、溜めるようにそれを見つめる。期待の眼差しで俺が凝視するなか、父親は再び口を開いた。


「心霊記者、向いてないんじゃない?だって幽霊見えないんだろう?」


 言うなぁぁぁ!それは、今絶対に言っちゃダメェェ!俺が今、最高に気にしている所なのに。弁慶の泣き所どころか、生きたまま心臓をえぐられるほど、痛い所なんだからぁ!


 俺はぐうの音もでないまま、パタンとメモ帳を閉じた。


 切羽詰まった状況に、脳みそがフル稼働し口から言葉が溢れてくる。この熱い想いを、ハゲ親父に届けたい。


「おっしゃる通り、私には幽霊が見えません。しかしですよ、癌になった事のない医師も癌の患者を治せます。向き不向きではないはずです」


 父親は沈黙したまま、軽く頷いた。仕事にかけるマグマのような熱い俺の想いが届いたのだ。


 だが、歓喜に沸いた俺の腹部を、思わぬ横槍がグサリと突き刺した。存在感を消していた小久保だ。


「医者も癌を見て治療するだろ。見えないんじゃ治療できないじゃん」


 この家は、完全アウェーだ。俺をこの世から消し去りたいのか。


「ところで、改めて明日、もう一度お邪魔してもよろしいでしょうか」


 小久保の言葉をスルーして一時撤退に入る。無理矢理アポだけ取って、俺は逃げるように小久保家を出た。


「見てろよ、小久保ファミリーめ」


 俺は負け試合をしようとは思っていない。アイツらに俺を認めさせてやる。


 鬼の形相で、俺はスマホを握りしめた。

 


 

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