第20話 サラと取引3
——自分がエバだと言うことを認めれば、アダムの命が……。
ケリーはそう自分に言い聞かせ、どうにか平静を保っていた。
「——そう思った根拠を聞いても?」
「構いませんわ」
サラはケリーに顔を少し近づけ、深く息を吸った。
「おそらく、あなたは悪魔からその体をもらったのかと。あなたから悪魔の香りがしますもの」
ケリーは訝しげな表情を浮かべる。
「ボクは悪魔のことはわかりません。サラさんは悪魔についてお詳しいようですから、教えて頂いても?」
「もちろんですわ。普通はここまで知識がある方はいませんから、疑問に思うのは当然でしょう」
サラは笑みを浮かべる。
「吸血鬼は悪魔に近しい存在なのですよ。邪悪と考えられていますが、意外と律儀な面もありますの。例えば、『対価』ですわね。必ず等価交換にしてくれます。それさえ守れば結構良い方達ですのよ」
「悪魔に会ったことがあるんですか?」
「子どもの頃に。実際は、父が召喚するところを見てしまっただけですが。その時父は、自分の命を代償に『我が家系の吸血鬼の子孫がこれ以上残らないこと』を願っていましたわ。だから私は子孫を残せない体になり、同性を好むようになったようです……」
ケリーは悲しみの表情を浮かべた。
サラはケリーの左手を両手で包み込んだ。
「お気になさらないで。今のところ『あなたの魂は悪魔の力で転生した』と考えていますわ。おそらく契約の都合上、あなたがエバ・シャーリーさんだと明言できないのでしょう。だから、そこはお認めにならなくても構いませんわ」
ケリーは首を傾げた。
「サラさんは、ボクに何を求めているのですか?」
「あら、最初に言及しましたよ。あなたの血液がほしいと」
「ボクの血液じゃなくてもいいですよね? 例えば、友人のアダムさんでもいいのでは?」
サラは顔を青くし、顔を勢いよく横に振った。
「とてもまずくて無理でしたわ。途中で捨てたくらいです。男性だったという理由もありますが、不健康な人の血液はエグ味みたいなものが出てしまいますのよ」
「すでに飲んでいたんですね……」
アダムの血液は美味しいに決まってるだろう、とケリーは嫉妬心を抱く。
「サラさんは普通に食事をしていましたが、血液がないと生きていけないのですか?」
「普通の食事で十分生きていけますわ。でも、人の血液はやはりどの食事にも勝りますわね……。友人が一度怪我をした時、消毒と偽って血液を舐めましたことがありましたが……味は別格でしたわ」
うっとりとした笑みを浮かべたサラに、ケリーは背筋を凍らせる。
「ふふふ、怯えていますね。私は節度を持っていますのでご心配なく。恋人からしか血液をもらっていませんのよ」
「あなたが吸血鬼だと知っているのは、学院内ではアダムさんとボクだけですか?」
「そうですわ。吸血鬼は危険だ、と考えられていますから、秘密にするのは当然です。殺されるでしょうから……」
「採用試験で身体検査や身辺調査がありましたよね?」
「中級貴族以上は書類提出だけですよ。絶対階級主義は学院に入るまで通用しますのよ。ほほほほほ」
——ボクもジョーゼルカ家の権力を使って書類審査だけにしてもらったからな……。
ケリーは納得するように頷いた。
まだ信用しきれないケリーは、質問を続ける。
「ボクの血液が欲しいからといって、自分の身を危険に晒す必要はないと思いますが?」
「そう考えて当然ですわね……。では、もう1つ情報を開示しますわ。きっとこれを聞けば、ケリーさんはこの取引に応じてくれるでしょう」
ケリーは息を飲み込んだ。
「伺います」
サラは笑みを浮かべた。
「私は友人を必ず大切にする主義ですの。その1人がアダムですわ——」
——ここでアダムの名前が出てくるってことは……。
ケリーの鼓動が速くなる。
「——ケリーさんはアダムを恋愛対象として見ていますか?」
「え? 質問の意味が……」
「私は、ケリーさんがアダムに恋愛感情を抱いている、と思ってますのよ。アダムに向ける視線や態度は明らかにそうですわ。この前3人でお食事した時、確信しましたの。私、結構勘が鋭いのですよ」
