第17話 不穏な空気

 気絶したアーデルマンをエドたちの馬車に放りこむため、ワシらはアンティネラたちの待つキャンプへと戻る。比較的無事なカエデとエルフィを先頭に満身創痍のエドをチェータが続く。その後ろをワシがアーデルマンを引きずりながらついて行った。


 ざりざりと引きずる音に、時折エドがこちらを振り返り微妙な顔をする。ワシにはアーデルマンを抱えて連れて帰ってやる義理なんてないので、何も言ってこないが、面倒見の良い兄貴分のエドには気になるらしい。


 人のことは言えないけど、お人好しだなぁ。


 そんなエドを、チェータは優しい笑みで静かに見ていた。


「ありました」


 先導を務めるカエデが指を指す。しかし、ワシにはぱっと見てそこにキャンプがあるようには見えなかった。出発したときとは森の中の明るさも段違いなのに、キャンプは完璧に隠蔽されている。


「やっぱり、ワシには見分けがつかないな」

「うちのポーターは優秀だろう?」

「……なんで、こんなのと組んでるのか不思議なくらいに」


 ワシが肩をすくめてアーデルマンを持ち上げると、エドは苦虫を噛み潰したような表情になった。

 そうこうしているうちに、カエデが決めてあった符丁で指笛を吹く。すると、茂みに偽装した幕がガサリと揺れて、中からアンティネラが顔を出した。アンティネラは少しクマのできた顔をにゃっと緩めて笑う。


「お帰りなさい! カエデさん、エーデルフィさま、アッシュさん!」

「ただいま、アディ。大丈夫だったか?」

「ええまあ、一時はどうなることかと思いましたけど、なんとか」

「何があった?」

「オークの群れがすぐそこまで接近した時があって、死ぬかと思ったんですよ! もうこんなことはこりごりです!」


 アンティネラにキャンプの中に招き入れられ、ワシはアーデルマンを放り出してたき火の近くに腰を降ろした。カエデはエルフィと一緒にさっさと馬車の中に引っ込んだ。治療をしているのだろう。


「まあ、今回のクエストはこれで一件落着だし、ベックスに帰ってすこしゆっくりしよう」


 エド達のポーターによって縛り上げられていくアーデルマンを横目に見ながら、ワシはゆっくりと息をついた。




「アッシュ・フォートロイ。今すぐ面談室にこい。事情を訊かせてもらおう」

「は?」

「ちょっと!?」

「こい」


 馬車に揺られて、ヘトヘトでギルドにクエスト完了を報告しに来たワシは、ベックスの支部長アンデルセン・カーネルに腕をつかまれ、無理やり面談室へと連れ込まれてしまった。一緒に報告に来ていたエルフィ達はロビーに置き去りになっている。


「ベーベル山を貫いた光線と、そこから飛び出した黒い影について、説明してもらおう」

「しらない」


 ワシを面談室の奥に押し込めて、ドアの前の席に陣取ったカーネルは、にんまりと気持ち悪い笑みをひげ面に貼り付けてこちらを見据えてきた。ワシは椅子に座らないまま、ため息をつく。

 またこの気持ち悪い顔に問い詰められるのかと思うと、ドッと疲れが増してくる。


「そんなわけはなかろう。お前達が大洞窟に入って行ってしばらくして、あの光線が確認されたのだ。山を光線が貫き、大きな地揺れが起こった後、巨大な影が光線でできた穴から飛び出してきたのだ。現場にいたそなたが何も知らないはずがない」


 カーネルの言う光線は、ワシが放ったファイアーボール(笑)の事だろう。崩落する洞窟から出てきたとき、エルフィに尋ねられたので外から見えていた事はわかっている。しかし、その穴から黒い影が飛び出てきた、というのは本当に知らない。初耳だ。

 ていうか。


「まるで見てきたような言い方だな?」

「街の一大事に冒険者だけ出して、結果を待つだけにするわけがなかろう。監視をつけるのは当然だ。さあ、ありのままを報告してもらおうか?」

「真面目な話なら、そのニヤニヤと気持ちの悪い顔をどうにかしろよ」

「ふむ、ムリだな」

「即答するな」

「私はいたって真面目に聞いているぞ? この顔は生まれつきだから、どうしようもない。気にしないでもらおう」

「……はぁ」


 眼の奥が笑っているじゃないか。何が面白いのか知らないが、むやみに面白がられるのも不愉快だ。ただでさえいろいろあって疲弊しているのに、余計に疲れる。

 聴かれたことをさっさと話して、帰って休もう。そうしよう。


「あんたがいう光線は、ワシの魔法『ファイアーボール(笑)』だ。オークキングがかなり頑丈だったから、焼くために使った。まさか、奈落の底から、山を貫通すると思ってなかったけどな……」

「ほう、あれはお前の魔法か。では、その魔法が穿った穴から飛び出した黒い影は、もしかしてお前か?」

「違う。ワシは崩落し始めた洞窟を、来た道を通ってギリギリで逃げ出してきたからな。あんたのいう影は見ていないし、何かと問われてもわからない」


 カーネルはふむというと独りごちると、髭を撫でながらしばらく何かを考え込んでいた。


「今から1000年も昔、ベーベル山には大神殿があったという。その神殿を護っていたのは、強大なドラゴンだったそうだ」


 ワシを色めいた眼で見るカーネルは、さらに目つきを怪しくしながら滔々と語り始める。


「創造の女神『アフォルデーテ』を奉っていたその神殿は多くの巡礼者がいた。しかしあるとき、神殿の最奥を護っていたはずのドラゴンが暴れ出した。その神殿は山頂の地下にあったため、時の大賢者『エーデルワイス』は勇者と共に神殿を地中に埋めて、狂乱した守護竜を神殿の中に封印した」

