第19話 サラと取引2


「え!?」


 ——血液……?


 ケリーはサラが要求した取引材料に困惑していた。


「ダメですか?」

「そりゃあ……」


 サラはケリーの否定的な言葉を聞いて少し唇を突き出した。


「いやいや……ダメと言う前に意味がわかりませんよ?」

「あら? そのままの意味ですわよ。具体的に言うと……ケリーさんの血液が飲みたいのです。ダメかしら?」


 サラは赤い唇の隙間から、尖った白い歯を光らせた。

 ケリーはそれを見て鳥肌を立たせる。


「……そう言われた人は、みんなボクと同じ反応を示すかと……。なぜ血液を飲みたいと?」


 驚きの連続で、ケリーの酔いはかなり冷めていた。


「取引相手ですからお教えしましょう。……私、吸血鬼ですの」


 サラは妖艶な笑みをケリーに向けた。

 まるで、ケリーを欲しがっているように……。


「え!? 吸血鬼って絶滅したんじゃ……?」


 ケリーは怪訝な表情を浮かべた。


「取引の話をする前に、吸血鬼の話をしましょうか……」


 サラはそう言った後、赤いワインを一口含んだ。


「一般的に吸血鬼は、『人を殺して血液を吸い尽くす極悪な生物』と考えられていますが、それは一部の吸血鬼に限られていますわ。それを知らない人間たちは大昔、片っ端から吸血鬼達を掃討しましたの。今では純血がいない、と考えていいですわ」

「……サラさんは、なぜその血を受け継いでいるのですか?」


 サラは遠くを見つめるように話し始めた。


「私の家系は、途中まで純粋な人間で構成されていました。ですが、嫁入りした曽祖母が純血の吸血鬼でしたの。もちろん、その素性は隠していました。その後、父と私は弱いながらもその素質を受け継いでしまいました。その事実を知っているのは私と父親だけですわ。信用できないようでしたら、内密に私の生体情報を提供してもよろしくてよ?」


 ケリーは疑いの目を向ける。


「必要なら要求しますが……。そんな危険な情報をなぜボクに提供しようと? ボクは信用するに値しない人物だと思いますよ? まだ会って数日ですし」

「ここまで聞いておきながら、そんなことをおっしゃるのね……。まあ、警戒するのは当然かしら」


 サラは目を細めた。


「では、契約魔法はどうです? 互いに重大な秘密を漏らされては困りますよね?」

「ボクが本当にサラさんの言う人物であれば、ですけど……」

「ほほほほほ。まだ誤魔化すのですね」

「ボクはまだ、サラさんの言った内容を信用していませんから。先にボクの質問に答えていただきたいですね」

「構いませんわ。ケリーさんと頭脳戦ができるなんて、光栄ですから」


 サラは嬉しそうに答えた。

 ケリーはその様子に呆れる。


「では、ボクがリリス・ジョーゼルカであり、魂が違うと断言した理由をお伺いしても?」


 サラは真っ赤な唇をゆっくり開く。


「吸血鬼の特殊スキル『吸血の鼻』で性別や人物の特定ができますのよ。人物の特定は、一度触れたことがある方に限定されますが。さらに、特殊スキルの『吸血の心眼』で魂の色調の違いを見分けることができますわ——」


 サラはケリーの左手を軽く掴み、自分の鼻へ。


「……やはりこの香りは、リリス・ジョーゼルカですわ。私はアダムと親交を深めてから、リリス・ジョーゼルカから嫌がらせを何度か受けたことがありますの。だから香りはすでに知っていますわ」

「誰かがボクの情報を漏らした、ということも考えられますが?」

「情報漏洩を心配なさっているのですね。それに対しての返答は『いいえ』と断言できますわ。誰もジョーゼルカ家を裏切れないのは、ご存知でしょう? 王家が背後についているのですよ。裏切れば死より酷いことが待っている、と誰もが知っていますわ」


 もっともな言い分だが、ケリーはそれで納得することはなかった。


「でも、リリス・ジョーゼルカは死んだのですよ?」

「その通りですわ。リリス・ジョーゼルカの魂が死んだからこそ、その体に『あなたの魂』が入り込めたのですよ」


 サラの目はわずかに赤く光った。

 何もかも見透かすような目に、ケリーは背筋を凍らせる。


「今、もう一度魂を確認しました。やはりリリス・ジョーぜルカの体内にある魂は、本人のものではありませんわ。正常な生物であれば、体と魂は同じ色調ですのよ。でも、あなたの体と魂は違いますわ。禍々しい赤黒い体に対して、魂はとても綺麗な緑色。あなたがリリス・ジョーぜルカと全く別人であることは、確定ですわ」


 ケリーは動揺を表情に表さないよう慎重に口を開く。


「もしそれが本当だったとして、あなたが思っている『私の魂』は、誰だとお思いですか?」

「エバ・シャーリーさんですわ。私が最も憧れ、敬愛する方ですの」


 サラはうっとりとケリーを見つめていた。

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