第27話 3人で食事


 夕方、正門前。


 ケリーは正門の傍でドキドキしながら待っていた。


「——ケリーさん!」


 声をかけてきたのはサラだった。

 アダムも一緒だ。


「あ、サラさん! アダムさんも!」


 ケリーは笑顔で迎えた。

 内心は2人が並んで歩いているのを見て、少し嫉妬していたが……。


「偶然、玄関口でアダムと会いましたの」

「そうだったんですね」


 サラは嫉妬するケリーに気づいたようで、フォローを入れてくれた。


「すでにお店は予約済みですから、3人でゆっくりお話ししましょうね」

「はい!」


 その後、3人はサラが用意した馬車に乗って例の高級レストランへ。


 馬車内ではケリーとアダムが隣同士、サラは2人に対面するように座っていた。

 馬車の揺れで時々アダムと体が触れ合い、ケリーは至福の時間を堪能中だ。


 ——この狭い空間だからこそ密着できる……サラさん、ありがとう!


 サラは嬉しそうにしているケリーを見て、微笑む。


「ケリーさん、今日はアダムの授業を見学されたのですってね?」

「はい。次の新入生から、アーロン教授の講義を少し引き継ぐことになってますので」

「アーロン教授の講義は人気ですから、プレッシャーがあるのでは?」

「そうですね……。だから、教育学部の授業を参考にしたくて。アダムさんの授業は人気ですから」


 サラは疑うような視線をアダムに向けた。


「アダムは人気教員ですが……が今のところ大きな要因ですのよ。そのまま真似されると、つまらない授業になるかもしれませんわ。ほほほほっ」


 アダムは苦笑いを浮かべる。


「サラは相変わらず辛口だね。でも、残念ながらサラの言うことも一理あるんだよなー」


 ケリーは横に首を振った。


「そこまで謙遜する必要はないと思いますよ? 今日の講義は学生視点で考えた説明だったので、わかりやすかったと思います。魔法陣学は丁寧な解説がないと、誰もついていけなくなりますから。人気もあまりない分野ですし」

「そうなんだよ。少しでも魔法陣学に興味をもってもらって専門家を増やさないと」

「ただでさえ、この国で魔法が使える人材は不足していますからね。ニコラス先生の時もずっとそれが課題だったようですし」


 アダムはケリーの発言に首を傾げた。


「ケリーくんは、ニコラス先生のこと知ってるの? 面識がないと思ってたんだけど……」


 ケリーは一瞬固まった。


 ——あ……調子に乗って、つい……。


 サラはケリーの発言で右眉を一度上下させたが、黙ったままだ。

 ケリーの様子を伺っている。


「……面識はありませんよ。研究室の先輩たちに魔法陣学の講義見学に行くと伝えた時、いろいろと話題が出たので。興味があって詳しく聞いたんです。ボクは魔植物学の専門家ですが、魔法陣学を応用することも多いですから……」


 ケリーは冷や汗をかきながら釈明した。


「ほほほ、ケリーさんは万能ですものね。共同研究でも、お話が対等にできるのでとても楽しいですわ」


 サラがすかさずフォローを入れてくれた。

 ケリーは何度も頷く。


「そう言ってもらえると嬉しいです。ボクもサラさんとの会話が楽しくて。つい時間を忘れてしまいますね」


 サラのおかげでケリーはようやく冷静になった。


 ——あれ? よく考えたら、今のは弁明すべきじゃなかった? エバだというヒントを示すチャンスだったかもしれない……。あー、アダムの前では冷静さにかける……。


「——意外だな。サラは同じ分野の研究員ともそんなに話さないよね?」


 アダムはケリーの失言をそこまで気にしていなかったようで、サラの話題に興味を示した。


「私、優秀じゃない方との会話は嫌いですもの。与えるだけで、なにも得られませんから。時間の無駄ですわ」


 アダムは苦笑する。


「相変わらずはっきりした物言いだね。なのに、学生に人気があるから不思議だよ」

「あら、嫉妬しているのかしら?」

「かもしれないね」


 アダムの発言にケリーは驚く。


「アダムさんが嫉妬するなんて……サラさんの授業はどのような感じですか?」

「とても厳しくしていますの。上級者でもついていくのが大変なくらいに。それでも、学生は必死になってついてきてくれますのよ。みんな最後には優秀な成績で終えてくれるので、やりがいがありますわ」


 サラが得意げに言うと、アダムは眉尻を下げた。


「サラの厳しさに学生さんはなぜか魅了されてしまうみたいでね。熱狂的なファンが多いんだよ。みんな怒られても嬉しそうにするらしくて。僕には真似できない授業スタイルだね」

