第16話 オークキング討伐行 決着
崩れて潰れる洞窟を抜けると、そこにはエルフィ達がいた。
カエデも無事だった。少し離れた場所でうずくまっているのは、アーデルマンか? エドを抱いて膝を枕にさせているあの黒髪美人は、誰だ?
「アッシュくん!」
「エルフィ! 無事だったな、よかった!」
土煙に巻かれて煙たそうにするエルフィたちの元へ飛んでいく。
カエデの手当をしていたエルフィはワシの様子を見ると、目を見開いてキラキラさせ始める。
「アッシュくん!? それは——」
「ああ、なんかオークキングと戦ってたらこうなった。……どうしてこうなったかは聞かれてもわからないからな!」
「あ、はい。大丈夫です! でも後で何回か見せてくださいね?」
エルフィはとてとてと近づいてきて興味深そうに魔力の鎧を観察する。ワシは少し逃げ腰になって、魔力の鎧に触ろうとするエルフィの指先を躱す。ファイアーフィストがそのまま鎧になった感じなので、触れたらきっと怪我をするに違いない。ワシの魔法には、仲間だけを傷つけないなんて、器用なことができるとは思えなかった。
ていうか、明らかに燃えているものに素手で触ろうとするなんて、この娘はどんな神経をしているんだ?
その様子を不服そうな目で見ていたカエデが、手当の途中でエルフィから放り出されたキズを抱えながら歩いてきた。
「戻ってきたってことは、オークキングは倒したのよね?」
「あ、ああもちろん」
「じゃあ、あの極光と、山に開いた大穴はなに?」
ずいっと、一歩近づいてくるカエデ。その面持ちは険しかった。
「あ、えっと。ファイアーボール(笑)」
「は?」
「だから、ファイアーボール(笑)! 二回も言わせるなよ! ワシだってわかってる。あれが本物のファイアーボールには似ても似つかない魔法だってぐらい、わかってるんだ。だから
ファイアーボール(笑)は失敗魔法だ。威力が強すぎて使いどころが難しいし、なによりファイアー『ボール』なのに、ボールじゃなくて光線なんだ。お手本通りにやっているはずなのに、ちっとも同じ結果にはならない。だから『ファイアーボール(笑)』。
古の冒険者から学んだ本来の『ファイアーボール』は、ワシが作って便利に使っている魔法もどきの『ファイアーベール』や『ファイアーフィスト』みたいに、ただ魔力を操れば簡単に使える代物じゃなかった。どこがどうなっているのかわからない回路に順番通りに魔力を通し、呪文の詠唱を必要とする。高度な魔法だった。オークキングと戦っているときも、こっそり小声で呪文を詠唱していた。
「あれがファイアーボール? いえ、あれは紛れもなく、伝説の大賢者の使った「ドラゴニックフレイムレイ(バースト)」では? ——ブツブツ」
あ、エルフィさんが、向こう側に行こうとしている。
「と、とにかく! 一時はどうなることかと思ったけど、みんな無事でよかった! そうだろ?」
「……ああ、……アッシュの、言うとおりだ」
「エド!」
「あんまり、大きな声出すなよ。頭がガンガンする」
エドを抱いていた黒髪の美人が、優しく包帯ぐるぐる巻きなエドの頬を撫でる。
そういえば、彼女は誰だ? レザーベルトで各所を締め付けた、防具なのか怪しい革鎧をきている。カエデの黒髪とはすこし色味の違う、まっすぐで青っぽい漆黒の髪を背中に下ろしている女性なんて、いたか?
ワシの記憶には、それに合致する可能性のある人物は一人しかいないのだが。
「エド、ワード。しばらく、はお休み、ね」
「……やめろよチェータ。はずいだろ」
「でも、からだ動か、ないでしょ」
まさかのチェータさんは、エドが生きていることが心底うれしい様子で、満面の笑みでエドの頭や顔をなでなでしている。
あの、オークの群れを拳一つで押し返した全身甲冑の中身が、あれだという事は、認めよう。あの腰まで届く黒髪はどこに収納していたのかとか、あのベルトだらけの防具にはどんな意味があるのかとか、いろいろ気になるところはあるけど、今はそれよりも。
「わかった、わかったから。しばらく冒険者家業は休むから……。あいつらの前では止めてくれ、たのむから」
「うん。いい、こ」
その光景を、エルフィはじっと、カエデは砂糖を吐きそうな顔で、ワシはパイの具がカボチャのクリームだと思ってたら実は全部辛子でした、くらいの衝撃をうけて見ていた。
「あの、エドが。出会い頭に机を蹴り上げる、抜き身のナイフみたいだったエドが……、従順さがいきすぎて恥を捨てた犬みたいになってる!」
「はぁ、そういうのは。自分たちの宿に戻ってからやりなさいよ。はぁ」
「アッシュくん。帰ったら私も膝枕してあげましょうか。やっぱり、今回の一番の功労者はアッシュくんなので、わたしがその労をねぎらって……うへへ」
「まてよ」
その声が聞こえて、ワシはこう思った。ああ、またか。
