第26話 アダムの授業
今日はケリーが待ち望んだ日。
そう、アダムの授業見学の日だ。
朝早くに出勤して仕事をほとんど片付けたケリーは、昼食を軽く済ませて教育学部棟へ向かっていた。
——久しぶりの生アダム〜。緊張するな〜。でも、私の顔を見たら……アダムはどんな顔をするかな……?
アダムの辛い表情が頭をよぎる。
——授業の時だけは考えないようにしよう。せっかくの機会なんだから、人気教員アダムの授業に集中しないと!
ケリーは講義室に到着し、扉の小窓からアダムを探す。
学生がたくさんいるものの、アダムの姿は見えなかった。
——廊下で待っていようかな。
しばらく待っていると、遠くから廊下を駆ける音が。
ケリーは顔を動かさず、視線だけをそちらへ移動させる……。
アダムの姿が視界に入り、鼓動が一気に早まる。
——アダムだ! 緊張してきたー!
「——ケリーくん、ごめん! 時間ギリギリだね。1番後ろの席、あけておいたから適当に座ってくれる?」
「はい、ご迷惑おかけします。今日はよろしくお願いします」
「うん」
アダムは優しい笑みをケリーに向けた。
——癒される〜!
「じゃあ、入って」
「はい」
ケリーはアダムの後について講義室に入り、最後尾中央の席に座った。
端末を立てて机に固定し、撮影機能を起動する。
角度などを調整し、アダムと講義に使用する巨大画面が端末画面に映し出された。
そして、録画を開始する。
これはアダムから許可が出ているので、盗撮ではない。
——あ〜、毎日見ちゃうだろうな〜!!!
ケリーはニヤケを堪えながら、端末に映るアダムと実物のアダムを交互に見つめていた。
今回の講義は『魔法陣学』。
アダムの専門外だったが、前任者の引退を機に昨年からアダムが担当している。
アダムは教育学部で講義を最も多く抱えているため、断ってもいい状況だったのだが……。
アダムがこの講義を進んで引き受けたのには、理由があった。
「前任者に頼まれたから断れなかった」というのは建前で、本当は暇な時間を作らないようにするためだった。
何かに没頭していないと、過去の辛い記憶を思い出してしまう。
アダムはそれが怖くて仕方なかった。
しかし、これがきっかけで、魔法陣に使われている古代図形や古代文字の研究にアダムはのめり込み、これまで解読不可能とされていた可動性立体魔法陣——通称、『動く魔法陣』の解析を成功させた。
現在、魔法歴史が浅いこの国において、アダムは貴重な人材となった。
その甲斐あって、強大な権力をもつジョーゼルカ家でさえアダムに圧力をかけられない状況に陥っている。
『——今日は魔法陣解読の続きからです。では、魔術書の——』
アダムは前の巨大画面に魔法陣を映し出した。
普段見ないアダムの凛々しい表情や仕草に、ケリーは見惚れる。
——初めて見るアダムだ〜! かっこいい……。
『——この文字は、現代文字とよく間違われるから注意してほしい』
——あー、本当にかっこいい〜。声もいい〜。こんなアダムを毎回見られる学生さんが羨ましい〜。
ケリーにはアダムがキラキラと輝いて見えた。
『——じゃあ、次はこの魔法陣について』
アダムは『いびつな形の平面魔法陣』と『球体の魔法陣』を並べて巨大画面に映し出した。
『この2つの魔法陣は同じものだけど、平面魔法陣には何かが欠けているんだ。平面から球体へ戻すには、どうすればいいと思う? これは古代魔法陣修復士を目指す人には、絶対知っておいてほしい内容だよ』
ケリーはその話に反応し、口角を上げた。
——昔から定番の問題だね。今年の学生さんは答えられるかな?
アダムは講義室全体を見回す。
学生全員が難しい表情を浮かべており、誰も声を発しようとしない。
『うーん……今日の授業でかなりヒントを出してたんだけどなー。一度見返してみて。少し考える時間を設けるから。ちなみに、この難問は前任のニコラス先生が毎年出していたんだけど、今まで答えられた学生さんは1人だけらしいよ』
一部の学生から「そんなの無理だよー」など、諦めの声が漏れた。
実は、その答えられた人物はエバだった。
思わぬところで自分の話題が出て、ケリーは目を丸くする。
——アダムの口から私の話をしてくれるなんて……嬉しいな。
『——アダム先生ー。僕には無理でーす! もう少しヒントくださーい』
『えー、これ以上はダメだよー。僕の授業をちゃんと理解していたらできるはず。がんばってー』
アダムは弱音を吐いた学生にニコリと笑いかけた。
ケリーはその笑顔に胸をときめかせる。
——たまら〜ん!!!
