第21話 その日、俺達は
「もう、びっくりしたよ! 朱莉ちゃん達、急にいなくなるからさ!」
海沿いのカフェで2人に合流。見晴らしの良い窓際の席で、五葉がラテをストローで啜る。
「ごめんね! ちょっと横道入ったらはぐれちゃって、ついでにアクセサリーの店見つけたからチョイに付き合ってもらってたの」
「いやいや、大丈夫! それで、これからどうする? また少しお腹空いたかな?」
「誠司君、ちょっと聞きたいことあるんだけど、部長にお願いした方がいいかしら?」
羽亜乃さんがそこまで言って、黒髪のカールを手でなぞりながら朱莉の方を見た。
「ふふっ、はーの先輩が気付いたんで、今回はお任せしますよ」
「ありがとう、じゃあ私が」
そして、五葉に向き直る。
「なになに、スマートヘヴンカンパニーに出資したい——」
「ねえ、誠司君、ヘヴンコイン使ってるところ、見せてくれる?」
「…………え?」
瞬間、彼の顔が、引き
「もちろん本物の硬貨があるとは思ってないの。でも、入るなら実際に使ってるところ見たいじゃない? ネットショッピングとかね。ちょうど私、欲しいものがあるの。同じ額、現金で渡すから買ってみてくれないかな?」
「ワタシも買いたいものあったんだ。はーの先輩と同じようにしてもらおうかな」
女子2人が早口でそう言うと、五葉は観念したように苦笑いした。
「……まいったな」
え、何が。何に降参したの。
混乱している俺に種明かしをするように、羽亜乃さんがゆっくりと口を開いた。
「使えるところ、限定されてるんでしょ、それ」
「……ああ。ヘヴンコインは、ヘヴンマーケットっていう、うちでやってるショッピングサイトでしか使えない」
「…………は?」
思わず声を漏らす。専用のサイトでしか使えない? どこでも通販できるわけじゃないってこと?
「ヘヴンマーケット、品揃えいいの?」
「……まあ、それなりにはあるけど、もちろん大手に比べたらどうしても、な」
そうなのか……お金増えても使いどころないんじゃ意味ないじゃん……。
「え、じゃあ五葉、ヘヴンコインで何も買ってないのか?」
「いや、そんなことはないよ! 日用品も食料も本あるから、普段は現金減らさないで済むのは本当だよ。消しゴムからペンケース、高級万年筆まで揃ってる」
「なんで文房具で揃えたんだよ」
例示が下手すぎるだろ。品揃えアピールしてこうぜ。
「といっても、届くのに2週間かかるからちょっと不便だけどね」
「それでちょっとって言いきれるお前がすごい」
めちゃくちゃ不便じゃないですか。
「私の友達にヘヴンコイン絡みでビジネスやったことある人いたから、ちょっと確認してみたのよ。あまりにも話がウマすぎるからね」
腕を組む羽亜乃さんに、五葉は何とか笑顔を保って続ける。
「でも、本当に普段の買い物には困らないからさ。良かったら出資——」
「始めに気になったのは、朱莉ちゃんが持ち逃げの話をしたときよ。誠司君、少しだけ目を見開いたわ」
彼の言葉を遮る羽亜乃さん。朱莉も俺も、黙って聞いている。
「そのうえで、ヘヴンコインの詳細を確認して、疑いが深まった。大事なのはコインが使えないことじゃない、なぜそれを黙っていたのかってこと」
五葉の目は、羽亜乃さんが指摘したシーンを再現するかのように見開かれた。
「出資のタイミングですぐに気付く話よ。事前にオープンにしておいて『でもこのサイトでもほとんど何でも買えるから大丈夫』ってやるのが勧誘の基本パターンのはず。あとで落胆されて出資取り下げられても困るからね」
スマホを鞄から取り出す羽亜乃さん。動きにつられて、スカートに彩られた青い花が少し悲しげに揺れる。
「それをやらなかったのは何故か。とりあえず出資さえしてもらえれば良かったんじゃないかと思ったのよ。これも友人に確認済みよ。もちろん、朱莉ちゃんもね」
「ええ、ワタシもちゃんとビジネス仲間に裏取ったわ」
「全てお見通し、ってわけか……」
諦めたように呟く五葉。
え、何、俺何も見通せてないんだけど。あと2人のビジネス仲間って大分ネットワーク広くて怖そう。
「君の言う通りだよ、羽亜乃さん……最近、本部の資産運用がうまくいってないみたいで……このままだと28%の利息を払えない人が出てきそうってことでさ……」
窓の外、穏やかに揺れる海を見ながら、五葉が言葉に迷いつつ話す。
はい? 運用がうまくいってない?
