第42話 別れ
魔法学院、アーロン教授の部屋。
「——アーロン教授、突然のことで申し訳ありません。後見人になって頂いたのに……」
男装エリーゼは、教授に退職を申し出たところだった。
ジョーゼルカ家から雲隠れするため、という理由で。
研究室のメンバーには、「体調不良で退職した」と伝えてもらうことになっている。
教授は急な話なのに詳しい事情を聞かず、責めるようなこともせず、むしろエリーゼの心配をしてくれた。
それだけジョーゼルカ家の評価は、教授の中で最悪だった。
「優秀な君がいなくなるのはとても残念だけど、気にしないでくれ。ジョーゼルカ家が関係してくると事情が複雑だからね。安心してくれ、君のことは絶対に他言しないから」
——教授は本当に寛大な方。研究成果を出して恩返ししたかったのに……。
「最初から最後まで、ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「残りの研究は、サラくんが引き継いでくれるから心配しなくていいよ。魔法学院に戻ってくるようなことがあったら声をかけてくれ。またこの研究室に戻れるように手配するから」
「はい、感謝いたします。機会があれば、是非、教授の元でまた研究がしたいです!」
「うん。じゃあ、吉報を待ってるよ」
教授の温かい言葉にエリーゼは感極まっていた。
「はい。では、失礼いたします」
深く一礼をして、教授室から退出した。
エリーゼは廊下の奥にある研究室へ視線を向ける。
——挨拶もせずに去ってしまってごめんなさい。短い間だったけど、研究室メンバーには感謝の思いしか浮かばない。みんな気さくに接してくれて、毎晩のように遅くまで研究について語り合って、本当に濃密な時間を過ごさせてもらった。本当に素晴らしい研究室だったな……。
『みなさん、本当にお世話になりました』
心の中で感謝の言葉を述べた後、一礼して寮へ戻った。
*
アリスの部屋。
2人は小さなテーブルを挟んで座っていた。
「——兄様、報告はどうでしたか?」
アリスは心配そうにしていた。
「大丈夫、アーロン教授は寛大な方だから」
「よかったです」
「アリス、急にこんなことになってごめんね……」
アリスは首を横に振った。
「それは問題ないと何度もお伝えしました。それに、魔法教育がより充実した国へ行けるのですから嬉しいのですよ?」
エリーゼがアリスに移住の件を相談した時、アリスは一緒に行くと即答していた。
「私が学院の学生になったら、ジョーゼルカ家からどのようなお咎めがあるのか、とずっと怖かったのです。兄様にお仕えすると宣言してあの家を離れましたから……」
エリーゼはアリスの手を優しく握る。
「ずっと悩ませてごめんね。私は自分のことでいっぱいいっぱいだったから……」
「それは違います。兄様は私に別の可能性を下さったのです。私にも希望があることを初めて感じることができて、本当に嬉しかったのですよ」
「アリス、そう言ってくれてありがとう。ここで勉強したことは絶対無駄にはさせないから。移住したら、魔法大学院に絶対合格させてあげる!」
エリーゼはアリスを安心させるため、力強く宣言した。
「ありがとうございます。私もがんばります! じゃあ、最後の時間をアダム先生と楽しんできてくださいね!」
***
その日の夜。
男装エリーゼはアダムの部屋に忍び込んでいた。
「アダム、ワイン持ってきたよ」
玄関で出迎えてくれたアダムに、エリーゼはカバンから出したワインボトルを見せた。
「ありがとう。ワイングラスと一緒にテーブルに置いてくれる? グラスはキッチンにあるから」
「はーい」
ワイングラスを取りに来たエリーゼは、パスタを綺麗に盛り付けるアダムを横から眺める。
「美味しそう〜」
「パスタとサラダしかないけどいい?」
「もちろん! アダムの手料理久しぶりだな〜。これ、得意なやつだよね?」
「うん。でも久しぶりに作るから、ちょっと自信ないんだー」
「大丈夫だよ。アダムの作ったものならなんでも美味しいって」
アダムは昔のことを思い出し、急に吹き出す。
「エリーゼはどうせ、下手のままなんだろうな〜」
それを聞いたエリーゼは慌てる。
「だ、大丈夫、これからアリスに料理を教えてもらうから……」
「えー! 僕が手取り足取り教えたいのに〜」
アダムは頬を膨らませた。
——可愛い〜。
「アダムは仕事忙しいでしょ? それに私たちは明日、移住しちゃうからな……」
「それもそうだね」
アダムは肩を落とした。
アリスの入試対策のため、エリーゼとアリスは一足先にイタリ王国へ移住することになっていた。
「しばらく寂しくなるなー」
アダムは子犬が悲しむような表情を浮かべる。
——もう! この表情も大好き!
「でも、明日には結婚するんだからいいじゃない?」
「そうだね、やっと念願の夢が叶うよ。エリーゼが僕のものだって証明できるな〜」
2人は微笑みあった。
アダムと結婚すると、架空人物のエリーゼであっても身分証明書が発行されることになっている。
アダムのイタリ王国就業確定書を一緒に提出するので、移住権も保証される。
「ねぇ、今日はこのまま泊まっていけば? 明日にはここを離れるんだから」
アダムは甘えた表情でお願いしてきた。
——こんな顔されたら……。
「でも、ベッドは1人用でしょ? アダムはゆっくり眠れないんじゃない?」
「大丈夫だよ。ぴったりくっついて眠るんだから、1人みたいなものでしょ? 防音効果もバッチリだから、何しても問題ないよ」
エリーゼは顔を赤くする。
「アダムがそう言うなら……」
荷造りはすでに終えていたので、実際は泊まっても何の問題もない。
アリスもそのつもりで送り出してくれていた。
「照れてるところも可愛いよ。今夜は忙しくて眠れないかもね」
アダムはエリーゼにキスをした。
——とける〜!
アダムの予言通り、その晩はほどんど眠らなかった。
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