第8話 ギーテン③
「ここが小久保君の家?!」
思い込みとは恐ろしい。
バンドマンは一人暮らしと思っていたら、年紀の入った一軒家に連れてこられた。どうみても実家でスネかじってるじゃん。
「ただいま」
小さく呟きながら玄関の引き戸を開けて入っていく小久保を後ろから追う。
「お帰り。あら、お友達?」
どっからどうみてもパンチの効いたヘアスタイルにエプロン姿の小太りな女性は、小久保の母親だ。
「ギーテン見たいって」
「あらぁ、そうなの?散らかってるけどいいかしら」
「うるせー、ババア」
どうやら小久保は内弁慶のようだ。無愛想に言いながら、靴を脱いで、さっさと上がっていく。俺は母親にご挨拶する事にした。
「夜分にすみません。わたくしはライターの・・・」
「ギーテンちゃん、今日も絶好調よ。さ、どうぞどうぞ」
全く話を聞かない母親は、俺を室内へと通してくれる。そしていつの間にか、小久保が消えた。先に居間に行ってしまったのだろうか。
「お邪魔し・・・」
居間に入ろうとした俺の体が硬直する。そこには、パンツ一丁のハゲ散らかしたオッサンが座ってビールを飲んでいる。
「おう、飲むか?」
驚きもせず、グラスを掲げるのは、小久保の父親だろう。フレンドリーと言えばいいのか、なんか、すっごい生活感があり過ぎるし、かなり酔っているようだ。
「いえ、大丈夫です」
俺は失礼ながら居間を見回す。父親の後ろの壁が、写真で見た、あの場所に似ていた。
「あの、ギーテンさんは?」
「ああ、そこよ」
先に入っていた母親が、父親の後ろを指差した。やはりあそこか。しかし、そこは一面の壁でしかない。
「今はご不在ですか」
「いるぞ、ここに」
今度は、やや面倒くさそうに同じ所を父親が指をさす。が、何もないただの壁だ。
「え?ここに?」
「いや、もうちょい上。いやいや、それは上すぎる」
父親に指摘されつつ、俺も指をさしながら、ギーテンがいる所を断定していく。
「この辺り、です?」
「違うよ、もう少し斜め上。あー、なんで右斜め上にいく!左斜め上だろうが!」
だんだん父機嫌が悪くなってゆく。眉間のシワが深くなり、赤みが強くなる。
「そっちじゃない、もう少し下!それは下がりすぎだ!あぁー、もう、もう!」
ギーテンは見えないけど、小久保の父親の頭から湯気が出てるのは見える。もうこれ以上刺激するのは危険だと思った時だ。
「やっぱ、ライターさん、無理っすよ」
小久保が居間の入口でため息をついた。推測すると、そこにはギーテンがいるが、俺には見えない、という事か。この家族は全員見えているのに。
まぁまぁと小久保の母親に宥められ、俺たちは、座った。一枚板のテーブルを囲み沈黙が続く中、小久保の父親がビールをグビグビと飲む音が、やたら耳についた。
そうだ、見えなくてもネタにしなくては。徐に名刺を取り出し、俺は、かなり遅い自己紹介から始めた。
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