第6章 ラブラブかと思ったら魂を解放する学生団体でした

第27話 鼻からコンプリート

『聞いてくれ、サンクス。悩みがあるんだ』

『イヤだ、聞きたくない』


 8月頭の昼下がり。ぷいっとそっぽを向く犬のキャラのスタンプ5匹をLIMEに爆撃された。


『そう言うなよ』

『最近のお前の話は幸せオーラが透けて見えて聞くに堪えないぜよ』

『ごめんな、サンクス』

『謝罪と感謝を一緒にするな』


 サンクスこと有賀ありが孝太郎こうたろうに軽快なツッコミを入れられる。


『チョイ、お前まさか、彼女でも出来たか』

『そんなんじゃねえっての』

『ホントかよ』


 朱莉の「みんなに内緒の付き合いの方がドキドキしない?」という提案でまだオープンにしていない2人の関係。確かにちょっと興奮するけど、オープンにして夏休み明けから公然のいちゃつきができるのも悪くない。


 ああ、公表しようかしまいか、悩むなあ、もう! 幸せだなあ、もう!




 ***




「そうなんですよ、はーの先輩!」


 夏休みも折り返しを過ぎた。普段使用していないためエアコンのない地学準備室で、お盆前の猛暑は汗となって3人のYシャツを存分に濡らす。学校に来るとなるとつい制服を着てきちゃうな。


「エタドリに興味はあるみたいなんだけど、本当にお金が儲かるのか気にしてる子がいて!」


 充電で動くミニ扇風機を5つ自分に向けて放射状に並べ、大量の風を浴びながら朱莉が声のトーンを上げる。風で声が揺れて宇宙人になってるの可愛い。


「なるほど……それは朱莉ちゃんがお金持ってるところを分かりやすく見せるのが良いわね。でも露骨にやると怪しまれるから。あくまでさりげなく」


「えー、難しいなあ。チョイ、何か良い案ない? 鈴の部分が全部500円玉のマイタンバリンとか作って、カラオケで見せればいいかな」

「怪しい怪しくない以前の問題だろ」

 そのタンバリン音鳴るの? あと穴開けることになるけど大丈夫?


「大丈夫よ、朱莉ちゃん。相手の子も女子よね? ちょうどこれから、ほぼ同じことで悩んでる女子に電話するから、アドバイス聞いてて」


 言いながら、羽亜乃さんがスマホを耳に当てる。



「あ、もしもし、鞘倉さやくらです。今大丈夫? 今日連絡もらった件だけど、やっぱりちゃんと画面に張り付いて投資判断しないとダメだよ。『バイナリ・マックス』はAI付きで最強のツールだけど、実際に勝負するのはあなたなんだから。42万円、回収したいでしょ?」


 なんだろう、すごく面倒見の良いお姉さんだけど、喋ってる内容と金額が高校生を逸脱してる気がする。


「年近い子、勧誘できそうって言ってたよね? マックスも買ってもらえそう? ……うん、うん、そしたらね、ユーリちゃんがお金持ってることをさりげなくアピールしていくのよ」


 朱莉の方を向き、「ここからよ」と言わんばかりにウィンクする羽亜乃さん。 

 何、美人のウィンクってこんなに可愛いの? 動画に撮って1日40回は見たいわ。



「まず、その子に営業とか関係なしに『彼氏への誕生日プレゼント選びたいんだ。一緒に見てくれない?』って誘うの。で、メンズの店に行って、2~3万の財布や定期入れを幾つか選ぶ。高すぎるとヒカれちゃうから気を付けて。で、一緒に悩んだフリした後、『どっちもあげたいから両方買おっかな』って言って2つ一気に買うの。もちろん現金よ」


 何この羽亜乃さんの戦略、メチャクチャ練られてるじゃん。朱莉が鬼の形相でメモ取ってるのが怖いよ。


「で、向こうが『お金あるんだなあ』って目でアナタを見てきたところで、『今日は付き合ってくれてありがと、お礼にお茶ご馳走させて』って言って、ホテルに入ってるレストランでアフタヌーンティーをしながら軽くバイナリの話すれば、絶対に食い付くわ」


 完璧! 完の璧! 完の璧の作の戦! 朱莉がうっとりと羽亜乃さんを見てる。


「……うん、頑張ってみて。じゃあまたね…………ふう、どう、朱莉ちゃん?」

「すごいです、はーの先輩! これで絶対に口説けます! 本気出せば抱けます!」

「なんで抱くんだよ」

 何を目当てにその子に近づいたんだ。


「彼氏へのプレゼントって言えば、相手が異性でも同性でも使えるのがポイントね」

「なるほど、彼氏かあ、良い作戦ですね。ありがとうございます!」



 ちょんっ



 コクコクと頷きながら、「彼氏」とのところで、彼女は机の下で俺の指に触れた。


 う、あ、ああああああ! 何これ、ラブラブじゃん、フワフワじゃん! 舞い上がりすぎてこの教室飛べそうだよ。繫ぎ留めておいて、君のその綺麗な指で!



「そうだ! はーの先輩、チョイ、新しい商品見てもらっていいですか」

「なぜ!」

 なぜ今のラブ・フィンガー・プレイをしながらその話ができるんだ!


