第10話 計画2


 術後の痛みに耐えながら、1ヶ月が過ぎた。


 ケリーの寝室。


 アリスは朝食の支度が整ったことを知らせにきたが、そこにケリーの姿はなかった。


「はぁ、またですか……」


 アリスは愚痴をこぼしながら部屋の奥へ進む。

 そして、1週間前に増設されたばかりの扉をノックした。


「……」


 しばらく待っても返事はない。

 いつものことなので、アリスは「失礼いたします」と言いながら扉を開けた。


 そこに入るなりアリスは顔をしかめる。

 扉の音に反応し、目のついた魔植物が一斉にアリスを見つめていたからだ。

 この部屋は空間拡大魔法で作り上げたケリーの実験室で、見た目が奇怪な魔植物で部屋は埋め尽くされていた。

 湿度が高いこともあり、アリスの不快感は上昇を続ける。


 部屋の中央へ行くと、アリスは再びため息をついた。

 デスクの上でケリーが眠っていたからだ。


「ケリーさん、もう朝食のお時間になりますが……。ケリーさん、起きてください! こんなところで眠っていては風邪をひきますよ!」

「んー……無理。アリスたーん、もう少し……」


 頭をわずかに上げたケリーだったが、再び机に突っ伏して眠ろうとする。


「もう!」


 ケリーの体が急にフワッと浮き上がった。


「ア、アリス! 何をしてるの!? ちょっと、下ろして〜!」


 アリスが魔法でケリーを浮かせていた。


「ベッドに行きましょう! いつもこんな気持ち悪……ゴホゴホ、こんな場所で眠ってはいつか倒れてしまいますよ!」

「アーリースー! 今、気持ち悪いって言ったよね? これは全部ボクの可愛い魔植物なんだからねー! そんなこと言ったら、みんな拗ねて枯れる可能性があるんだから気をつけてよね!」


 ケリーは浮いたまま腕を組み、アリスに文句を言った。


「大好きなアダム様の家具に囲まれて眠った方がいいと思いませんか?」

「……まあね」


 ケリーは痛いところを突かれてたじろぐ。

 ケリーの寝室の家具は、ジョーゼルカ家屋敷に放置されていたアダムのものだった。


「でもねー、あと半年で学院の研究員採用試験があるから、これくらいしないと間に合わないんだよー。アダムに会うためにも!」


 ケリーは言えること全てをアリスに打ち明けていた。

 これから研究成果を出して学院に戻るつもりであること、そして、アダムともう一度やり直したい、と思っていることも。

 

 アリスは大きくため息をつく。


「仕方ないですね……。ここに朝食をお持ちいたしますので、少々お待ちください」


 アリスはそう言って実験室から出て行った。


「はぁー。時間がない……」


 ケリーはそう言いながら机の後ろに置かれたソファーへ移動し、うつ伏せで寝転がった。

 それもアダムの部屋にあったソファーだ。


 ——アダム……会いたいよ……。


 ソファーに涙が滲んだ。


「はぁ……」


 ケリーは涙を拭いて横向きに寝返りをうった。

 視線の先には水槽が1つ。

 その中で、2匹の魚が仲良く泳いでいた。

 アダムと恋人同士だった頃、アダムが買ってくれた魚と同じ種類だ。


『僕たちはまだ離れて暮らしているけど、いつかこの魚たちみたいに一緒に住もう』


 ケリーの頭にアダムの言葉が響いた。


 ——リリスにその未来を奪われたけどね……。


「——ケリーさん、体調が優れませんか?」


 ソファー前のテーブルに朝食を置きながら、アリスは心配そうにケリーを見つめている。


「ううん、大丈夫。ありがとう」

「気にしないでください。私もご一緒させていただきますね」

「うん」

「顔色が悪いですよ。回復薬をお持ち致しますか?」

「回復薬はいいよ。飲み過ぎると副作用が酷いからね」


 この世界には安全な回復薬や回復魔法は存在しない。

 酷い副作用を必ず伴い、回復効果は気休め程度だ。

 ケリーは生前からそれに関する研究を行なっていたので、現在はその知識をフルに活用し、回復薬研究に取り組んでいた。


「それならば、お食事の後は必ずベッドで睡眠をとって頂きたいです」

「わかった。少しだけ寝るよ……」


 ケリーはアリスを安心させるために約束した。





 ケリーは2時間ほど眠った後、実験を再開していた。


「今日も元気だねー。あー、勝手に外に出ないでー」


 人のように二足歩行する魔植物が部屋から脱走しようとしていたので、ケリーは慌てて捕まえる。

 数日に一度、体液をもらうために傷をつけていたので、ケリーは嫌われてしまっていた。 


「ごめんねー。今日は痛いことしないから。安心してその土の中に隠れてていいよ」


 魔植物は魔力を取り込んでいるために変わった生態をしている。

 勝手に動き回るもの、魔物に寄生しているもの、透明で見えないものなど……。

 普通の植物と違って見た目が悪いものが多いので、アリスはこの温室に入るのを嫌がっていた。

 ケリーはそれに魅力を感じているのだが……。

 ここで育てている魔植物は、どれも薬として優れた成分を持っている。

 一方で、必ず副作用を引き起こす毒成分も含んでいる。

 その毒成分の分離は不可能と言われている現状をケリーは打破しようとしていた。


「いいね〜」


 亀に寄生している魔植物の様子を見たケリーは、笑みを浮かべる。

 綺麗に精製した水で生活させ、決まった食事をさせていたおかげで生育状態がいい。


「ごめん、1枚だけくれるかな〜?」


 池で眠っている亀を起こさないように、背中に生えている魔植物の葉を1枚ちぎり取った。

 それを持って分析スペースへ移動し、すり潰して分析装置にかけてみる。

 

 数分後、結果が出た。

 それを見たケリーは手で口を押さえる。


「これって……」


 副作用の原因となる毒素が、通常よりも激減していた。

 ケリーは慌てて生育条件などの記録を調べる。


「そうか……、この条件をもっとこうすれば……」


 その日は再び徹夜する羽目になり、またアリスを怒らせてしまった。

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