第20話 ディステッドの今

 訳のわからないまま終わった領主との邂逅。

 その後、急ぎ足でどこかへ行ってしまったカエデを除いて、ワシらは宿へと戻ってきていた。


「アッシュくん、お話があります」


 見覚えのない仕立ての良いドレスを着たままのエルフィは、ベッドの端に腰掛けて、ワシに対面に座るように促した。

 ワシが誘われるままに腰掛けると、ベッドがギシッと音を立てて沈み込む。

 なにこれ、ワシの部屋のベッドと全然違うんだけど?


「今日、私がベックス男爵に会いに行っていたのは、カーネル騎士爵からアッシュくんに課された禁止令を解いてもらうためでした」

「禁止って、一体何をだ?」

「この街から出ることです」

「あのくそ髭面……」


 あのアーデルマンと結託して、わざとワシからエルフィたちを遠ざけようとしたり、やけに嫌な感じで絡んでくると思ったら今度はこれか。


「ちょっと、ギルドに行ってくる」

「待って、アッシュくん。話は終わっていません」


 困り顔のエルフィに、手を捕まれた。

 

「放してくれエルフィ。あいつとはきっちり話をつけないといけないんだ」

「放しません。私にとっても大事な話ですから、最後まで聞いてください」

「……わかった」

「さっきベックス男爵がおっしゃっていた、アッシュくんのAランク昇級についてです。金の冒険者になるにはこれまでのランクアップとは違い、複雑な手続きが必要になります。まずは国籍の取得ですね。それから、国民の義務である税務手続きがいろいろと必要ですし、共済組合への加入とか、貴族の後ろ盾を得るとか、頭が痛くなるような面倒な手続きがいっぱいあるんですよ」


 一気に言い切ったエルフィが息をつく。

 ……エルフィの行っている言葉の半分もわからなかったので、「ワシは国籍って何だ?」と一つ一つ尋ねていった。エルフィにわからなかった用語の説明を受けても、いまいち実感が湧かなかったのだが、すべてを語り終えて疲れた顔をするエルフィをみれば、なんとなくすごく面倒な事を押しつけられたのだという事は伝わってくる。やっぱり、勝手にAランクに上げたカーネルの気持ち悪いひげ面に一発お見舞いして、お話し合いをしなければいけないようだ。


「やっぱりカーネルとお話仕合がひつようじゃないか」と、立ちあがったワシの前に、紙束が差し出された。三枚程度のかみっぺらを突きつけるのは、今まで専属受付嬢なのにギルドに関する説明をエルフィに投げっぱなしで、一生懸命なにかを紙に書き付けていたアンティネラだ。

 

「なんだこれ?」

「アッシュさんにもわかるように、ざっとですが、銀以下と金以上の冒険者の違いについてまとめました。これを見ながら、説明を聞いてください」


 箇条書きでいろいろと書かれた説明書を眺めて、やっぱりワシは首を捻る。まだ説明が続くのかと辟易するワシに、アンティネラは説明書の一行目を指さして言う。

 

「まず、金以上と銀以下の冒険者には、天と地ほどの戦力の差があります。具体的な指標としては、単体またはパーティーで厄災級の魔獣の討伐が可能であるというところでしょうか。今回アッシュさんが金への昇級が決まったのは、この前のオークキング討伐に関わるアッシュさんの実績が理由だとみて間違いないでしょう。簡単に言うと、アッシュさんははっちゃけすぎたんですよ」

「はっ、ちゃけ?」

「そうです。千年樹ゴーレムを瞬殺してみたり、オークの軍勢から村を救ったり、極めつけは大洞窟に巣くったオークを殲滅して見せたじゃないですか。カーネル騎士爵の嫌がらせというよりは、Aランクに昇級させざるおえなかったといった方が、正確かも知れません」


