魔法使いは今日も現場に派遣されます。
土佐岡マキ
魔法使いは 今宵サンタに 成り代わります
なぎさは、貼り出されたばかりのシフト表を穴が空くほど見つめた。十二月二十四日、二十五日、ともに出勤。
本当に穴ができたので、慌てて修復魔法をかける。
「あのー、先輩。これ気のせいですかね?」
「気のせいじゃねえなぁ」
先輩の榊が虚ろな目を伏せて、気だるげに返事を寄越す。
「先週から十連勤なんですけど」
「俺は十二連勤だ。この業界でクリスマスに休みなんか取れるわけねえだろ」
なぎさが新入社員として勤めるここは、様々な現場に魔法使いを送り込む派遣会社だ。その業務は多岐にわたる。
だが、ケーキ屋でもおもちゃ屋でもレストランでもないのに、クリスマスに忙しい理由が分からない。
「サンタさん、どうか休みをください……!」
現実逃避気味に呟いた言葉が虚しく響く。クリスマスプレゼントに心躍らせた子ども時代は遥か彼方だ。まさかこんなに哀しい贈り物を望む日が来ようとは。
ばっきゃろう、と覇気のない声とともに軽く頭を叩かれる。痛い。涙目で顔を上げると、大量の書類がふわふわとなぎさの周りに集まっていた。これが全て今日の仕事だと思えばぞっとする。
「サンタクロースなんかいるわけねえだろ」
手渡された資料に目を通せば、その意味がよく分かった。
「あー……納得。サンタ役なんですね。私たち」
なぎさの普段の仕事着は、闇夜に溶けるような黒いローブだ。地味な色合いの服装は、裏方仕事に都合がいい。
しかし、本日手渡されたのは、ギラギラとスパンコールが輝く赤い衣装だった。裾や袖口に白いファーが付いたサンタ服。どこからどう見ても本日の主役。パーティグッズのコーナーに売ってあるやつだ。
「ええええ、ダサい。本当にこれ着るんですか」
「俺も去年着た」
「まじすか」
真顔で真面目な先輩ですら、こんな浮かれた格好で外を練り歩かねばならないのか。拒否権はないのか。なんて恐ろしい日なんだ、クリスマス。
「ピザ屋だってサンタの格好して配達してるだろ。それと同じだと思え」
榊の言葉に一瞬頷きかけたが、頭にトナカイのカチューシャを乗っけている人に言われても。ファンシーな被り物と仏頂面が案の定ミスマッチで、ひどくシュールな絵面になっている。
着替えを澄ませてオフィスを出ると、クライアントから事前に預かったプレゼントの山が築かれていた。色とりどりの包装紙が目に痛い。ああ、何もかもが楽しげで煌めいている。自分たちの心以外は。
かくして、なぎさと榊はサンタとトナカイの衣装に身を包み、仕事先へ向かった。
あなたのサンタさんはどこから? 煙突から? どこにあるの、煙突。
なんて悩みも、六十八件目となればとっくの昔に吹っ飛んだ。淡々と侵入経路を見つけて、必要な魔法を二人がかりで組む。
二階の窓まで飛んでいくための飛行魔法、物音を防ぐ遮音魔法、プレゼントを手元に引き寄せる転移魔法……エトセトラエトセトラ。中には見積もり額がえぐいことになっているお宅もあるが、そこはきちんと同意の上なので。
プレゼントの横に『サンタクロースからの』メッセージカードを添えて、任務完了。抜き足差し足忍び足で、なぎさは子ども部屋を後にする。
仕事をやりながら思ったことは、親が枕元に置くほうが簡単で早いのになあ、だ。
『夜勤が入って』『サンタの正体に勘付かれそうで』なんて様々な理由があるから仕方がないとは思うけれど、外部委託しなければいけない程だろうか。
榊に聞くと、余計なことは考えるなと釘を刺された。
空の端っこが明るくなり始めた頃、ようやく百件のプレゼントを配り終えた。夜明けが近い。体が重い。
お腹がすいたと零せば、榊が近くの牛丼屋の名前をあげた。クリスマスディナーにしては安上がりだが、空腹には逆らえそうにない。仕方あるまい。薄切り肉のライスのせ~紅しょうがを添えて~で妥協するとしよう。
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