……あ、そういうことか! だから先にお金を集める必要があった……?
「急いで出資金を集めて、利息の支払いに回そうとしたわけね。私達が初回利息の受け取りまでは容易に解約できないような契約にしておけば、1年後まではそのお金は自由に使える。そうやって資金を集めて、立て直そうとした」
そういうことか……だから都合の悪い情報は伏せてたのか。
「まさに自転車操業ね。悲しい事件だわ……」
寂しげにかぶりを振る朱莉に、五葉は苦笑い気味に歯を見せた。
「朱莉ちゃんが持ち逃げの話出してきてギクッとしたよ……遅かれ早かれ、バレる気はしてた」
「でも、やっぱりこんなことは良くない。消えていったヘヴンコインも浮かばれないわ。ね、はーの先輩」
「そうね、私達はもう二度と、こういう悲劇は繰り返してはいけないわ」
頭をガックリと下げる五葉の肩に、朱莉と羽亜乃さんが優しく手を添える。
何なのこれ。なんか推理漫画の犯人自供後みたいになってますけど。
「大丈夫よ、誠司君。もう悲劇はおしまい。君は別の方法でお金を貯めるといいわ。はーの先輩が、手持ちのお金を増やすとっておきの方法を教えてくれるから」
「誠司君、まずスマートヘヴンカンパニーの本部に頼んで、ヘヴンコインを現金に戻してもらいなさい。そして、バイナリオプションの勝率を上げてくれるAI搭載システムを買ってほしいの。そんな高い値段じゃないから大丈夫。これでバイナリを始めれば、きっと手持ちは増えていく。上層部もみんな同じようにやれば、利息に必要な金額もすぐに稼げるわ」
「羽亜乃さん……!」
怖っ! ビジネス怖っ!
「チョイ、ビジネス研究部も、誰かの役に立てることがあるのね」
「なんか違う気がする!」
こうして羽亜乃さんと彼女に泣きつく五葉を置いて、俺達はカフェを後にしたのだった。
***
「楽しかったね、今日! 美味しいものいっぱい食べたし!」
「だな」
互いの最寄り駅で電車を降り、家に向かって歩き出す。沈む直前に燃える陽光が、彼女のTシャツを鮮やかなオレンジに照らした。
いつかまた2人で行こうって、言ってもいいかな。緊張するけど、言わないと後悔しそうだな。いけ、言え、言ってしまえ!
「なんか、あれだな、いつか2人で行ってもいいかもな」
ヒヨったな、
「あー、うん、いいかもね」
「な」
約束になりきれないただの感想を呟き合って、交差点が見えてくる。もう少し歩いたら、彼女とはお別れ。
まあでも、朱莉がビジネス始めた理由も教えてもらえたし、こっそり抜け駆けデートもできたし、少しは距離が縮まったかな。特別な関係になれたかな。
楽しかったから、今日はこれで十分だ。
キュッ
俺の左手に、彼女の右手が柔らかくぶつかる。
やがて、指と指の間に、温もりが入ってきた。
驚いて、バッと彼女の方を向く。
「ふふっ、手、あっつい!」
照れ隠しみたいに、夕日に染まる彼女が破顔する。それを見て、何だか俺も照れてしまって、前に向き直った。
「…………だよな」
お礼も言いたかったし、改めて想いも伝えたかったけど、ああ、でも、胸がいっぱいで、声なんか出したら泣いちゃいそうで、握り返すだけで精一杯だなあ。嬉しくて、幸せで、何にも言えないや。
「じゃ」
「ん」
20メートルだけ手を繋いで、言葉にならない言葉を紡いで、その日俺達は、彼氏と彼女になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます