第3話 夜の訪問者③

 元々、事故物件に住む気はなかったんですが、急な転勤で経費も抑えたかったし、見学した時、思いの外、綺麗な部屋だったので、ここに決めました。


 引っ越しして3日程経った頃からでしょうか。


 毎日ではないのですが、遠くから、コツ、コツ、コツと、革靴でコンクリートを歩くような音が聞こえてくるんです。


 最初は、同じフロアの人が終電で帰ってきたのかなぁと思ってたのですが、途中で違う事に気づきました。


 それは音が聞こえる場所でした。


 玄関がある共有スペースの廊下側ではなく、そこのクローゼットの中から、確かにそこから、足音が聞こえるんです。


 しかも、最初は遠くを歩く音だったのですが、日に日に近づいてきていて。


 先週は、クローゼットを開けたら、誰かいるんじゃないかと思うくらい近くて。



「ちょ、ちょっとすみません、クローゼットって、そこのクローゼットですか?」


 福山の話を遮りながら、俺はソファの近く、壁に組み込まれているクローゼットを指さした。


「はい。その中からです」


 この中に幽霊が立っていたら、御の字だ。いや、座っていてもいい。初顔合わせできれば、充分ネタになる。俺はクローゼットに近づき、失礼しますと言いながら開けてみた。


 しかし、幽霊はおらず、スーツやワイシャツが整理された状態でぶら下がっている。そう上手く行くわけもないか。


 落胆する俺の後ろから福山が声をかけた。


「伊藤さん、さすがですね。私は怖くて近頃はクローゼットを開けないのに」

「え?あ、怖いと言えば、怖いですけど」


 怖いのは幽霊より編集長の方だ。クビになったら元も子もない。何とかネタを掴まなければ。


「福山さん、今日はご予定ありますか?」

「いえ。お払いに時間がかかるだろうと思って、開けてますが」

「泊まってもいいですか?」

「え?へ?」


 目を丸くする福山に、藁にもすがる思いで懇願した。


「しっかりと状況を確認したいんです。確認さえ出来れば、最適で有能な霊能力者を連れてきますんで」


 今はつてはないが、必ず探してくるから。何なら山奥まで行って滝に打たれてる修行僧を捕まえてくるから。お願い!ネタを、ネタを下さい!

 

 口から溢れそうな本音を飲み込み、頭を下げる。


「本当ですか?!今夜1人でどうしようと困っていたので、助かります!!」


 両手を差し出されたのにつられ、俺は手を重ねる。硬い握手をしながら福山は嬉しそうに笑った。


 そういえば、他人の家で自炊なんて、何年振りだろう。学生時代、仲の良かった須田の家に行ったとき以来か。

 

 20時、俺は福山家の台所に立っていた。


「カズさん、ビールでいいっすか?」

「お、アキラ、ありがとう」


 すっかり福山と打ち解け、2人でカレーを作るなんて昼間には想像もつかなかった。


 料理をしながら、お互いの生い立ちや、近況を語り合う。


「しかし、カズさん、凄いですね。転職を懸けて事故物件に住むなんて。俺は無理です」

「転職かけてなくても、住んでる方が凄いじゃないか」


 いやいや、俺はたまたまと恥ずかしそうに顔を赤らめる福山は、結構良い男な事に気づいた。恐らくモテるタイプだろう。


 プライベートを詮索する事はしないものの、彼女はいるとふんだ。が、その話は墓穴を掘りそうなので絶対に触れないでおく。


 飯も食い終わり、テレビにも飽きた頃には、テーブルにビールの缶が散乱していた。


「そろそろ、ですよ」


 不意に福山の表情が曇る。時計は0時を指していた。


「こういうのって、丑満時じゃないのか?」

「うちの、出るのが早いんですよ」


 家族かよ、とツッコミたかったが、そんな雰囲気では無かったため、俺は静かに耳を澄ました。


ーーコツ コツ


 聞こえる!遠くで足音のようなものが響いている。


 気がつけば福山は、ジワリと俺の隣に引っ付いていた。

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