第39話 審判


「とりあえず座ってくれ。しばらく考える時間が欲しいから、そこで待っていてほしい」


 アダムにそう言われたケリーは頷いた後、腰を下ろした。


 ドクンドクン……。


 待っている間、自分の心臓の音だけがケリーの耳に届いていた。


 ——もう、心臓がもたない……。


 ケリーは精神的に限界に近づいていた。




「——そういうことか……」


 どれだけ待っただろうか、アダムはようやく口を開いた。


「ようやくサラの言っている意味がわかったよ。エリーゼ、指輪を見せてくれない?」

「え?」


 予想外の言葉にケリーは驚いた。


 ——罵声は? 酷い言葉を言ってもらった方が諦めがつくんだよ?


「——いいから見せて」


 アダムは席を立ち、呆然とするケリーのそばに寄ってきた。

 ケリーは恐る恐る右手を差し出す。


「外してくれる?」


 ケリーは頷き、中指から指輪を外してアダムに手渡した。


「ありがとう」


 アダムは指輪の内側をじっと眺める。


「あった……」


 アダムはそういうと、ケリーを横から抱きしめた。


「…………」


 ケリーは何が起こったのかわからず、呆然とする。


 アダムは抱きしめたまま話し始める——。


「君の話を聞いた時はかなり動揺したよ。直前までいろんな情報が錯綜してたこともあって、頭が混乱してたんだ。そのせいで整理するのに時間がかかってしまった。でも、サラと『僕の息子』からの話を照らし合わせたら、辻褄が合った」 

「——あの子に会ったの?」

「うん、会ったよ。僕にそっくりだった。でも、髪色だけは僕の大好きな人と同じだった。君が本当の名前を言えないことを教えてくれたんだ。大丈夫、もう君が誰なのかは、僕にはわかったから」


 アダムはさらに強く抱きしめる。


 ——これは現実? それとも夢?


 気づかないうちにケリーの目から涙が零れ落ちる。


「……アダムは私のことどう思ってるの? 嫌いじゃないの? 軽蔑しないの?」

「愛してる。ずっとずっと前から……」


 ケリーはようやく理解した。


 ——アダムは私がエバだと気がついたんだ。私も愛の言葉を伝えたい……。でも、その前にいくつか確認しておかなければ……。


「アダム、私のことをこんなにすぐ受け入れられるなんて不思議なんだけど……」

「サラのおかげだよ。言える範囲のヒントをたくさんくれたんだ。そして、息子と君の言葉で全てが繋がった。それに、ケリーくんの雰囲気は僕が探している人とそっくりだったから、確信したんだよ」

「アダム……私は……リリスの体だけど、いいの?」

 

 ——これだけは、はっきりさせないといけない。


 アダムはケリーを体から離し、じっと見つめる。


「体だけでしょ? それに、リリスは死んだんだよね?」

「うん……」

「もういいんだ。それより、君の方がその体の中にいて辛かっただろ?」

「うん……」


 ケリーの涙は、一気に溢れ出した。

 今まで溜め込んだ苦痛を吐き出すように。


「1人でずっと辛い思いをさせてごめん。もう、絶対離さないから……。愛してる」


 2人は強く抱き合った。


 ——アダムに抱きしめてもらえる日が来るなんて。アダムに愛の言葉を言ってもらえるなんて。やっと、やっと、たどり着いたんだ……。


「うん、絶対離れない……。私も愛してる」


 2人の思いはようやく通じ合った。


 抱き合っている間、ケリーは今まであったことを振り返る——。


 ——私たちは本当に愛し合っていたんだよね。途中は本当にひどい目にあったけど、私たちの愛が勝ったんだよね。私たちは意外と幸運に恵まれていたのかもしれない。サラさんとの出会いは本当に大きかった。彼女とはこれからもいい友人関係を保ちたい。


——アリスとアーロン教授にも頭があがらないな。あの2人がいなかったら、アダムに再会できなかったもん。


——あとは、悪魔にも感謝しないとね。最初は全然信用していなかったけど、おかげで私たちはこうして巡り会えた。


——本当にみんなありがとう。私たち2人の願いを叶えてくれて。



 長い時間抱き合っていた2人は、ゆっくり体を離す。


「そういえば、指輪の何を確認してたの?」

「内側の刻印だよ」


 アダムは握っていた指輪の内側に魔力を注ぎ、ケリーに見せる。

 内側にはめ込まれていた石の中に文字が浮かび上がっていた。


『一生愛してるよ、エバ』


「石の中には、僕にしか見えない文字が刻まれているんだよ。恥ずかしくて渡した時に言えなかったんだけどね……」


 アダムは照れながら言った。


「そうなんだ」

「君のことは何て呼べばいい? 息子に『あの名前』は絶対に言ってはいけないって言われたから」

「ふふふっ、ごめんね。私のことは『エリーゼ』って呼んで。ちなみに、『ケリー』という名前はその子につけようとしてた名前なんだよ」


 アダムは優しい笑みをエリーゼに向ける。


「ケリーには、あとでお礼を言わないとね。3人で会ってみたいな」

「うん」


 アダムはその場で片膝を立ててしゃがみこんだ。

 そして、右手をエリーゼに掲げる。


「もう一度これを受け取ってほしい。エリーゼ、僕と結婚してください」


 アダムの手の上には、先ほどの指輪がのっていた。

 エリーゼの目から、再び涙が溢れる。


 ——嬉しい……。


 エリーゼは左手を差し出した。


 アダムはにっこり笑い、指輪をエリーゼの薬指へはめた。

 薬指から熱がどんどん広がっていき、エリーゼは本当のエバに戻れたような感覚に陥る。


 アダムはエリーゼを強く抱きしめる。

 

「エリーゼ愛してる」

「アダム、私も愛してるよ」


 2人は唇を重ねた。

 体がとろけそうなくらいに何度も。


「——はあ……、エリーゼ……、一緒に宿へ行かない?」


 息が上がっているアダムは、エリーゼの耳元で囁いた。


「うん……。……あ、待って、ここを出る前にカツラをしていかないと怪しまれちゃう……」


 エリーゼは急いでカツラを被り、魔法で固定させた。


「ふっ。まさか、男装しているとは思わなかったよ。天才が考えることは違うな〜」

「だって、アダムは女性に警戒してたでしょ? まずは仲良くなりたかったの」

「当たり前だよ、僕が心に決めた人は1人だけなんだから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る