第5話 言葉の魔力

「はい、ではいきます! この鍋、『キング・クック』の一番のポイントは、無水調理と無油調理ができるってことなの!」

 聞いたことないけど何か凄そうな単語に、首を傾げる。


「無水調理っていうのは、素材自体の水分や最低限の水分だけで調理することね。栄養素が茹で汁に逃げちゃうのを抑えられるから、栄養素がほとんど損失しないの! 栄養が丸ごと取れるってことね!」


 パンフレットの「無水調理って?」というページを開く朱莉。そこには笑顔のパターンに乏しい無料のイラストが大量に並んでいた。


「なるほどね、ってことは無油調理は肉や魚にある脂分だけで調理して、サラダ油とかがいらないってことか? ヘルシーに仕上げられるしな」

「わっ、さすがチョイ! その通り!」


 ペンで机をトントン叩きながら、パッと嬉しそうな表情を咲かせる朱莉。確かに、うちでは肉焼くときも油入れてた気がする。


「それを可能にするのが、この『キング・クック』の多重構造なのよ!」


 演出されたアクションでパンフレットを捲る朱莉。そこには、CGで鍋の断面図が描かれ、材質と構造の解説が描かれていた。無料イラストで埋め尽くされたページの100倍くらいお金かかってるんじゃないか。


「こんな風にね、ステンレスとかアルミとかを組み合わせて鍋を造ってるの。こうすることで熱の伝わり具合が均一になって、ムラなく加熱できるのよ。ほら、ここに調理中の写真が載ってるでしょ? こっちが普通の鍋で、こっちがキング・クック。色味が全然違う」

「いや、この写真が本当にそうか分からないだろ」


「ほら見て、チョイ。顔写真はないけど、ここに利用者のコメントもあるわ。27歳主婦、Tさん、『これまで普通の鍋を使ってましたが、キング・クックに変えてから、大げさかもしれませんけど人生が変わりました! サラダ油の減りが遅くなって経済的だし、夫も健康的に痩せています。無水で作った野菜料理は子ども達にも大人気! 最近宝くじが当たったんですけど、その運もキング・クックが引き寄せてくれたのかも?(笑)』 ほら、すごいでしょ!」

「この人は実在するのか……」


「んもう、疑ってばっかり!」

「お前が信じすぎだって」

 性善説の申し子かよ。


「朱莉もこれ、使ってるのか?」

「ええ。へルシアスULTRAアルトラのときに反省したの。やっぱり自分が使ってみないと勧められないなって」

 やっぱりサプリ飲んでなかったんだな。


「で、使ってみてどうだったんだ?」

「お? それ聞いちゃう? もうね、手間いらず。すっごく簡単に美味しい料理が出来ちゃうんだから。ほら、水とか油とか、入れる加減間違えるとマズくなっちゃうでしょ? それがないから、料理上手になった気分ね」


「へえ! 得意料理とかあるのか?」

「ふふんっ、昔からオムライスは大得意よ」

「鍋! 鍋!」

 繋げてこ? ビジネスに繋げてこ?



「で、この鍋の他の特徴は……」

 こうして4分30秒に渡る商品の説明が繰り広げられる。


 でもここで、自分でもビックリするようなことが。


 途中で何度も「毎日食べる料理が健康を作る」という言葉が挟みこまれたせいか、不思議とだんだん食事を大切にしなきゃいけない気分になってきた。


 これが、これが、言葉の魔力……!


「分かった? ちょっと欲しくなってきたんじゃない? そう、これはチョイだけの問題じゃないの。アナタの家族のためにも、ヘルシーな食事が正解なのよ。食事が体の基本だからね。きっとチョイの体も変わっていくわ」

「そうか……食事は体の基本……」


 パタン、と彼女はパンフレットを閉じる。その目は曇りもなく、自信に満ち溢れていた。


「もちろん、チョイが自腹で購入するなんてことは考えてないの。でも、チョイが本気でお父さんお母さんに頼めば、2人も考えてくれるかもしれないわよ。何たって、家族みんなに関わることだからね」

「そ、そうだよな! うん、そんな気がする!」


 毎日食べるものだもんな。そこに気を遣わないと、今は良くても、何十年後かの体に影響があるかもしれないもんな!



 そうだよな、これは未来の自分への投資だよな! 買うか、買っちゃうか……っ!



「でね、本体価格は39,800円なんだけど——」

「高えよ!」

 一気に現実に戻った。危ねえ、なんか買う思考になってた。


「え、メチャクチャ高いじゃん!」

「そんなことないわよ。この鍋の開発と製造にどれだけお金かかったと思ってるのよ。それに、4万円で健康を買えるって考えれば安すぎるわ」

「いや、そりゃそうだけどさ……」

 おいそれと買える金額じゃないよなあ。


「まあ今のリアクション見る限り、なかなか購入のハードルは高そうね。でも大丈夫。この話の本題は何? そう、『一緒に鍋を売ってハッピーな夢を掴もう』だったでしょ?」


 どうしよう、本題の不審さが半端じゃない。鍋で煮込んだら怪しさが蒸発しないかな。



「そういえば、今までエターナルドリーマーの会員、『アピュイ』の説明はしっかりとしてこなかったわよね。そりゃ会員になるの気乗りしないはずよ」


 彼女はバッグから教科書の束を取り出し、そこに挟まっていた「今日から君もアピュイ!」というパンフレットを引き抜いた。いや、勉強道具の間に挟んでおくなよ。



「アピュイになれば、通常価格の4割引きで製品が買えるって話は前からしてるわよね。『キング・クック』だって2万4千円ちょっとで買えるから、それを家で使えばお得でしょ?」

「そりゃ定価からすれば得だろうけど……」


「で、割り引いて買ったものは通常価格で他の人に販売できるの。キング・クック売れば1万6千円の儲けよ? 友達と帰り道で『お前さー、鍋欲しくね?』『あ、うん、欲しいな、売ってくんね?』『ああ、明日契約書持ってくるよ』『ありがと、じゃーな!』 これだけで1万6千円なの」

「地球上にそんな会話存在しなくないですか」

 そいつ絶対に友達じゃないよ。


「でも、この単純な売買で儲けてるアピュイは少ないわ。本当にその商品だけ欲しいなら、自分が一旦会員になって4割引きで買ってからすぐ辞めればいいだけだし」

「そりゃそうだよな」


「そこでね、チョイ君」

 突然の君付け。これは怖い。窓の外で、警鐘代わりのクラリネットがピイッとハイトーンを奏でた。



「例えば、自分のやってるアプリゲームがすっごく面白かったら友達に紹介するわよね?」

「まあ、軽くな」


「それで友達がアプリ購入したり、課金したりしたとするじゃない? そしたら、紹介したチョイ君にも『紹介料』って形でそのお金の一部が入ってくれば嬉しいでしょ?」

「うん、それは嬉しい」



「ね? 友達も良いの教えてもらえてハッピー、チョイ君もお金入ってきてハッピー、そしてアプリを作った会社だって、自分の商品が広まってハッピー」

「なるほど、同じような形で実際にお金が入ってくるのがアピュイなのか」


 確かにこれはみんなハッピーになれる気がしてきたぞ……?

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