第43話 3人家族


 魔法学院職員寮、アダムの部屋。


 エリーゼはアダムのキスで目を覚ました。

 ゆっくりと唇を離したアダムの優しい微笑みは、エリーゼにとって天使そのものだ。


「おはよ。もう起きてたの? まだ寝ててもいいのに」 

「エリーゼの寝顔を堪能したくてね。静かに見てるつもりだったんだけど、我慢できなくてキスしちゃった」


 エリーゼは照れて頬を染める。


「……私のせいでベッド狭くなかった?」 

「ぜ〜んぜんっ! ずっとエリーゼを抱きしめられたから」


 甘い言葉の連投でエリーゼは悶絶する。

 顔はこれ以上ないくらいに真っ赤だ。


「かわいすぎ……我慢できないよ……」


 アダムはエリーゼに唇を強く押し当てる。


「ん……」


 ——私も……ずっと抱きしめてもらって……うれしかったよ。


 エリーゼはその想いを濃厚なキスで伝えた。

 2人は最後の時間をじっくり堪能するため、再び1つになった。




 

 1時間後。

 魔法学院職員寮、ケリーの部屋。

 

 エリーゼが部屋に戻ると、アリスが椅子から立ち上がる。


「——兄様、おかえりなさい。手続きなどは全て済ませておきました。あとは出るだけになってます。まだ早い時間ですから、誰かと会う前に退出しましょう」

「そうだね」


 エリーゼは部屋を見渡した。

 入居した時よりもピカピカになっているので、申し訳ない気持ちになる。


「アリス、全部まかせちゃってごめんね……」

「気にしないでください。もともと兄様にお仕えすることが私のお仕事でしたから。久しぶりに侍女魂が燃えましたよ」


 アリスはドヤ顔をエリーゼに見せた。


「ふふっ。本当に最後まで頼りっぱなしだったね。これからは本当に私がサポートに回って恩返しするから」

「はい、お世話になります!」

「じゃあ、行こっか」

「はい!」


 アリスの眩しい笑顔のおかげで、エリーゼは晴ればれとした気分で魔法学院を去ることになった。



***



 役所前。


 女装を済ませたエリーゼは、アリスと一緒にアダムを待っていた。

 2人は念のため、顔が見えないように深く帽子を被っている。


「——ごめん、待たせた?」


 遅れて到着したアダムは、2人に駆け寄ってきた。


「大丈夫。今、来たばかりだよ」

「アダム先生、おはようございます」


 アリスはアダムに一礼する。


「おはよう。アリスさん、今日から『先生』は外してね。家族になるんだから」


 アダムはにこりと笑いかける。


「ですが、魔法大学院に入れば先生とお呼びしますよ?」

「家でも先生って呼ぶつもり?」

「ですが……」


 アリスは返答に困る。


「敬語もやめてくれるとうれしいな。僕は普段、学生から敬語を使われないんだ。逆に緊張しちゃうよ」


 アリスは眉尻を下げた。


「善処します……。でしたら……、私のことを呼ぶときは『さん』を外していただけると助かります」

「わかった。アリス、今日から兄さんと呼んでもらおうかな」

「はい!」


 アリスは少し頬を赤くし、嬉しそうに返事をした。


 エリーゼは2人のやり取りを見て微笑む。


 ——アダムは人懐っこいから、すぐにこの2人は打ち解けるだろうな〜。


「アリス、私のことは姉さんね!」

「はい!」


 3人は役所へ入った。

 それぞれ持参したアクセサリーに『家族証明魔法陣』を付与してもらうために。

 エリーゼとアダムはペアのリング、アリスはペンダントへ。


 晴れて3人は家族になった。



***


 

 サラ御用達高級レストラン。


「——みなさん、お待ちしておりましたわ」


 役所を出た後、3人はサラと一緒に早めの昼食をとることになっていた。

 この国で最後の食事会なので、エリーゼとサラは少し悲しげだ。


「お招きいただき、ありがとうございます」


 ほとんど面識のないアリスは、緊張しながらサラに挨拶した。


「アリスさん、よくいらっしゃいましたわ。気兼ねなく楽しんでくださいね。あなたはエリーゼさんの妹さんなのですから、私の妹同然です」

「はい」

「さあ、こちらへ」


 サラはアリスの腕を掴んで、自分の隣の席に座らせた。

 アリスは少し顔が強張っていたので、エリーゼは苦笑する。


 ——このテンションに、アリスはついていけるかな……?


 エリーゼとアダムは、サラたちの正面の席についた。


 それを見計らったかのように、食事が次々に運ばれてきた。

 このレストランはいつきても仕事が完璧だ。


 サラはワインの入ったグラスを掲げる。


「では、おふたりの結婚を祝して、乾杯!」


「「「乾杯!」」」


 サラに合わせて3人はグラスを掲げた。


「サラ、本当にありがとう。君には感謝しきれないよ」


 アダムは深々を頭を下げた。

 エリーゼも合わせて頭を下げる。


「サラさん、私も言葉では言い尽くせないほど感謝してます」


 サラは優しい笑みを浮かべる。


「いいのですよ。人助けができて私もうれしいですわ。エリーゼさん、移住しても絶対に連絡をくださいね?」

「はい、もちろんです! その時は研究の進展も聞かせてくださいね!」

「まかせてください!」


 サラは目を潤ませながら、エリーゼをずっと見つめていた。

 エリーゼとの別れだけを惜しむような雰囲気だ。


「……サラ、僕とも数ヶ月後には離れることになるけど、寂しくないのかい?」


 アダムは苦笑していた。


「アダムはエリーゼさんを私から奪った仇ですから、そこまで興味はありませんわ。アダムが寂しいのなら、連絡してくれて構いませんわ」


 サラは軽くあしらうように言った。


「ははは……これはまいったな……」


 アダムは眉根を寄せる。


 2人の話を聞いていたアリスは困惑していた。

 エリーゼは対面に座るアリスへ視線を送り、気にせず食べるように促す。

 これが通常運行なのだろう、と察したアリスは黙って頷き、料理を口に入れた。

 その瞬間、アリスの目が見開く。

 あまりの美味しさに感動してしまっていた。

 口に入れるたびに目を潤ませたり、閉じたり……美味しさを顔全面で表現していた。


 エリーゼはその様子に隠れて吹き出す。


 ——アリスは感性豊かだな〜。反応が可愛くてずっと見ていられる〜。


 サラもそれに気づき、微笑んでいた。 


「——ふふふっ。アリスさん、お料理を堪能しているようで嬉しいですわ」

「はい! どれもとても美味で! こんなに素晴らしい料理は初めてです!」

「お誉め頂いて光栄ですわ。イタリ王国にもおすすめのレストランがありますから、エリーゼさんに連れて行ってもらうといいですわ」

「はい!」





 食事会は終盤に差し掛かる。


「——エリーゼ、そろそろ出発の時間だよ」

「うん……」


 笑いながら会話していたエリーゼとサラは、アダムの言葉を聞いた途端、表情が曇る。


 ——もう、サラさんと会えなくなるなんて……。


「エリーゼさん、港までお見送りするのですから、まだ泣くのは早くてよ?」

「……はい」


 必死に涙を堪えるサラを見て、エリーゼは上を向いて涙を止める。


「じゃあ、出ようか」


 アダムはエリーゼの肩を抱いて出発を促す。

 エリーゼは黙って頷き、4人はレストランを後にした。


 エリーゼとアリスは、アダムとサラに見送られ、船で出国した。

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