ケリーはなんと言っていいかわからず、ごまかしの笑みを浮かべた。
「ほほほほほっ。お認めになったと判断しましたわよ?」
「認めていませんよ……」
ケリーはため息まじりに答えた。
サラは頬を膨らませる。
「あら……、お認めになりませんのね。アダムが最終的に決めることですから保証はできかねますが、現状を必ず打開する方法はありますわよ? 私しか知らないアダムの秘密を利用して、どうにかできると思っていますわ。アダムのことが好きならば、少しでも距離を詰めたいでしょう?」
ケリーにとって、この話は魅力的だった。
——焦るな、慎重にならないと……。
「アダムの秘密は、契約上口にすることはできませんが……」
「なるほど……」
サラの発言でケリーは目を細めた。
——アダムの悪魔契約について言っているのかもしれない。悪魔に詳しいサラさんが召喚方法を教えた可能性……。サラさんとアダムは、転生した私を探しているのかもしれない……。自分がエバだと言い出せない以上、間接的な情報をこっちから提供しないといけないってことか……。
「それで? ケリーさんはアダムがお好きですよね?」
「……はい」
サラは満面の笑みを浮かべ、前のめりになった。
「やっぱり! 契約はどうされますか? 血液を頂ける限り、あなたのために尽くしますわ!」
「お、落ち着いてください。先に言っておきますが、ボクは本当の自分が誰なのか、言うことはできません。体はリリスで間違いありませんが、リリスのことは世界で1番嫌いです。あとは……、ケリーとしての記憶は現在から2年前くらいしかありません」
ケリーは、自分がエバであると気づいてもらうためのヒントを出した。
「なるほど……。さすがですわ。頭のいい方は好きですの。では、魔法契約をしましょうか? これなら、今の話の裏付けになりますし」
「そうですね」
ケリーは諦めるように頷いた。
「では、契約内容を確認しましょう——」
ケリーがサラに求めた内容は、
『ケリーがリリス・ジョーゼルカであり、ジョーゼルカ家との関わりがあることを一切口外しないこと』
『取引内容に関して、互いに嘘をつかないこと』
サラがケリーに求めた内容は、
『サラとその家族が吸血鬼に関わっていることを一切口外しないこと』
『裏切らなこと』
2人はその内容を『契約魔法陣』へ刻み込む。
その魔法陣は荊へと変形し、それぞれの心臓に巻きついた。
もし契約を破った場合、荊がゆっくり心臓を締めつけ、もがき苦しみながら死ぬことになる。
この魔法を何の迷いもなく使ったということは、サラが吸血鬼であることは確定していた。
「ほほほほほ。取引もこれで成立しましたわね」
——この状況で笑う余裕があるなんてすごい……。
ケリーは眉尻を下げた。
「ちなみに、サラさんの曽祖母は長命のはずですよね? その時点で吸血鬼とバレると思いますが?」
「彼女は曽祖父が亡くなってからすぐ、自殺しました。曽祖父をとても愛していたそうですから……」
「……余計なことを聞いて申し訳ありません」
「お気になさらず」
「それで……血液はどのタイミングでお渡しすれば……? 噛み付かないですよね?」
ケリーは今さらながら怯えていた。
サラはケリーの問いかけに目を輝かせる。
「私がケリーさんを手伝った対価として、血液をいただくことにしますわ。タイミングはその都度相談させていただきます。血液は病院と同じように採決できますから、ご心配なく。いつも専用道具を持ち歩いてますの!」
「ボクの血液は不味そうじゃないですか? こんな汚らわしい体に流れる血液は、絶対断りますね……」
ケリーは鳥肌を立たせながらそう断言した。
「ある意味、気になるお味ですわ。あの傲慢な女の血を飲んで優位な気持ちになるやもしれませんよ?」
サラは軽く舌を出した。
ケリーは苦笑いを浮かべる。
「では、今後のケリーさんについて相談を始めましょうか?」
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