第40話 2人だけの甘い時間


 アダムはレストラン職員に部屋を離れることを伝えた後、エリーゼの手を取り、自分の腕に絡ませた。


「エリーゼ、宿までご案内いたします」


 アダムの紳士的な振る舞いにエリーゼはときめく。


「部屋への行き方はわかるの?」 

 

 アダムはいたずらっぽい表情浮かべながら、エリーゼに鍵を見せた。


 ——もう、可愛すぎ〜!


「エリーゼは気づいてなかったみたいだね。レストランの人がワインを注いでいる時、僕のポケットに専用の鍵を入れてくれたんだよ。恋人にはスマートなところを見せないと格好悪いからね」


 エリーゼは感心するように頷いた。


 ——さすが高級レストラン、配慮が完璧だな〜。


「その人が魔法を発動したことすら気づかなかったよ」

「ここで働いている人たちは優れた魔法使いばかりだからね。お客さんは要人が多いから。戦闘力もかなりのものだと聞いてるよ。今日はそんなすごい力を僕たちのために使ってくれたんだ。2人でゆっくり過ごせるようにね」


 アダムはエリーゼにウインクをした。

 

 ——か、かっこいい〜! ドキドキしすぎて心臓が破裂しそう!!!


 エリーゼは心の中で悶えていた。

 

「——この魔法扉の先に部屋があるよ」


 アダムは扉を開けると、エリーゼを先に部屋へ通す。


「ありがとう、アダム」

「どういたしまして」


 あとに続いてアダムも入室した。


「——うわ〜! アダム、ここ広すぎだよ!」


 サラが用意してくれた部屋は、前に宿泊した部屋よりも豪華だった。


「うん。そうだね——」


 アダムは後ろからエリーゼを優しく抱きしめた。


「エリーゼ」

 

 アダムは低音で艶やかな声をエリーゼの耳元で囁いた。

 エリーゼはアダムの正面を向き、とろけそうな体でアダムを強く抱きしめる。


「アダム」


 2人は互いの体、唇、愛……全てを取り戻すために一晩中愛し合った。



* 



 翌日、早朝。 


 2人はベッドの布団の中にいた。

 アダムはエリーゼを離さないように腕の中で包んでいる。

 何もかもが満たされ、2人はとても幸せな気分だった。


 喉の渇きを覚えたエリーゼは、離れたくない感情を押し殺し、嫌々ベッドから出る。


「——ダ〜メ、離さない」

 

 寝ていたはずのアダムは、ベッドから出ようとしたエリーゼの腕を掴んだ。


 ——そんな甘えた声で言われると、出られないよ〜。


「アダム、水を飲みにいくだけだよ?」

「やだー」


 アダムは子犬のように目を潤ませ、駄々をこねた。


 ——なんでこんなにアダムは可愛いの!?


「じゃあ、一緒に行く?」

「行く。でも、体の渇きを潤した後でね——」


 アダムはそのままエリーゼをベッドへ引っ張り、体を重ねた。




 

 ようやく水分補給を済ませた後、2人はベッドの中で話をしていた。


「——エリーゼ〜、ずっとこうしていたいよ〜」


 アダムはエリーゼの腕の中で頬ずりしていた。


 ——可愛すぎなんだけど!!!


「よーし、よし」


 エリーゼはアダムの髪を優しく撫でた後、頭に軽くキスをした。


「一緒に暮らし始めたら、毎日これしてくれる?」


 アダムは上目遣いでお願いする。


「いいよ〜」

「へへ〜」


 ——悶絶! 毎日これしたい!


「そうだ、アダム聞いてくれる? 私たちが結婚する時、この国を離れたいんだけど……、どう思う?」


 アダムの体が少し強張る。


「いいけど……。あの……、今さらだけど、僕はそんなに長生きできないかもしれないんだ——」

 

 エリーゼはアダムの言葉を遮り、話し始めた。


「——そのことなら心配しないで。もう解決済みだから」

「え?」

「詳細は言えないの。ごめん」


 緊張していたアダムの顔が緩む。


「はあ、そうなんだ……、僕はエリーゼと長い時間、一緒に過ごせるとわかればそれでいいよ」


 アダムはエリーゼを強く抱きしめた。


 ——不安だったよね。いつ死ぬかわからない状態だったもんね。大丈夫、これからはずっと一緒だよ。


「エリーゼはどこへ移住したいの?」

「イタリ王国かな。王族は権力を握っていないし、貴族もいないから。特に、ジョーゼルカ家の息がかかっていないことが最高だと思う。魔法教育もレベルが高いから、いいと思わない?」

「いいと思う。でも、それでいいの? 研究員として成果が出そうだって時なのに。全て失ってしまうよ?」

「いいの。アダムと安心して暮らせる場所じゃないと不安だから。それに、私は優秀だからどこへ行っても大丈夫」


 エリーゼの得意げな笑みに、アダムは吹き出す。


「ふっ……、頼もしいな。まあ、エリーゼなら問題ないか。実は、僕もこの国を離れようと考えた時があったんだよ。1番いいと思ったのはイタリ王国。あー、でも、アリスさんは大丈夫なの?」

「大切な時期だから言いづらいんだよね。これ以上、私の都合でアリスの人生を壊したくないし……」


 エリーゼは苦悶の表情を浮かべた。


「もう余裕で合格できるレベルなんでしょ? 打ち明けても大丈夫じゃない? 言われない方が辛いと思うよ。僕はアリスさんが一緒に来たいって言えば、それでもいいと思ってる。大切な妹でしょ?」 

「うん。帰ったら話をしてみる」

「2人が納得する結果がでるといいね」

「ありがとう」


 アダムはエリーゼにキスをした。


 ——溶ける……。


「それなら、移住と職探しの件は早めに動こう」

「アダムは入試の準備で忙しいけど、大丈夫なの?」

「大丈夫。エリーゼと幸せに暮らすための準備なんて楽しすぎるでしょ?」


 アダムは満面の笑みを浮かべる。


「ふふふっ。そうだね」

「エリーゼ、おいで」


 再び幸せを噛みしめるために、体を重ねた——。





 数時間後。


 2人は心地よい疲労感を覚えながら部屋を後にした。


「これから時々、僕の寮にも泊まりに来てよ。男装の状態だから怪しまれないでしょ?」


 アダムは悪い笑みを浮かべていた。

 エリーゼはアダムとイチャイチャする場面を想像してしまい、少し顔を赤くする。


「いいの?」

「うん。僕の立場なら誰も文句言えないんだ〜」

「アダム先生、かっこいい〜」


 そんなことを話しながら宿を出ると、1台の馬車が止まっていた。


「あの馬車……何か嫌な予感がする……」


 アダムは馬車の扉に描かれた家紋を見つめる。


「え?」


 アダムの言葉にエリーゼは首を傾げた。


 2人に気づいた御者が近づいてくる。


「スコット様、コストナー様、お待ち申し上げておりました。こちらの馬車にお乗りください。サラ様がお待ちでございます」


「え!?」

「やっぱり……」


 エリーゼは驚きの声をあげたが、すでに予想していたアダムはため息をついた。

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