第12話 面談


 魔法学院魔植物学研究室、教授室前。


 ケリーは教授室の扉を2回ノックした。


「はーい!」


 部屋の中から中年男性が返事をし、扉が開いた。


「やあ、ケリー・アボットくん。いらっしゃい」


 扉を開けた男性——研究室責任者のフランツ・アーロン教授は、訪問したケリーとアリスを温かい笑顔で迎え入れてくれた。

 白髪・白髭、眼鏡の奥にある茶色の瞳からは、おおらかな雰囲気が漂っている。


「お久しぶりです。本日は挨拶に伺いました。この子がボクの妹のアリスです」


「はじめまして」


 紹介されたアリスは緊張しながら軽く会釈した。


「うん、よろしく。さあ、入って」

「失礼します」


 ケリーと教授は採用試験の面接で一度会っただけだが、ケリーは教授のことをよく知っていた。 

 前世のエバが研究員として働いていた場所がアーロン教授の研究室だったからだ。

 当時、教授は心身衰弱しきっていたエバを親身に支えてくれ、リリスから嫌がらせを受けないよう盾となってくれていた。


 今度こそ研究成果をあげ、アーロン教授に恩返ししたい。

 そんな思いでこの研究室の配属を希望していた。


「2人はそこのソファーに座ってもらおうかな」

「「はい」」


 教授はデスクの椅子を魔法で移動させ、そのソファーに向かい合うように座った。


「今、飲み物を用意するから」


 教授はニコッと笑いかけた後、パチンと指を鳴らした。

 すると、ケリーとアリスの前にあったテーブルの上に、温かい紅茶が一瞬で出現する。


「え!?」


 突然のことにアリスは驚いて声を上げてしまった。

 一方のケリーは口元を緩めている。


「はははっ、サプライズは成功だな。それは私が最近開発した魔植物の紅茶だよ。よかったら飲んでみて。感想を聞かせてくれると嬉しいな」

「「ありがとうございます」」


 2人はティーカップを顔に近づけて香りを楽しんだ後、紅茶をゆっくり口に含む。


「クリーミーでおいしい……」


 アリスはそう言った後にケリーと目を合わせる。

 2人は同時に「あっ」と声を漏らした。

 ケリーとアリスの唇、口の中が虹色の光を発していた。


「教授、これは蛍光魔植物から作った紅茶ですか?」

「さすが、ケリー・アボットくん。よくわかったね。本当は先ほどまで紅茶自体も光を発していたんだけど……もう少し改善しないといけないな。味はどうだい?」

「これは、茶葉以外に何も入っていないんですよね?」

「そうだよ」

「ミルクティーのように濃厚な味がとてもおいしいと思いました」

「ありがとう。味もこの紅茶の売りの1つなんだ」


 ケリーは紅茶を眺めながら口を開く。


「……もし、発光成分が分離できるできるようでしたら、それをいろんな厚みのカプセルに封入し、段階的に融解させれば……。少しは光を持続できるのでは? 魔植物の改良で時間をかけるよりは手っ取り早いかと」

「なるほど……いい案だね。ありがとう!」


 教授は興味深そうに頷いていた。


「あの……、私から質問してもよろしいでしょうか?」


 アリスは遠慮がちに教授へ話しかけた。


「いいよ。なんでも聞いてくれ」

「ありがとうございます。このカップは、どのような魔法を使ってテーブルの上に出したのでしょうか?」

「いい質問だ。これはお客さんによく披露してて、評判がいい方法なんだよ。実は、紅茶は最初からテーブルに置かれていてね……」


 教授はティーカップの下に魔法陣を出現させる。


「この魔法陣を利用したんだよ。これは透明化結界を出現させる魔法陣で、起動させると……ほら、消えるだろ?」


 魔法陣が起動した後、2つのティーカップは消えてしまう。

 それを見ていたアリスは、「わー」と小さな声を上げて目を輝かせた。


「それで、指を鳴らすと……結界が消えるように設定しているんだ」


 教授が指を鳴らすと、消えていたティーカップが現れた。


「その存在自体は消えてないから、もし触られたらバレてしまうんだけどね。だから、それを防ぐための術式を魔法陣に組み込んである。あとは冷めないようにもしてあるから、結構便利な結界なんだよ」

「結界にそんな使い方があるのですね! すごいです!」


 アリスは手を合わせて感激していた。


「実は、私の考えた方法ではないんだ。昔、ここの研究員だった子が私を驚かせようと考えた方法でね。初めて見た私は声を上げて驚いてしまったよ。私には考えつかない方法だったなー。その子は非常に柔軟な考えの持ち主で、どの分野も非常に優秀でね……」


 教授は視線を下げ、軽くため息をつく。

 教授の言っている人物は、前世の自分のことだとケリーは気づいていた。

 ケリーはその時のことを今でも鮮明に覚えており、教授の話を聞いて胸を熱くさせる。


「あー、ごめん、思い出話に付き合ってもらって。アボット君……2人ともそうだから、ケリーくんの方がいいいかな。ケリーくんはどこかその子に似ていてね……つい」


 教授はケリーの方を見ながら眉尻を下げた。

 ケリーは黙って頷く。


「話が脱線してしまったが本筋にもどそう。確認だけど……ケリー君は学校へ行かず、ずっと1人で研究をしていたんだね?」


 教授はケリーに関する情報が書かれた紙に目を通しながら質問を始めた。


「はい、貧しい家庭に生まれたので学校へ行く選択肢はありませんでした。運良くある方に援助していただいて、研究を続けていました」

「君の採用試験結果はほぼ満点だったから、学費免除で魔法学院に入れたと思うけどなー。まあ、いろいろ事情があると思うから深追いはしないけど……。それより、君の研究は本当に興味深いものだった。魔植物学が抱える問題の解決につながると思うよ」