 あまり表情の明るくないエルフィに対して、アンティネラはうれしそうだ。


「次に、身分ですね。エーデルフィ様の説明でもあったと思いますが、Aランクに昇級した際には、国籍を取得しなければなりません。もともとこの国で生まれ育った私たちと違って、アッシュさんは異邦人です。どの組織にも属していない、信用のない人です!」


 笑顔で言われると少し傷つく。


「冒険者には身分も国籍も関係なくなることができますが、Aランク以上の高位冒険者になるためには所属するギルドのある国で、正式な身分がなければなれません。これは、ダース皇国に限らず、西のケルムから、東のシャーポスまで共通の規則ですね」

「なんでそんな規則があるんだ?」

「理由は簡単ですよ。単独、あるいは小規模な集団で、大軍を相手取る戦力が傭兵のようにふらふらと各国の勢力に加わる状態は、属国の反乱や紛争地帯の不安定化につながるからです。各国にまたがって設置されている冒険者ギルドの創設はおよそ千年前。大戦を終わらせたかの大賢者様がギルド憲章を制定されてから原則的に変わっていません――て、なんですか?」


 ワシはニコニコと説明を続けるアンティネラを、驚きをもってみていた。


「いや、ワシの登録のとき、賄賂を要求してきた不良受付嬢には見えないなって」

「べ、別に好きでやってたわけじゃないですから!」

「わかった、わかったから放せ。そして、続きを手短に頼む」


 ガクガクと揺すってくるアンティネラに先を促す。

 

「あう、その話はもう止めてくださいね。……はぁ、じゃあ最後に一番重要なところを説明します。Aランクに昇級すると国に属すると、戦時や国防の危機に際する召集に応じる義務が生じます。これは、Bランクに付随する義務の拡大番ですね。他にも、Aランク冒険者には何かしらの役職を担当してもらうことになっています。この規則がなかなか厄介で、貴族との関わりがあるか無いかでギルドの対応がガラリと変わってくるんです」

「対応?」

「貴族とのつながりがないままAランクに昇級すると、地方の冒険者ギルドのギルドマスターに配属されたりします。よっぽど運がよくなければ、一生そこで終わりです。ギルドに飼い殺しにされます。カルラ支部のギルドマスターを思い出してください。彼女は長寿なエルフなので、かれこれ200年くらいあそこにいますよ。アッシュさんはすでにエーデルフィ様を通して、半分アナスタシア伯爵家とのつながりがありますから、エーデルフィ様の護衛を続けていればこの心配は無いでしょう」


 エルフィに視線を向けると、コクリと頷いた。しかし、視線を合わせてくれない。


「なんでそうなるのかわからないことだらけだが、面戸くさいことはわかった。これはどうにもならないんだよな?」

「嫌なんですか?」


 ワシが確認すると、アンティネラは心配そうに尋ねてきた。アンティネラからしたら、自分の担当する冒険者がトントン拍子で出世して、うれしいのだろう。先ほどまでの笑顔はその現れだと言うことは説明されなくてもわかる。

 

「いや、別に。気に食わないところはあるし、ワシにそんな面倒な事がこなせるのかはわからない心配はあるけど。エルフィの護衛が続けられるなら、今のところは問題ないな」


 ワシの返事にほっと胸をなで下ろすアンティネラは、「お母さん達に手紙書かなきゃ」と、独りごちて脇に引いた。

 目の前には、申し訳なさそうなエルフィがいる。

 

「アッシュくん。本当に良いんですか?」


 すべてワシが起こしたことが原因で、エルフィがなぜそんな顔をするのかはわからない。

 あんまり気にしなくて良いのにな?

 

「ワシがエルフィの旅について行くと決めたんだ。それに、今回の事はすべてワシが原因だし、どうせAランクに上がることを拒んでも余計に面戸くさい事にしかならないだろう? 決まったことに無意味に抗おうとは思わないよ」


 へにゃっとエルフィが笑った。

 その時、カエデが大荷物を持って帰ってきた。 

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