第2章 デートかと思ったら鍋の販売でした

第4話 雨の部室で

「聞いてくれ、サンクス。俺は幸せ者なんだ」

「あのなチョイ、そういう幸せ宣言は机に突っ伏した状態でやるもんじゃないぞ」


 友達宣言をしてから1週間、雨がガラスを叩く6月中旬。突然舞い降りた幸運の種を噛み締めると未だに顔がニヤけてしまい、サンクスこと有賀ありが孝太郎こうたろうに見せられない。


「なんだよ、ウマい話でもあったのか? 俺にも教えてくれよ!」

「ああ、いずれ紹介できるかもな……」

 ウマい話と聞いて彼女の顔を思い出し、俺は上げかけた顔をまた机にゴツンと沈めた。






「聞いて、チョイ!」

「おわっ!」


 夕方の手前でからりと晴れあがった放課後。地学準備室の扉を開けるなり、朱莉が高らかに叫ぶ。


 スマホでニュースを見ていた俺は、その浮かれた大声にびくっと肩を揺らした。


「今日は遂に新しい商品を持ってきたの! 今度のはすごいわよ。ワタシなんか話聞いた瞬間、売れる予感がして1ケース買っちゃったもん」

「もう危ない予感しかしないんだけど」

 どんだけウマい話なんだよ。


「早速説明させてもらうわね。ちょっと準備するから待ってて」

 そう言って、彼女はスクールバッグをガバッと開け、机の上に資料をバサバサと広げ始めた。



 あれから、なんだかんだほぼ毎日集まって、彼女と他愛もない話をする。


 友達宣言の後、すぐに朱莉が創部申請をして、「ビジネス研究部」を立ち上げた。「『ネットワーク』の文字は外せよ」って注意しておいた俺は本当にエラい。


 人数の関係で部費は出ないらしいけど「1人商品を買ってくれれば部費くらい余裕で賄えるわ」と朱莉がふふんと笑ったのを見て、俺までつられて破顔した。


 ここ最近、彼女は学校外の人への勧誘で忙しかったらしく、この部室ではあのへルシアスULTRAアルトラとかいうサプリをどう売ればいいかなんて作戦会議をしていた。


 俺だって彼氏候補としてアプローチしたいけど上手いきっかけもなく、ただただ2人でダベる時間。ファミレスの代わりに空き教室、ドリンクバーの代わりに自販機で買ったジュース。



「これならチョイもコロッと買っちゃうに違いないんだから」

「お前な、コロッととか良い意味で使わないだろ……」


「あら、イチコロって使ったりするじゃない? もう見た瞬間に買うに決まってるわ。なんなら先に会員アピュイになっておく? もう名前は書いておいたわよ」

「あーっ! お前このやろ、俺の名前勝手に!」


 いつの間にか「お前」呼びも当たり前になった。クラスで呼び始めた「朱莉」より、さらに親密になれた気がして、彼女と俺の不可視な距離は少しずつ縮まっている。


 期末テストの話でもしようと思って息を吸ったタイミングで、資料を準備していた朱莉が「あっ」と俺のサイダーを倒す。「炭酸抜けたー!」とツッコミながら蓋を開けるとプシュッと豪快な音が響き、大してシュワシュワもしなくなった甘ったるい液体を苦笑いしながら飲んだ。



「お待たせ! はい、今日はお時間取ってくれてありがとうね。ちょっとだけお話聞いてください。あ、ドリンクのお替り大丈夫?」

「なぜトークマニュアルをまんま再現するのか」

 ここはファミレスじゃないんだよ。


「んもう、チョイ、ワタシはチョイにだけ売るわけじゃないんだよ? これから色んな人と一緒にエターナルドリーマーを盛り上げていくんだから」

「はいはい、じゃあ進めてくれ」


 よろしくお願いします、と芝居がかった一礼をする朱莉。


 ファサッと前におりる髪から、鼻をくすぐる柑橘系の香り。昨日より少し気温が下がったからか、Yシャツの上に薄茶色のカーディガンを着ているその何気ない可愛さに、つい見蕩れてしまう。



「じゃあね、まずは君の夢って何かな?」

「なんでいつも夢から入るんだよ!」

 そこすっ飛ばしてくれよ!


「いやいや、あのね、チョイ。エターナルドリーマーは顧客にモノを売ってるんじゃないの、会員と会員候補に夢を売ってるのよ」

「物は言いようだな」

「そうなの! 物は良いのよ!」

「都合よく聞き間違えるな!」

 無敵かお前は。



「じゃあ夢は飛ばしましょう。チョイの夢はお金があれば解決できることにします。そこでね、良い商品をみんなで売って、買った人も生活が良くなってハッピー、売った人にもたくさんお金が入ってハッピー、そういうハッピーの輪を作りたいの。高校生でもできるのよ、そういうことが!」


 ずいっと顔を近付けながら、指をパチンと鳴らす朱莉。


 ああ、なんかもう。俺ホントに、朱莉のこと好きなんだな。全然憎めないし、見れば見るほど好きになるもんな。愛だの恋だの、落ちたら負けなんだな。びっくりするような盲目だな。


「はい、じゃあどんな商品ならみんなが喜んでくれるのか。みんなはどんなことを願っているのか。やっぱり万人に共通するのって『健康』だと思う。ここまではいいわよね?」

「……うん、もういいことにする」


 大きく頷いた朱莉が、大きな平たい箱をゴトンと机の上に置き、パンフレットを開いた。



「日々の健康は、日々の食事から。最高品質の鍋、『キング・クック』を売ってハッピーになろう!」

「ターゲット間違えてるよ!」

 高校生が売買するものじゃないだろ!


「あのな朱莉、なんでそう、俺たちが興味なさそうなものを紹介するんだよ」

「仕方ないじゃない、エタドリはオトナに向けてビジネスしてるのよ? 高校生が買うと思ってないのよ」

「高校生が売るとも思ってないはずだ」

 お前よくコンスタントに利益出せてんな。


「でもね、これは料理好きな女子にもウケるはずなの! ワタシはそこに勝機を見出して、既に別の学校の知り合い2人に売ったわ!」

「へえ、すごいじゃん」


「ということで、購入者第3号になってもらうべく、早速商品説明するわね!」

「俺は料理しない男子だけど」

 大丈夫? 勝機薄いけど大丈夫?


「任せて、そんな人にも絶対興味持たせてみせる! じゃあ具体的に商品を説明するわね。ちょっと難しい言葉も出てくるけど、大事なところだから」

「なんか長くなりそうだな」


「いいからしっかり聞いてよ? 彼女候補が話すんだから」

「……はいよ」


 やや上目遣い、意地悪な笑顔を浮かべる朱莉に、相槌を打つのが精一杯。


 お互いの関係を分かったうえで、それを楽しむような彼女の視線が俺の心を絡めとり、興奮した心臓が動悸を速めた。

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