第28話 Life is Sunshine
「僕は
「正しい明日、ね……」
名刺の裏表をジッと見つめる羽亜乃さん。やがて、「それで、私達に何の用ですか?」と切り出した。
「来週開催するプログラムに参加してほしいと思ってね。全然怪しいものじゃないんだけど」
そう言って風鳴さんから渡されたビラの上部には、バランスを欠くほど大きなフォントで「魂の解放!」と書かれていた。いや、怪しすぎるでしょ。
「ちょっと知り合い筋から聞いたんだけど、君達、ネットワークビジネスとかバイナリオプションとかやってるでしょ? そういうビジネスがうまくいかなくて疲弊してる学生が毎年大勢出てるんだよね。僕達は、そういう人達が自由になるためのプログラムを無料で開いてるんだ」
「そんな活動があるんですね。やっぱり準備ってお忙しいんですか?」
椅子に促され、ジャケットを背もたれにかけて座ったLiSの彼に、朱莉がずいっと身を乗り出す。
「ん、まあね。結構プログラムの参加希望者が多いから、面接とかもあるしね」
「なるほど! もし時間が足りないようなら、1食で栄養を補える素晴らしい粉末があるんですけど、どうですかね?」
ここで営業ってメンタルが凄すぎる。
「ああ、うん、そういうのは要らないよ。バイナリもね」
優しい口調ながらキッパリといなす風鳴さん。ううん、これは通用しなそうだぞ。
「で、どう? 高宮さんも鞘倉さんも、『魂の解放』プログラム、興味ないかな?」
「ううん、ワタシは要らないですね、疲弊してないですし」
「私も、楽しくやってますし、成果も出てますから」
そういうと思ったよ、という困ったような笑みを浮かべて、風鳴さんはタブレットを取り出し、動画サイトを開いて朱莉と羽亜乃さんに渡した。
「体験者のインタビューが出てくるんだ。これ見たら少し気が変わるかも」
「……あ、誠司君だ」
羽亜乃さんの声に、思わず隣から覗き込む。疑似通貨ヘヴンコインで出資者を集めていた
「このプログラムに参加して、自分が本当に大事にすべきだったものを見つけられた気がしますね。本当に、始めはタイトルにビビりましたけど、その名前の通り、『魂の解放』ができた気がします。もっと早く参加しておけば良かったですね」
その後も、何人かの学生のインタビューが続く。男子も女子も、晴れやかな表情で、「明日が見えた」「人生が変わった」「ビジネスに疲れてるみんなにも絶対受けてほしい」とメッセージが並ぶ。
「ふうん、みんな受けるとこうなるってことですね」
少し伸びたグレージュの後ろ髪を撫でつけながら、もう片方の手でタブレットを返す朱莉。
「そう。自分の生き方や考え方を見直そうっていうイベントは他に幾つもあるけど、
「ふうん……風鳴さんはどうしてこういう活動を始めたんですか?」
朱莉が尋ねると、風鳴さんは嬉しそうに「高宮さん、良い質問だね」と頷いた。多分話したかったんだろう。
「僕の知り合いに、ネットワークビジネスで失敗した人がいてさ。ちょっと相談乗ってたんだよね。そしたらどんどん同じような相談が来て。で、他の学校に行った友達からも同じような話聞いたんだよね。そこで『知ったからには、立ち上がらなきゃならない』ってなったんだ」
「なるほど。ワタシてっきり風鳴さん自身が騙されたのかと思いました」
「僕はそういうのには引っかからないよ」
あれ、おかしいな。何もないはずの2人の間に綺麗な花が見えるぞ。火花っていうんですけどね。
「ビジネスに巻き込まれる、か……。勧誘されて、それでも自分なりに楽しんでる人も結構いると思いますよ」
「分かってるよ、鞘倉さん。僕達はそういう人がいることも十分知ってる。でも、そういう人達はSNSや口頭で周りに喧伝してるから多く見えるだけで、実際には困ってる人、悩んでる人だって多い。そういう人は自分自身がカッコ悪くて言えないだけだ」
なるほど、一理ある。失敗したなんて書けないし、虚勢張っちゃいそうだもんな。
「お話はよく分かりました。でも、さっきも話したけど、ワタシもはーの先輩もうまくいってるから特に参加する必要は——」