「そういっていただけると嬉しいです」


 ケリーは頬を赤くしていた。

 そんなケリーをアリスは尊敬の眼差しで見つめる。


「実は採用が決定した後、薬学部がケリー君を欲しいと言ってきてね。優秀な君を譲る気はなかったから、共同研究を提案して手を引いてもらったんだ」

「権威あるアーロン教授にそこまで言っていただけるとは……大変光栄なことです」


 ようやく前世の自分が認められた気がしたケリーは、感極まっていた。


「いやいや、私はそんな大したことはしていないよ。運が良かっただけだからね」


 教授は首を振って謙遜していた。

 そんな気さくな性格もケリーが尊敬する理由の1つだ。

 教授は、害虫のように扱われていた魔植物を生活に役立つものへと改良した先駆者で、国内で彼を知らない者はいない。

 今では多くの魔植物が生活に欠かせないものとなっており、そのきっかけを作った教授は多くの賞を受賞している。

 その功績が認められた教授は、唯一平民から上級貴族へ成り上がった人物でもあった。


「ボクが魔植物に興味を持ったのは、教授のおかげなんです。だから、ここに入ることが決まったと聞いた時は、飛び上がるほど喜びましたよ」

「はっはっはっ! そう言ってくれると嬉しいよ。本当は薬学部が良かったなんて言われたら、泣いてしまうところだった。……まあ、そういうことで薬学部との共同研究をよろしく頼むね」

「はい!」


 教授はそう言った後、再びケリーの書類を確認する。


「……それで、助手は妹さん1人でいいんだね?」

「はい。ボクの研究を手伝ってもらいながら——」


 アリスは2人が会話している間、ケリーと交わした「取引」について思い出していた。



「——ボクが魔法学院の研究員になれば、アリスはボクの使用人としての役目は終わってしまう。ジョーゼルカ家には戻りたくないでしょ? 前にも言ったけど、アリスには魔法の才能があるし、頭もいい。ちゃんとした教育を受けるべきだよ」

「ですが……」


 アリスは俯く。


「ボクの助手として手伝ってもらいながら、入試の勉強をしたらどうかな? 助手なら生活面は全て保証されるよ。ボクの研究ならたくさん研究費がとれると思うから、貧しくなることはないよ」

「ケリーさんにはなんの利点もありませんよね? そこまでしていただく理由はございません……」

「じゃあ、ボクと兄妹にならない?」

「それこそ、ケリーさんの汚点になります! 私は孤児で卑しい身分ですから……」


 アリスは顔を勢いよく横に振った。


「ボクはそんなこと気にしないけど? 貴族が嫌になってジョーゼルカ家と縁を切ったんだから。兄妹になることは、それを確固たるものにするために必要なんだよ」

「え……?」


 アリスは困惑した様に首を傾げた。


「ボクは『ジョーゼルカ家の人間ではない』ことを証明したいんだ。そのために、アリスにもアボット姓を名乗ってもらいたい。ボクのために引き受けてくれないかな?」

「……ケリーさんのためになるのであれば、お引き受けいたします」


 ケリーは笑顔を浮かべる。


「ありがとう。入試に合格した後、学費も気にしなくていいからね」

「それはダメです! 魔法学院に入るなら、特待生になって学費免除を目指しますので!」


 アリスは強い口調でケリーに言い放った。


「ふふっ。ちゃんと調べてるんだね」

「あっ……」


 アリスは顔を赤くする。

 ケリーはそんなアリスの頭にポンと手を置いた。


「そこまで言うなら、特待生を目指したらいいよ。ボクが全力でサポートするから」

「はい……お願いします!」




 我に返ったアリスは再び2人の会話に耳を傾ける。


「——君の助手だから好きにするといいよ。妹さんは魔法が優秀みたいだから、きっと合格できるだろう」


 アーロン教授は快くアリスのことを了承してくれた。


「ありがとうございます」

「まあ、面談はこれくらいかな。わざわざ来てくれてありがとう」

「いえ。お時間をつくっていただきありがとうございます」





 ケリーとアリスは薬学部に立ち寄った後、住む予定の寮を見学していた。


「わー! ケリー兄様、すごく綺麗ですね〜」

「うん! 狭いけど、必要な家具は全部揃ってるから買い足す必要はなさそうだね。部屋は隣同士だから何かあったらいつでも声をかけてね」

「そんな……、私は助手です。頼ることなどできません」

「でも、これから勉強漬けだよ? 教えてほしくないの?」


 どうしても特待生で入学したいアリスにとってケリーの申し出は魅力的だった。


「……教えていただきたいです」

「ずっとは無理だけど、研究の合間に教えてあげるから。絶対に合格するようにサポートするよ!」

「兄様、感謝致します!」


 アリスは涙ぐんでいた。


「気にしないで。兄妹なんだから!」


 アリスを計画に巻き込んでしまった以上、絶対に苦労させないとケリーは心の中で誓った。


「はい!」





 その日の夜、ケリーは転生して初めてゆっくり湯に浸かっていた。


「はぁ〜」


 アダムと再び恋人になる場面を想像していたケリーは、興奮しすぎて顔を湯につける。


 ——アダム、絶対に振り向かせてみせるから!


 ケリーはそう意気込んで湯から顔を出した。


 ——のぼせてきたなー。そろそろ出ようかな……。


 ケリーは湯から出て、足をふらつかせながら側にある洗面台へ向かう。

 顔に冷水をかけてすっきりした後、洗面台の鏡を覗く……が、なぜか真っ黒で顔が映らない。


「なにこれ……」


 そう呟いた直後、鏡に赤い光が3つ浮かび上がった。


『よう、久しぶりだな。ヒヒヒヒッ』

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