第20話 夢中になれるもの
「おお、何かいいな」
「でしょー!」
メインの通りを過ぎ、路地を何回曲がったか分からない、「
途中から完全に朱莉が腕を引っ張る側になっていた俺達は、誰も並んでいない小さな甘味処の前で、息を切らして笑いあっていた。
「SNS映えするよね! アップしようかな!」
「羽亜乃さん達に抜け駆けバレるぞ」
「うあっと! そだね」
非日常な時間を、特別な関係性を噛み締めたくて、敢えて抜け駆けなんて口にしてみる。
「よし、入ってみよう」
手入れの行き届いた木造の店。ガチャリとドアを開けると、木漏れ日の射すテーブルと、昔から使っていたであろう背もたれの低い椅子がいくつも並んでいた。
席数は20人ほど、埋まっているのは7割、ホントに知る人ぞ知る店なんだな。
「ワタシはあんみつ! いや、クリームあんみつ! あ、クリーム増量で!」
「どんどんカロリーが増えてくな」
「うっさい」
俺はさすがにスイーツは十分だったので紅茶を頼み、小さく流れるピアノジャズに音楽に心を溶かす。
窓際に座った朱莉の上半身、Tシャツに描かれた海の写真が眩しいほどの日に照らされ、小さな夏が出来あがっていた。
「来れて良かった。チョイ、ありがとね」
「いいってことよ」
「なんか機嫌悪かったから心配してたのよ?」
「は? 俺が?」
このやろ……誰のせいだと!
「あんだけ五葉がアプローチしてたら気にもなるっての」
もう彼女に隠すことなんかなくて、そのまま直球で伝える。
「へ? 誠司君? あー、そっかそっか、そういうことね」
「そういうこと」
「んもう、素直だねえ」
「やかまし」
惚れた弱み。完全な上下の関係。なんか悔しいけど、こんな形でも話せることが嬉しかったりして、歪にザラつくジレンマのヤスリで心が擦れる。
俺には羽亜乃さんから、朱莉には五葉から立て続けに着信がかかってきたけど、バイブも感じなかったことにしてポケットに突っ込み、運ばれてきたクリームたっぷりのあんみつを「すげー!」とハイテンションで迎えた。
「んー、美味しい! 幸せ! 幸せだー!」
「良かったなあ」
好きな人が美味しそうに食べてるのを見るのは嬉しい。器のどこから攻めようか迷ってるのも、ぱくっとスプーンを咥えてるのも、目を瞑りながら斜め上を向いて感動に震えてるのも、見るだけできっと本人と同じくらい幸せだ。
「あ、言っておくけど、五葉いないんだから自腹だからな」
「えっ! なんで! 食事したらお金払うの!」
「お前の国に文明はないのか」
貨幣経済の基本だぞ。
「分かったわよ……じゃあワタシにチョイの紅茶代払わせて。クリームあんみつは任せたわ」
「何のトレードなんだよ!」
値段倍違うんですけど!
「じゃあここで誰かにエタドリ会員になってもらって儲けるしかないわね。あ、チョイでもいいけど」
「何だよそれ。でも朱莉にちゃんと誘われるのも久しぶりだな」
「だってチョイ全然アピュイになってくれないんだもん」
「売り方が悪い」
「じゃあさ、エターナルドリーマーの先輩に会ってみない? 色んなタイプの人がいるよ。例えば最近会った人はね、山東バスに自己紹介のラッピング広告したいんだって!」
「エタドリにはラッピング広告したい人しかいないのか」
夢が。夢の多様性が。
「そうか! あの鍋、『キング・クック』、学校で使ってもらえばいいんだ! 家庭科の先生を勧誘してみよう!」
「家庭科で無水調理とか無油調理あんまり意味ないだろ」
「そうだったー! この前の授業でも鍋でご飯炊いてたしー!」
頭を抱えて前かがみになり、あんみつの器の横にゴンッとぶつけてみせる。
その仕草は、クラスで自虐ネタを披露するときの彼女と、ちっとも変わらなかった。
「…………ぶっ、くくっ、はははっ!」
「な、なによう!」
思わず笑った。こんなの笑わずにいられないじゃないか。
一番始めは、俺を騙そうとしてるんだと思ってた。言葉巧みに、変な会に入れようとしていると思ってた。
でも、目の前の彼女はどこまでいっても、俺がクラスで気になっていた、好きになっていった高宮朱莉で。それが嬉しくて、愛おしい。
「お前さ、なんでそんなの始めたんだよ」
自然に聞いてしまったその問いに、彼女はクッと椅子を後ろに傾けて仰け反る。
小さな椅子が二つ脚になり、迷うようにゆらゆらとグレージュの髪が揺れた。
「…………夢中になりたかったの」
「うん?」
意味を図りかねていると、ガッタンと椅子を元に戻す。
「親の都合で転校多かったからさ。部活とか入ってもすぐ辞めることになるだろうし、入らなかったんだよね。だから周りのみんなが羨ましくてさ」
鼻で小さく嘆息する。木漏れ日が横顔に射し、彼女の顔に光と影を作った。
「いっつも新天地でやってたから、すぐに周りに溶け込む力は身についたんだ。でもそれだけ。あとは何にもないの。運動もやってないし、吹奏だって興味あったけど出来なかったし。もうしばらく転校はないだろうけど、今更0から始めても中学から頑張ってる人とは並べないしね」
「ん……」
そんなことないよ、今から始めたって何も始めないよりいいじゃないか、なんて綺麗な言葉は口にできなかった。
それが正論で正解だとしても、現実はきっと現実で、圧倒的な経験の差を前に辛くなったり、足手まといになることで環境を呪ったりしてしまうんじゃないか。俺自身が信じきれない励ましなんて、意味はない。
「でさ、昔いた学校で友達だった子が近くに来るってことで連絡くれて会ったんだよ。そしたらエタドリに勧誘されたの。目キラキラさせてさ、一緒に夢叶えようって言われたんだ。その時に思ったんだよね、私もやってみようって!」
右拳をグッと握って、俺の前に突き出す。なんとなく俺が掌を近付けると「ていっ!」と弱パンチを繰り出した。一気に詰まった2人の距離を、手が表わしているような。
「これなら今から始めても遅れ取らないし、もし転勤あってもずっと続けられるし、お金も手に入るし!」
いつの間にか左拳もグーにしてた彼女が、「うりゃ!」と俺の手に連打を浴びせた。
「痛いっての。内出血したらどうすんだよ」
「そんなときこそ、あのサプリ、『へルシアス
「絶対効かないと思う」
サプリで治る類じゃないだろ。
「聞いてくれてありがと。お説教されるかと思ってた」
「するかっての。お前にはお前の考えがあるだろ。何が正しいってことはないよ」
「……えへへ、チョイで良かった!」
嬉しそうに微笑む朱莉。
ああ、うん、やっぱり好きだな。諦める気にならないな。
「はあ、美味しかった、ごちそうさま。あ、はーの先輩だ」
スマホの画面をジッと見た後、素早くフリックして返信している。
「なるほど、やっぱりね。こっちも裏が取れたし……よし、誠司君のところに戻ろっか!」
「なんだよ、まだ奢ってもらうのか?」
「違う違う」
笑みはそのまま、口が意地の悪い形に歪む。
「聞いてみたいことがあるのよ」
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