魔法使いは 騒ぎの始末に 翻弄されます

「うっわぁ、大惨事だあ……」

 なぎさは呆然と現場を見渡した。先輩の榊も同様の感想を抱いたようで、いつもの仏頂面で「こりゃひどい」と一言。うん、ひどい有様だ。

 繁華街の交差点は、元々平日の昼間でも結構な人だかりだが、現在は人の流れが不自然に滞っている。そして異様なことに、あたり一面が――鮮やかな水玉模様に彩られていた。



 なぎさの勤め先は、魔法使いを様々な現場に派遣する会社である。業務内容は魔法が可能とする全て――と節操がなく、社員は日々死んだような目でぐったりと飛び回っている。

 交通費? 箒で飛んでいけ。

 盆に正月にクリスマス? うちにはない言葉だね。

 上司が朗らかに笑ういい職場だ……黒いのは作業着代わりのローブだけにしてほしい。

 まあそんな環境に揉まれて一年が過ぎ、なぎさも大分仕事に慣れてきた頃、初の『エマージェンシー』に派遣されることになった。基本的に社員は事前に組まれたスケジュールに沿ってあちこちに赴くのだが、ごくたまに、前触れ無くねじ込まれる案件がある。

 『エマージェンシー』――直訳通りの緊急事態。主に、魔法使いによる事故や事件の後始末だ。



「で、何がどうなってこうなったんですか?」

「魔法を使ったイタズラですよ。急にいろいろな場所へ水玉模様が浮かび上がって、ご覧の通りです。犯人はもう確保したんですが、犯人を押さえても現状が全く回復しないのでお呼びしました」

「ペンキとか塗料じゃないんですね?」

「洗ってもこすっても全く落ちないどころか、酷くなるんです」

 近くにきた警察官に事情を聞いて、なぎさたちは『水玉事件』の大体の流れを把握する。

 数十分前まで降っていた雨のせいで、警察官は頭からずぶ濡れだった。それよりもひどいのは、全身がピンクと緑のドットに覆われていることだった。

 道路も屋根も歩行者も、近くの全てが水玉模様。色も個性豊かで目がチカチカしてくる。さて、どうしよう。

 試しに、しゃがんでまだ濡れた地面を擦ってみるが、模様はかすれることすらしない。

「どんな魔法なんですかねー……先輩?」

 黙ったままの榊を振り返ると、彼は目を見開いていた。

「どうしたんですか? 変な顔して」

「……お前、うつってるぞ」

「うつってるって何、わあああ」

 なぎさのローブの裾が、鮮やかなドットで染まっていたのだ。そして手のひらにも。

「なにこれなにこれ!」

「おい落ち着け」

 パニックに陥ったなぎさがその場でジタバタと暴れた結果、足が水たまりに盛大に突っ込む。その雨水が近くにいた榊にもはねて、カラフルな水玉模様が榊の服にも現れる。

「ひっ」

 榊の眉間のしわが深くなったのにおそれおののき、なぎさは一歩後ろに下がった。

「……これで原因は分かった。水だな。濡れたところに模様がついてる」

 言われて周りをよく見ると確かに、車や建物の中に模様はほとんど見られない。

「じゃあ乾かせば解決ですかね?」

 なぎさは上空に手をかざして風を集めはじめた。やることが決まれば、そこからは簡単だ。そこらのものを吹き飛ばさない程度の風で水分をとばす。

「念のため、魔法の影響力が残っているうちは、ここらで水を使わないほうがいいだろうな」

 模様がほとんど消えて、撤収しようとしたときだった。

 頬にぴちゃん、と冷たいものがはねた。

「あ、雨……」

 そう呟いてから、なぎさはハッとする。手遅れだ。

 にわか雨が勢いを増す中、ふと榊のほうに視線をやる。

「悪いな、一本しかねえんだわ」

 彼は涼しげな顔で水玉模様の傘をさしていた。

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