2章
第6話 ギーテン①
地方紙の記者をしていた時は、大きな神社の大祭など取材に行っていた。
時には、市を興したマラソン大会や、秋季大祭に褌姿で参加した事もある。なので、だいたいの事は経験してきたと思っていた。
「すみませーん、中を見てもいいですか?」
しかし、だ。世の中は広い。俺の知らない祭りはまだまだあるのだ。
「どうぞ。定期購読の申し込みも出来ます。今なら年契約で10%オフです」
俺の会社が出版している雑誌『奇々怪界』を笑顔で手渡す。もちろん、とびっきりの笑顔で。
「へー。怪しいですね」
悪意のない感想が一番胸をえぐるのを、この人は知っているのだろうか。
「でも、県内のスピリチュアルなマルシェ情報は、うちが一番掲載してますよ」
日曜日の昼下がり、俺は公園に簡易テーブルと椅子を持ち込み、来る人来る人へ自社の雑誌の定期購読を勧めてた。
ここは『スピリチュアルマルシェ』。その名の通り、出店しているのはスピリチュアルなものばかりだ。
手相やタロット占いなどの、ど定番から、オーラが見えたり、水晶玉を覗いたり、宇宙と交信してみたり、神様のお言葉が降りてきたり、神秘世界が所狭しと展開している。
で、そんなスピリチュアル好きな方に、雑誌を販売している訳だが、予想通り売れない。売れる気もしない。もう売る気もない。
あちこちで、前世がどうとか、神様がどうとか言ってる声が聞こえた。少なくとも俺の近くに商売の神はいないようだ。
欠伸が出そうになった時、声をかけられた。
「暇そうですね」
目の前には、神社から抜け出してきたような巫女がいる。うん、間違いなく巫女だ。
「ええ、まあ」
巫女は躊躇いもなく、雑誌に手を伸ばすとパラパラと巡っている。
「あなたは?」
「美琴。そこに出店しようと思ってたんだけど、寝坊しちゃった」
雑誌に飽きたようにテーブルに置くと、またねーと手を振りながら、向かいの空いたスペースへと歩いていった。
何気なく目で美琴を追う。二十歳くらいだろうか。白い肌と対比するような長い黒髪を一つに結び、コスプレにしては巫女装束がとても似合っている。
美琴が鞄から小さな椅子を出した途端、あっという間に、周りの人々が集まり、長蛇の列が出来た。
「な、なんだ?」
「あれはスピリチュアル界で大人気の巫女の美琴様ですよ」
口から溢れた言葉を、隣に出店していたマダムミュゼットがキャッチする。ちなみに、マダムミュゼットはタロットカードが専門のようだ。
「神の声が聞こえるって有名でね。彼女の占いは的中率が100%って噂よ」
「へぇー、凄い人気ですね」
暇つぶしに美琴を見ていたのだが、一時間経っても二時間経っても行列は途切れない。1人くらい分けて欲しいくらい、俺の所には誰も来ない。
マダムミュゼットの所はといえば、ポツポツと常連が訪れていた。
夕方、まもなくマルシェも終了なのに、美琴の所は、まだ人が並んでいる。美琴を他所目に、俺はマダムミュゼットに泣きつき、やっと年間購読を1件手に入れた。
もうマルシェとか、参加しない。
心に決めながら、テーブルを畳んでいると、遠くから声が聞こえた。
「今日はここまでっ!」
美琴の声と同時に、えーっというオーディエンスの掛け声が公園に響く。俺なんか、怪しいですねって言われてないのに。羨ましいを通り越して嫉妬さえ湧いてくる。
切なさを飲み込み、片付け終わってひと段落した時、あの美琴がまた目の前に現れた。
「お疲れ様!名刺ある?」
突然の事に戸惑いながら、俺はできたての名刺を差し出す。
「またね!」
秋の公園に春風が吹き抜けるような爽やかな挨拶を残して、美琴は去って行った。
『巫女の美琴』
そのまんまじゃないか。
もらった桜色の名刺を、黙って俺はポケットに入れた。
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