第7話 ギーテン②
「いとおぉぉ!!年間購読1件って、お前は1日何をしてた!!」
予想通り、翌日朝から編集長の雷が落ちた。
「鐘江は去年同じ所で5件取ってきたぞ!記事も微妙、営業も微妙!お前はクビになりたいのか!」
背中でブフッと笑う鐘江の声を受けながら、ただ頭を下げまくる。あいつ、今に見てろよ。
「売れる記事を持ってこい!山田はいい記事持ってきたぞ!」
山田とは、ここに出入りしているフリーランスのライターだ。彼は心霊スポットに体を張って飛び込んでは、レポートを書いてくる。
俺だって、幽霊と仲良くなれたんだ。幽霊って気づかなかったけど。
悔しさを噛み締めている俺に、編集長は一枚のペーパーを差し出した。
「行ってこい!記事が出来るまで帰ってくんな!」
最後通告のような辞令を受け、ペーパーを握りしめた俺は編集室を出る。
「ヤバイなぁ」
呟きながらも、ペーパーに目を通した。
『編集部のみなさん
うちの家、壁から右手がでています。すっごい出てるので、ぜひ、見に来てください。
ギーテンって言います。(←右手ね。俺の名前は小久保です)』
ガセっぽい。ガセネタ臭がプンプンする。しなし、自分でネタを探しきれない今、ギーテン頼るしか無かった。
「それにしてもギーテンって」
左手だったらリーテンだったんだろう。乗る気ではないものの、とにかく、メールの主に連絡を取る事にした。
数日後、ギーテンの飼い主、失礼、家主の小久保俊輔と会えた。
「ちーっす。ライターさんですか?」
ピンクの髪に細い眉毛、その隅には大きなピアスがぶら下がる。シャツの上には黒い革ジャンを着て、急な坂道を転げ落ちたのかという程ダメージを受けたデニムをはいている。
これ絶対バンドマン。多分、ギタリスト、ボーカル兼任の。
「うちの超すごいよ。あ、ここ、ライターさんの奢りで良いでっすよね」
俺の返事をまたないどころか、座った途端にホットココアを注文した。
「ギーテンは幽霊ですか?事故物件に住んでるとかですか?」
「事故物件?俺、事故った事はないですよ、安全運転派っすから。まぁ、壁から生えてるから幽霊じゃん?多分」
店内のBGMとは明らかに違うノリのリズムを頭が刻んでいるように揺れている。ロックに違いない。
「写真とか、ありますか?」
「んー。撮ってみた事はあるんだけどさ」
小久保は頬杖をつき、とりだしたスマホを操作し始める。
「なんつーか、分かる奴と分かんない奴がいるんだよねー」
「見えにくいんですか?」
差し出されたスマホ画面を、俺は覗き込む。光の兼ね合いが、少し黄味がかった壁が、画面一面に映し出されていた。凝視してみるが、気になる事は何もない。
「何が見える?」
小久保が身を乗り出してきた。初めて向けられる小久保からの真剣な眼差しに、ちょっとだけドギマギしながら、答える。
「壁、ですね」
「あー、壁?そっち派かぁー」
どうやら小久保が期待していた答えじゃないようだ。でも、何回見ても壁。
のけぞり返りながら、小久保はピンクの髪の毛をクシャクシャとかいた。
「ライターさん、残念だけどチェンジ」
え?壁って答えただけでダメなの?立ち上がり帰ろうとする小久保の腕を、俺は縋るように掴んだ。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
声が大きかったせいで、カフェ中の視線が俺に向いてるが、そんなの知った事じゃない。
「小久保さん、何でもしますから!どうしてもギーテンに会いたいんです!」
「多分、無理と思うよ」
「それは今、決める事ではないです!」
小久保は動きを止め、しばらく俺を見つめてから、口を開いた。
「肉、食いたい」
「焼肉、焼肉に行きましょう、今から」
こうして俺は、初めて会った小久保に、自腹で焼肉を奢る羽目になった。
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