第21話 数週間ぶりに


 サラと取引してから数週間後。


 もう起きる時間だったが、ケリーは夢の中にいた。

 その夢は転生してから1番幸せで、甘いものだった——。



『——エバ……、こっちにおいでよ……』


 アダムがエバの手を優しく引っ張り、抱きしめる。


 ——ふふふ。あったかい……。


 そして、アダムの唇が近づいてくる——。


 

 ……が、ここでケリーの夢は終了した。

 目を覚ましたケリーはうつ伏せになり、枕を両手でバンバン叩く。


 ——あ゛ー! あと少しだったのにー!!! アダムとキスしたい〜!!!


 そんな中、ドアをノックする音がケリーの耳に届いた。


「はーい」

『兄様、アリスです』


 扉の向こうからアリスが声をかけてきた。


「ちょっと待って」


 ケリーはふてくされた顔でベッドから出て、扉の鍵を開けた。


「おはようございます、ケリー兄様……、まだ着替えていないのですか? 朝食のお誘いに来たのですが……」


 アリスは顔をしかめた。


「だってぇ、アダムが夢に出てきて……」


 ケリーは頬に手を当て、体をくねらせる。


「はぁ……。そんなに会いたいのでしたら、ご自分から誘われてはいかがですか?」


 部屋に入ったアリスは、ケリーの布団を整えながらそう言った。


「そんな〜、恥ずかしいよ〜」

「ケリー兄様、行動しないと何も始まりませんよ? サラさんからも言われたのでしょう? まずは男としてアダムの信頼を勝ち取ろうと」

「まあね……」


 ケリーの頭にサラから言われた言葉がよぎる——。



『——いまだにアダムの傷は癒えていませんわ。むしろ過去を全て思い出したことで、傷が深くなってしまったようですの。困ったことに、女性と深い仲になりたくない、と考えてしまっているようですわ』



 サラの言葉を思い出したケリーはため息をついた。


「はぁ〜。この数週間、アダムに会ってないから寂しいよ〜。アリス〜」


 ケリーは人肌恋しくなり、アリスを後ろから抱きしめる。


「もう……」


 アリスは困った表情を浮かべていた。


「兄様、着替えますよ」


 ケリーから体を離したアリスは、ケリーのクローゼットから着替えを出し、ベッドに置いた。


「はーい……」


 ケリーは拗ねた状態でアリスとカフェテリアへ向かった。





 カフェテリア。


 ケリーとアリスは、4人席テーブルに向かい合って座っていた。

 ケリーはサンドイッチ、アリスは甘いタルトを食べている。


「——兄様、今日の予定はどうなっていますか?」

「今日は、なんだ〜。それ以外は特に忙しくないから、仕事が片付いた後、勉強をみてあげる」

「あの講義は今日だったんですね! あ……」


 アリスの視線は、ケリーの向こう側に向いていた。


「え? なに?」


 ケリーは後ろを向くと、驚きで目を見開く。


「——ケリーくん、おはよう」


 笑顔で声をかけてきたのは、アダムだった。


「アダムさん! おはようございます!」


 ——アダムだ!!! 朝から幸せすぎ!!!


 喜んでいるケリーの足をアリスは軽く蹴った。


 ——ゔ……、誘えという合図だな……。お主、なかなか攻めるじゃないか……。


「あの……、時間があるようでしたら朝食を一緒にどうですか?」

「いいの?」


 アダムはアリスに視線を向けた。


「私は構いません」


 アリスはそう言いながら、ケリーの横の席を勧めた。


「じゃあ、お言葉に甘えて」


 アダムはケリーの横に座った。


 ——も〜! 横顔、可愛いって!!! いい香りだ〜、心臓がもたないよ〜!


 ケリーの口はだらしなく緩んでいた。


「はじめまして。私はケリー兄様の妹、アリスです」

「へぇ、妹さんなんだ。僕はアダム・スコット、魔法教育学部の教員だよ。学生さんかな?」

「いえ、私はまだ学生ではありません。ケリー兄様の助手としてこの学院にいます。次回の入試で学生になれるといいのですが」

「そっか。両立で大変だね。ケリーくんが勉強を教えているのかい?」

「は、はい! そうですよ!」


 ——あ〜! 最初の『は』だけ変な声になった……。


 アリスはケリーの反応を見て、苦笑いを浮かべる。


「——アリスさんは、どこの学部を目指してるんだい?」

「魔法教育学部です」

「そっか、入ったらよろしくね!」

「はい!」


 ケリーは、アダムと仲良く会話するアリスをジト目で見つめる。

 アリスはその視線に気づき、視線を逸らした。


「そうだ、ケリーくん」

「はい!」

「今日は、アーロン教授の講義見学よろしくね」

「はい! 準備万端ですよ」

「ありがとう」


 アダムはそう言うと、コーヒーを一口飲んだ。


 ——あ〜、そのカップ持って帰りたい……。いや、コーヒーになってもいいかな……。


 ケリーがアダムに見とれていると、アリスがまたテーブルの下で蹴りを入れてきた。


 ——次は何の合図……?


 アリスは隠れてアダムに向かって人差し指を指していた。


 ——食事に誘えってことだよね……。


「あの……アダムさん……」


 ケリーは顔を少し赤くしながら声をかけた。


「なんだい?」

「近々……仕事終わりに食事でも行きませんか? 違う学部のお話も聞きたいので……」


 ケリーは緊張のあまり汗ばんでいた。


「もちろん。じゃあ、週末にどう? おすすめの店があるから連れて行くよ」

「はい! よろしくお願いします」

「うん!」


 それを聞いていたアリスは満足げに頷いていた。



***



 週末、夕方。


 ケリーはアリスの部屋にいた。


「——アリス〜、どうしよ〜」

「兄様、もうそろそろアダム様と待ち合わせの時間では?」

「そうなんだけど〜。緊張してどうにかなりそうだよ〜」


 アリスは眉尻を下げる。


「意識しても無駄ですよ。アダム様は兄様のことを仕事仲間としか思っていないですから」

「そんな悲しいこと言わないでよ……」


 ケリーは唇を突き出した。


「服は大丈夫かな? 可愛い?」

「何言ってるんですか……? 可愛いとマズイですよ……」


 アリスはケリーを見下したような視線を送る。


「……そうですね、すみません」

「はぁ、普通に話をすれば問題ないですよ! ほら、行ってください!」


 ケリーは背中を無理やり押され、アリスの部屋から締め出された。





 ケリーは胸を弾ませながら職員寮出口に到着した。

 そこにはアダムが背を向けて立っている。

 先に気づいたケリーは足取りを緩め、アダムを嬉しそうに眺める。


 ——学院にいる時よりラフな格好だ。またそれが堪らないんだよね〜。


 アダムもケリーに気づき、笑顔を浮かべる。


 ——ま、眩しい……。笑顔が素敵すぎて失神しそう!


「やあ!」

「すみません、お待たせしてしまって……」

「いや、まだ待ち合わせの時間にはなってないよ。僕が早く来すぎただけだから、気にしないで」


 ——アダムって本当に優しい〜!


「じゃあ、行こうか」

「はい!」

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