「何の話だ」

「この近隣を治めるベックス男爵家に伝わる、勇者伝説だ」


 意味がわからず顔をしかめてカーネルを睨んでいると、やつはにやにやと人の悪そうな笑みで、ため息をつく。

 そして、言った。


「そなたはあきれるほど頭が悪いな」

「は?」

「つまりこうだ。そなたが魔法で大穴を開けてしまったあのベーベル山には、凶暴なドラゴンが眠っていて、あの山を貫いた光線によって厄災が解き放たれた可能性がある」


 カーネルの説明に、ワシはとても頭が痛くなった。

 頭が悪いのはワシか?

 いきなり伝説を披露されて、状況を推察できなかったワシが悪いのか?

 ワシが世間知らずなのは確かだ。人間に転生して間もなく、この国の常識、人間社会では当たり前の知識が足りていない自覚はある。しかし、住人でもなくたまたまこの町を訪れた一冒険者を捕まえて、こいつは何を言っているのだろうか。それとも、この世界の人々は、言ったこともない見知らぬ土地の伝説をすべて把握しているのが当たり前なのか?


「ワシはたまたまこの町によったよそ者で、いきなりそんな伝説を語られても、意味がわからん。一から説明してくれないとわからないんだが?」

「なぜ私がそんな気を遣わなければいかんのだ」


 なんで、こいつはこんなに偉そうなんだよ。

 カーネルが人を馬鹿にした顔に初めて渋面をつくった。一瞬だったが。ワシは胸の中にたまったモヤモヤした気持ち悪さに大きなため息をついて、話を進めようと決める。カーネルの言うところを完全に信じるならば、ワシの魔法でさらに凶悪な危機を招いてしまったらしい。

 正直、眉唾な暴論だが、記憶を探ってみれば、大洞窟に突入する前にエルフィが似たような伝説を披露していたような覚えがあった。

 ワシが神殿守であったように、ベーベル山の神殿にもワシと同じ神殿守のドラゴンがいたということは否定できない。そして、ワシの竜としての寿命は1000年だったが、他も同じだとは限らない。


「まあいい。それで、仮にワシがそのドラゴンを解放してしまったとして、それがなんだ?」

「責任をとってもらう。解き放たれた厄災が近いうちにこのベックスを襲うだろう。それを討伐するんだ」

「可能性の話だろう?」

「確度の高い予想だ」

「根拠は?」


 再燃したイライラを我慢してワシは答えを待つ。カーネルはじっと間をとって言った。


「無い」


 付き合ってられん!


 ワシは応接室を出る。そして、組み付いてくるカーネルを受付の向こうに投げ飛ばした。


「アッシュくん!?」


 机に突っ込んだカーネルにギルドの職員が悲鳴をあげる。

 ワシは、ロビーで待っていたエルフィ達を捕まえてギルドを後にした。騒然とするギルドの中から抜け出して、馬車に飛び乗りカエデにさっさと馬車を出すようにせかす。


「アッシュくん。何があったんですか?」

「あの髭……サブマスターに無茶ぶりされて、付き合ってられないから逃げることにした」

「え!?」


 アンティネラが驚愕に声をあげ、エルフィが頬を撫でて困った表情を浮かべる。御者台に座るカエデも大きなため息をつくのがうかがえた。


「具体的に、どんな無茶ぶりをされたんですか?」


 ワシがカーネルの無茶ぶりの一部始終を話すと、エルフィの顔がみるみるうちに赤く染まっていった。反対にアンティネラの顔は冷や汗に濡れて青くなっている。

「終わった……終わりました」

「信じられません! いくら男爵家に連なる貴族といえど、限度があります!」


 ふんぬー! と怒るエルフィを見ていると、腹に据えかねたイライラも収まってきた。もう、あれと関わるのも嫌だから、さっさとこの街を発ちたい。


「まあ、あれは放っておくとして、エルフィ達は何かここで済ませる用事はあるか?」

「……ベックスでは補給だけの予定だったので、私たちはとくにはないです」

「じゃあ、2日くらい休んだら、さっさと出発しよう。そうしよう」


 アンティネラがガバッと抱きついてきた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいアッシュさん! 貴族にあんなことして、この町を簡単に出られるわけ無いですよ! どうするんですか!?」

「え、そうなのか?」

「そうです! 戻って事情を話して、謝りましょう! もしかしたら許してくれるかも知れません!」


 それは、いやだ。


「アッシュさん! わかってるんですか!? 山河の民で、銀とはいえ一介の冒険者であるアッシュさんが貴族に手をあげるようなまねをしたら、処刑ですよ! 即死刑です! 私刑も待ったなしです!」

「死刑、ねぇ」

「あ、わかってないですね? 衛兵に捕まって、ギロチンで首チョンパ! 人生おしまい! 責任をとるのはアッシュさんだけじゃありません! 私にも、う、うう……」


 ワシの胸でしくしくと泣きべそをかくアンティネラの肩に、エルフィが満面の笑顔で手をおいた。


「アディ。泣かないでいいですよ。そんなこと、私が許しません」


 エルフィの眼は、笑っていなかった。

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