「人気があるのはわかる気がします。サラさんの薬学に関するお話は魅力的ですから。もちろん、サラさん自身にも魅力がありますよ」

「まあ〜、照れますわ」


 サラは両手を頬に当て、満面の笑みを浮かべる。

 エバの隠れファンだっただけに、本人に褒められると嬉しさは倍増だ。


「私、この国の魔法教育レベルが低いことを危惧していますの。若い教員は優秀な方が多いですが——」


 その後レストランに着くまで、3人は『この国の魔法教育をどう改善すべきか』について熱く語り合った。





 レストランに到着した3人は、個室に通された。

 ちょうど注文した食前酒と前菜が運ばれてきたところだ。


「——では、頂きましょうか」


 サラの掛け声で食事がスタートした。


「こういう堅苦しい場所はどうも苦手でねー」


 アダムはシャツの上のボタンを2つ外した。

 露わになったアダムの首筋をケリーは思わず凝視する。


 ——首筋が、いい……。


「アダムは平民の店ばかり通いますものね」

「家庭料理は高級店の料理に勝ると思っているからね。食べ方に気を使っていると味が感じられなくなるよ」

「貴族としては失格ですわね」


 サラはアダムに冷たい視線を送る。


「僕は所詮、没落貴族だからいいんだよ。でも、ここは誘われるとつい来てしまうんだよなー。窓から見える景色が最高だからね」


 アダムは窓の方を見て顔を緩ませる。

 ケリーは同意するように頷いた。

 サラも夜景へ視線を移し、目を細める。


「同意見ですわ。私もこの夜景が見たくなって、週に一度は足を運んでいますの。ケリーさんもお気に召したのでしたら、気軽に誘ってくださいね。私は喜んでお連れしますわ」


 サラは笑顔でケリーに熱い視線を送った。

 アダムに対する態度と正反対だ。


「ありがとうございます。ですが来年になるまでは、なかなか時間が取れないかもしれません」

「あら、仕事が立て込んでいますの?」

「いえ、仕事ではなく妹です。妹の勉強にできるだけ付き添いたいのですよ。魔法学院に特待生で合格したい、と言っていますから」

「そういえば、そうでしたわね」


 サラは思い出したように頷く。


「アダムもこれからもっと忙しくなるのでは?」

「そうだね。もう少しすると、入試の準備で忙しくなるよ」

「まだ早くないですか?」

「次の入試担当責任者は僕なんだよ。初めてのことだから、準備を早めにしようと思って」

「大変ですね」

「まあ、忙しいのはいつものことだから……」


 アダムの表情が一瞬曇る。

 ケリーはそれを見逃さず、胸を痛めた。


 ——あの辛い表情は、私のせいかな……。


「そういえば、妹さんの勉強の調子はどう?」

「かなり順調ですよ。魔法の才能もありますから、合格できると思います」

「そっか、合格を願ってるよ」

「ありがとうございます」

「そういえば——」


 サラはケリーのために『ある話題』に触れる。


「ケリーさんは好意を持っている方はいますの? 私、ケリーさんの恋話を聞いてみたいですわ」


 サラはケリーに意味ありげな視線を送った。

 ケリーはアダムにバレないように、サラに向けて軽く頷く。


「ボクは今のところ、意中の相手はいませんよ。代わりに、知り合いの話でもいいですか? 相談にのっていただきたいことがあるんです。ボクには難しくて助言できないんですよ」

「僕もこの手の相談は苦手かな……でも、聞かせて。何かいい案が浮かぶかもしれない。サラもいることだし」

「そうですわ。是非、お話しください」

「ありがとうございます。ええと……知り合いの女性がある男性に片思いしているんです——」


 ケリーは自分の話を他人事のように話し始めた。

 今のアダムの恋愛観を少しでも探るために。


「——その2人は友人として仲良くしているのですが、時々、彼女を避けるようなことがあるんです。なので、彼女は彼との距離感がつかめなくて」

「うーん……なにか訳ありみたいだね。そういう場合は、2人きりじゃなくて、数人で食事とかしたらどうだろう? その間に親交が深まるんじゃない?」


 ——ちょうど、今やってますよ……。


 ケリーは思わず心の中で突っ込んだ。


「何回かそのような機会を持ったようですが、距離は縮まらないようです。会うたび、傷ついたような表情を時々見せるみたいで」

「サラはどう思う?」

「私は最初、無理に会うようなことはせず、しばらく様子を見た方がいいと思っていました。ですが、聞いていくうちに気持ちが変わりましたわ。そういう男性に対しては、気にせず向かっていくのもありだと思いますよ。その女性は諦めきれないのでしょう?」


 ——そうか。そろそろ積極的に動けってことだね。サラさん、本当に大丈夫かな?


「諦めたくない、と言っていました」

「そっか……それもありだね。僕も一度ぶつかってみてもいいと思う。無理な場合、男性本人から何か言ってくる思うから」


 ——それは、アダムの本心? ただの他人事?


「男性のアダムがそう意見するのですから、一度試してみるのもありですわね。お知り合いにそう助言してみてはいかがですか?」

「はい、そう伝えてみます」

「その2人がうまくいくといいね」

「はい」


 その後、3人の会話は再び教育論に戻った。





 2時間後。


 アダムは窓際に置かれた2人掛けのソファーの上で横になり、眠っていた。


「サラさん、アダムさんが完全に眠っちゃいましたよ。きっと疲労が溜まってたんですね」

「あら、あら、だらしないですわね。そろそろ帰宅しましょうか」


 サラはアダムを見ながら、眉根を寄せていた。


「はい」

「その前に、別室で用事を済ませてきてもいいですか? すぐに戻りますのでお待ちください」

「はい」


 サラは部屋を出ていった。


 ケリーはソファーの背もたれからアダムをそっと眺める。


 ——寝顔が可愛い〜。私のものに早くなってほしいよ……。


 ケリーはもっと近くでじっくり眺めようと、アダムの頭が寄りかかっている肘掛側に移動し、しゃがみこんだ。


 ——栗色のサラサラの髪、柔らかそうな唇……。触れたい……。


 ケリーは気持ちを抑えきれず、頬にキスをしてしまう。


 そして、唇にも——。


 直後、アダムは目を開けた。

 ケリーは慌てて立ち上がる。


 ——どうしよう、バレた!


 アダムは急いでソファーから立ち上がり、ケリーと距離を取った。

 そして、軽蔑するような冷たい視線を送る。


「僕は男に興味はない。すまないが、僕は先に失礼するよ」


 アダムは唇をこすりながら、足早に部屋から出て行った。

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