「今月は頑張りたいの。9月までにもう少しドリームポイント溜まれば、ゴールドクラスからプラチナクラスに上がれるのよ」

「ゴールドが一番下なんだったな……シルバーとかないんだ……」


「そうよ、ゴールド、プラチナ、クリスタル、ダイヤモンド、オリハルコンの5ランクね」

「最後! 一番最後!」

 エターナルドリーマーのオリハルコンクラスって何だよ、何のオンラインゲームなんだよ。


「はい! 今日紹介するのは、完全食、『コンプリートパウダー』よ。1日に必要な栄養素が全て入ってるから、1日1食、食事をこれに置き換えればいいの。食事の時間を惜しんでもやりたいことがあるなら、こういうのは便利よね」

「そんなものがあるのか」

「何か似たような商品見たことがあるわね」


 机に出したプラスチックの小瓶を眺める羽亜乃さんに、「さすがはーの先輩、情報通!」とはしゃぐ。

 確かに、これだけ食べてればいいなら、食事面倒なときでもさらっと栄養しっかり取れるんだもんな。


「他の会社でも粉末・液体・グミって色んなタイプで似たような商品出してるんだけど、やっぱり粉末が一番栄養を摂取しやすいみたい。でも、粉末だと牛乳に溶かしたりしなきゃいけなくて結構面倒でしょ? なので、エタドリは逆転の発想で、粉を超微細にしたの」


 そう言って瓶の蓋を開け、小さじで掬った白い粉末を、机に敷いたハンカチの上にトントンと落とす。そして、鼻の片側を押しながら、おもむろに顔を近付けた。


「こうやって鼻から吸うのよ」

「見た目!」

 人前で絶対やれない!


「大丈夫よ、チョイ。難しいようならストロー使って吸えばいいわ」

「そんな話はしてねえよ!」

 普通に飲も? ねえ? 牛乳溶かそ?


「朱莉ちゃん、鼻から吸った方がいいの……?」

「そうですね、鼻からの方が栄養やカロリーがキマりますよね」

 キマるって栄養に使う動詞じゃないだろ。


「で、この『コンプリートパウダー』、30食で2万です」

「ううん、ちょっと高いわね……1食700円くらいってことでしょ?」

「でもはーの先輩、他の料理で完全な栄養取ろうと思ったら、お金も時間もかなりかかりますよね? これを鼻から吸えばいいだけって考えたら、コスパは悪くないと思います」


 それを聞いた羽亜乃さんは上唇を親指で撫でながら、「確かにそう考えると高すぎるってわけでもないわね」と呟いた。まあ悪くはないよね、接種方法以外はね。


「それに、売り切りじゃなくて購入者からストップ出るまでは毎月継続です。1回売れば、結果的にエタドリ側の利益は結構膨らむのもポイント高いですよね」

「分かった、バイナリオプションと相性良いから、勧めてみようかな。取引に夢中で食事の時間惜しい人いるだろうし。これ、売ったら私にもマージン入る?」


「ええ、そこはある程度ワタシの儲けから裁量でできますよ。金欠で払えなくなってくる人出てきたら、ワタシもバイナリオプション勧めてみます!」

「ありがとう、嬉しい。こっちも紹介料の支払いルール、確認しておくね」

「ありがとうございます! 持つべきものは部員、友人ですね!」


 ハイテンションにガッツポーズする朱莉。いや、友人というかビジネスパートナーでは……。



「ようしっ、燃えてきた! 炭酸飲んで気合い入れるぞーっ!」


 テンションそのまま、蹴破るかと思うほどの勢いでドアを開けて出て行く。ううむ、見てて飽きないなあ。


「チョイ君も飽きないわね、あんな彼女だと」

「はへ! いや、羽亜乃さん、そんな!」

 コンプリートパウダーの説明書をパラパラと捲りながら、彼女は静かに笑った。


「冗談よ、気にしないで。嫉妬みたいなもの」

 そう言って、視線を上げた。髪に負けないくらい黒々と綺麗な瞳が、日光に照らされた俺を映す。


「ど、どうも……」

「でも、私がいつまでもチョイ君一筋だなんて安心しきらない方がいいわよ、ふふっ」

「は、はい」


 2人っきりになった途端、この先輩ならではの余裕と魅惑の誘惑。

 くうう、ダ、ダメだ、理性が! 脳が理性の息の根を止めてこの美人になびいてもいいのではと囁いてしまう!


「お待たせ! 炭酸は美味い!」

「びゃう!」


 ペットボトルを手に、ひどいタイミングで朱莉が来たので、素っ頓狂な声をあげる。どうしたのよ、と不思議な顔をされた。危ねえ。


「美味いって、それ開けてないじゃん」

「もう飲んできたのよ」

「早っ!」

 一気に1リットルも飲む気かよ。



「さて、じゃあもうひと頑張り——」

 言いかけた途中で、部室にノックの音が響く。りガラスに映る人影。


「おっ、入部希望かな!」


 入り口に駆けていく朱莉。ガラガラとドアを引くと、1人の男子が入ってきた。


 俺より少し背が高い。利発そうな顔に、ワックスで持ち上げておでこの見えるショートヘア。ライトグレーのサマージャケットもオシャレ。



匂坂さきさか高校の生徒じゃないんだけど、いきなりごめんね」

「入部、じゃなさそうですね」

「うん。高宮さんと鞘倉さんに用があるんだ」

「ワタシ?」

「ああ。僕はちょっとした団体をやっててね」


 すぐに名刺を差し出される。表面に大きく描かれた、「学生団体 NPO法人 Life is Sunshine」というロゴデザイン。



「お金や仕事に振り回されて、疲弊してしまっている学生に、きちんと正しい明日を見つめてもらう。そうすれば、みんなの人生は太陽みたいに輝くはずだから」



 疑似通貨や宗教に比べたら変な団体じゃないけど、何故だろう、なんだかとても面倒なことになりそうな予感がした。

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