「そう、そこなんだよ」
これまでより少し強い口調で、風鳴さんが遮った。
「高宮さんも鞘倉さんも、とっても順調らしい。君達から勧められてエターナルドリーマーやバイナリオプションを始めた人の報告をよく聞いてるよ」
「……なるほどね、そういうこと」
俯き加減だった朱莉の口元がニヤリと曲がる。
「ワタシ達が諸悪の根源だから、根絶しようってことですよね」
「朱莉ちゃん、奇遇ね。私も同じこと思ったわ」
暑さと軽い苛立ちを払いのけるように、羽亜乃さんがパパッと左右に首を振って、艶のある黒髪を揺らした。
「そこまで強い言い方をする気はないけど、やっぱりうまくいってる人がビジネスを拡大してるわけだからね」
広がる沈黙。やがて校庭の陸上部が鳴らしたピストルの音が、朱莉が口を開く合図になった。
「いいですよ、面白そうだから参加してみます。今後ビジネスを広げるときに、辛くなってきたら
「ふふっ、ジョークが上手いね」
風鳴さんは口に手を当ててクックッと笑った。皮肉ではなく、本当におかしいという感じで。
「まあ、倍率高いみたいなんで、まずは選考通過しないとですけどね!」
「大丈夫だよ、2人分の枠は空けてあるから、選考は要らない。そのために主要メンバーの僕が来たんだもの」
そうか、本当に始めからこの目的で来たん——
「じゃあワタシとはーの先輩の他に、チョイも参加させてもらっていいかしら」
「はあああああ! 何で俺が!」
突然の抜擢! 全然嬉しくない!
「後から部活の中できちんとプログラムを振り返りたいからね。ビジネスやってない一番フラットなチョイにも参加してほしいの。
「いや、でもLiSは2人分って——」
「大丈夫よ。出てもほとんどワタシ達にメリットのないプログラムに参加するんだもの、そのくらいのワガママは聞いてくれる、わよね?」
イタズラっぽい笑い顔を見せる朱莉。さすがアピュイ、駆け引きには慣れてる。
交渉の相手は鼻から息を吐き、こめかみの辺りを掻いた。
「それでいいよ。他のメンバーには僕から言っておく。詳しいことは追って。連絡先、聞いてもいいかな」
スマホを取り出した風鳴さん。ビジ研の3人で、順番に彼のQRコードを読み込む。
「じゃあまた」
「高宮さんと鞘倉さん、それにチョイ……知尾井君だね。当日会えるのを楽しみにしてるよ」
ジャケットを羽織り直したな風鳴さんは、机も椅子も元の位置にきちんと戻して部室を出ていく。
「よし、コンプリートパウダーのキャッチを一緒に考えてくれない? 高校生ウケがいいものにしたいなあって」
「切り替え早っ!」
こうして俺達は、さっきまでの話を聞かなかったかのように、吸う完全食のキャッチコピーを全力で決め始めたのだった。
「まったく、とんだとばっちりだぜ」
「まぁまぁ、そう怒らないで」
帰り道。日が少しずつ落ち始めた道に映る2つの影が、間もなく来る別れを惜しんでしがみつく場所を探してるかのように長く伸びる。
「なんで応募したんだよ。お前の言う通り、ホントに得なことないぞ」
「単純に見ればね。でも、これから先、エタドリのビジネスをああいう団体が邪魔してくる可能性があるってことだから、今のうちに敵を知っておかないと」
離れていた2つの影が繋がる。右手に急に感じる、少し低い体温。
右側を歩いてるときは男が左を歩いて車から守れ、だなんて、誰に教わったんだったっけ。今、多少なりとも守れてるなら、覚えた甲斐がある。
「それに、敵陣に乗り込むってワクワクするじゃない?」
「へへっ、朱莉らしいな」
「これまでの人より厄介だからね。敵情視察、気合い入れないと」
「ほいじゃ、お供させていただきます」
冗談交じりの会話が幸せで、ずっとずっと話してたい。交差点まで行ったら「またね」と言わないといけなくて、それがイヤな俺達は、道の途中のカーブミラーに寄り掛かっておしゃべりの延長戦を楽しんだ。
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