『えー! 先生のけちー!』
『ははははっ』
学生と笑顔で会話するアダムに、ケリーの顔が緩む。
——和やかな雰囲気の授業はアダムらしいな。学生さんに好かれてるのは一目瞭然だよ。
その後、学生は周りと相談しながら考えたが、時間内に答えを導き出した者はいなかった。
『——残念、時間内に解けた人はいなかったね。じゃあ、答えを……。せっかくだから僕が解説する前に、後ろで見学しているアボット先生に答えを聞いてみようかな』
アダムがそう言うと、学生全員が後ろを振り向く。
全員の視線がケリーの方へ向いていた。
「え!?」
ケリーは突然のことに目を見開いたまま固まる。
ケリーはアダムへ弱気の表情を見せると、アダムは可愛い笑みを返してきた。
——悪戯っぽいあの笑み……可愛すぎる〜。もう、答えるしかない状況になってるよね……? まあ、いいかっ。
「……わかりました。前の画面を使って説明してもいいですか?」
「もちろん!」
アダムはケリーに笑顔を向けた。
——ご褒美だー!!!
ケリーは巨大画面の隅に書かれた1つの図式を指差した。
「えーっと、この平面魔法陣は、全く違う視点で考えないと修復できないようになってます。この式にこの文字を当てはめると——」
ケリーは数分かけて説明した。
「おぉー!」
説明を終えると、拍手が鳴り響いた。
「——アボット先生、ありがとうございました。とても簡潔でわかりやすかったです。僕の補足説明はいらないですね」
アダムは拍手しながらケリーを絶賛した。
「いえいえ、アダ……スコット先生のヒントがあったおかげですよ」
ケリーはアダムの笑顔を見て、転生前の出来事を思い出す。
それは当時魔法学院2年だったエバが、ニコラス教授が出した難問に答えた時のことだった——。
「——いやー、嬉しいよ。答えられる学生がついにでたね。エバくんが第1号だ! みんな、拍手を送ってくれ!」
ニコラス教授の言葉で、講義室にいた全員がエバに拍手を送った。
エバの隣に座っていたアダムは、満面の笑みで拍手を送っている。
「エバ、すごいよ! 誇りに思う! 今日はお祝いしようね!」
「ありがとう。うれしい」
エバは顔を真っ赤にして礼を言った。
その日の夜、2人は夜景が綺麗なレストランで食事をしていた。
平民のエバにとって、何もかもが初体験だ。
「アダム、こんな素敵な場所を用意してくれてありがとう。私にはもったいないよ」
「そんなことないよ。まだ祝い足りないくらいだよ?」
「え? 十分すぎるよ〜」
エバは眉尻を下げる。
「お祝いは、まだあるから楽しみにしてて」
アダムは悪戯な笑みを浮かべた。
エバはその笑顔にドキドキが止まらなかった。
帰りの馬車。
アダムからエバへ、もう1つのお祝いが渡された。
それは、2人にとって初めての経験。
——甘い、甘いファーストキスだった。
2人にとって、忘れられないキスとなった。
*
「——この難問に関して、僕の解説は必要ないね。今日の講義はここまでにするよ」
アダムの言葉でケリーは我に返った。
学生たちは立ち上がり、講義室から出て行こうとしていた。
「ケリーくん、もう少し時間いい? この問題でいくつか聞きたいことがあるんだ」
「構いませんよ」
学生が出て行った後、アダムが話を切り出す。
「あのヒントで学生さんが答えられなかったのは、どうしてだと思う?」
「アダムさんが最初に出したヒントですけど……この式を足せばよかったかな、と思います。1人くらいは答えられたかもしれませんよ?」
「なるほど……。じゃあ——」
その後、2人の議論は白熱した。
「——あ、もう1時間経ったみたい」
アダムは講義室の壁にかけられた時計を見ていた。
「そろそろ出ようか。今日中に終わらせないといけない仕事があるんだ」
ケリーは肩を落とす。
恋愛感情を抜きにしても、この時間はとても充実していて楽しかった。
「はい。今日はありがとうございました」
「今夜、時間ある? アーロン教授の授業とかも比較しながら、もう少し話しをしないかい? 講義が始まる前、サラから誘いの連絡が入ってね。どうかな? 彼女も講義をいくつか担当しているから、意見交換したいみたいだよ」
「はい、喜んで!」
思わぬ誤算にケリーは満面の笑みで返事した。
——サラさん、ありがとう〜!!!
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