オークキングを倒し、さあ帰って寝るか、それとも祝杯を挙げるか、どうするか? そんな沸き立つような空気に水を差す。どろどろと濁った眼で、エドとチェータを見ている。
アーデルマンが、立ち上がった。
「お前らが、仕事をしないなら、私はどうなる」
「あ、なたも、休め、ばいい」
「ああ——俺の怪我が治れば、これまで通りクエストを受ける、つもりだ。それまで、待つのが難しい、なら。他の、パーティに移ってもらって、かまわない」
「ど、どうしてだ! チェータと、私だけでも、クエストは受けられるじゃないか!」
アーデルマンの叫びに、エドの表情が少し、険しいものに変わった。チェータも首を横に振る。
「アディ、交わした契約は、守れよ。俺たちどちらか片方が欠けた、状態で、仕事は受けない、そうだろ」
「……だが、私は!」
エドは、起き上がってアーデルマンにまっすぐ眼を合わせようとした。その背を、チェータが助けて支える。
「ああ、わかっている。借金の返済は待ってくれない、だろ。——でも、すまねぇな。俺は、惚れた女をを他の男に預けて、安心していられる、ほど大人じゃねぇんだよ。パーティーを抜けるなら、違約金は、払う。それで、手をうってくれ」
惚気を含んだエドの言葉に対する、アーデルマンの反応は。
「あは、あははは! ムリに決まってるじゃないか! あっはっはっはっはっはっは!」
笑声と笑みだった。
ワシは小声でカエデに尋ねる。
「なあ、カエデ。なんであいつはあんなに情緒不安定なんだ?」
「さあ、詳しくは知らないけど。あの男については、あまり良い噂を聴かないのは確かね」
「どんな噂?」
「……それこそ、パーティの資金を横領したとか。モンスターの群れに奇襲されたとき、真っ先に逃げ出したとか。そんな感じよ。聴いてた感じ、借金の返済がギリギリで、追い詰められているんじゃない? 借金を返せなかったら、この国では役務奴隷に落とされるから」
「なるほど」
そんな噂があるアーデルマンを、わざわざパーティに入れたがる人はいないだろうな。いるとしたら、よっぽどのお人好しか、物好きで、バカだと思う。
黒髪美女に背中を預けたそのお人好しで、物好きなバカをみて、納得した。
「なあ、アッシュ・フォートロイ」
アーデルマンが仲間になりたそうにこちらを見ている。
「いや、間に合ってるんで」
「即答かよ。くっくっく、私も嫌われたもんだなぁ」
「笑ってないで、今回のアンタの行いを振り返ってみろよ。あれがなければ、ワシも少しは考えたさ。今のアンタは、全く信用できない」
アーデルマンはケラケラと不気味な笑いを溢しながら、うつむいた。
「じゃあ、しょうが無いよな、ヒッ。 お前らが、断ったのが悪いんだよなぁ、ヒヒッ」
そして、腰のポーチから小指ほどの大きさのガラス瓶を取り出した。瓶の頭はペン先のように細くなっていて、ごく少量だが、漉した葡萄酒のような澄んだ赤さの液体が詰められている。
アーデルマンは小瓶の頭を折り、これ見よがしに中身を口の中へ垂らして見せた。
「ここで、いらないヤツ、全員殺して、身ぐるみ剥いでやるよぉ!」
飲んだ液体と同じ色の筋が、アーデルマンの顔に浮かぶ。そして、ワシはヤツの魔力が膨れ上がって脈打つのを感じた。
「アッシュくん! あれは——」
エルフィの解説を待っている時間はない。アーデルマンはこちらを向いたエルフィに向けて、既に走り始めていた。
その様子がゆっくりと遅くなって見える。
認識を改めたワシは、アーデルマンの進路上に、飛んで待ち構えた。
やっぱり、走ったり跳ねたりするより、飛ぶほうがワシは得意だ。
アーデルマンに聞こえるかどうかはわからない。
だが、言わずにはいられない。
「やっぱり、アンタ、嘘ばっかりだな」
誰か一人を残して、そのほかを皆殺しにする。そう宣言して、各自に身構えさせたアーデルマンは、その隙をついてエルフィを誘拐していく。出会った当時から、エルフィに執着していた。大洞窟の前でオークを殲滅した時もそうだ。
エルフィに手は出させない、何度言ったら懲りるんだろう。
アーデルマンの顔が、少しずつ驚愕にゆがんでいくのを見て、ワシは拳をヤツの目の前に置いた。突っ込んでくるヤツをわざわざ振りかぶって殴る必要がない気がしたんだ。
「だから、いつまで経っても仲間ができないんじゃないか?」
「ふぶへぅあ!? ……あああああああ! がああああああああ!!!」
ワシの時間の感覚が元に戻った。
「きょ——て、アッシュくんいつの間に!?」
アーデルマンが悲鳴を上げて転がり回る。ワシの魔力の鎧はやっぱりすごく熱かったらしい。あ、静かになった。
「はは、まったくデタラメだな、テメェってヤツは」
固まった空気の中に、エドの笑い声がただ響いて消える。
これで、一件落着か?
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