第14話 オークキング討伐行 混乱

 森まで焼いてしまったせいか、灰が雪のように降り注ぐ中。

 エルフィがワシの名を呼んだ。

 

「アッシュくん」


「え、エルフィ違うんだこれは」


 何が違うんだ? ワシがやった事に言い訳なんかできないだろう。


 そうだ。エルフィや、カエデ、あとエドやチェータをいたぶって殺すと言われて、ワシは切れた。そして、100体を超えるオークを蹂躙し、追い詰めて虐殺したんだ。最後には戦意を失い、地面に丸まって震えていた奴も、ワシはこの手で、今は灰だまりになっている穴の中へと放り込んだ。


 我を失っている。

 失態だ。

 どうかしていた。

 あれはワシじゃない。


「だいじょうぶ」


 柔らかい感触に包まれて、血のにおいの中に、微かに花の蜜のような甘い香りが混じる。

 小さな手のひらが優しくワシの頭を撫るたび、肩の力が抜けていった。


「だいじょうぶ」


 名残惜しさをおして顔を上げると、すこし赤く頬を染めたエルフィがいた。

 エルフィの青い瞳が、優しげな色から、次第にらんらんと輝き出す。


 あ、なんか、ちょっと前に見たことあるなこの顔。そうだ、『魔術オタク』だ。


「ありがとう、エルフィ。落ち着いたからもう大丈夫」

「アッシュくんに、いくつか尋ねたいことがあるんです」

「いや、今はそれどころじゃないから。洞窟の中にカエデ達を残してきてるから! 急いで戻らないと!」


 ワシの言葉で、エルフィははっと気がついた。


「あ、えっと、そうでしたね。私ったら何やってるの、ははは」

「ははは、じゃなくて。いくぞ!」


 ワシはエルフィの腰をとり、再び洞窟に戻ろうとした。そのとき。



「ちょっと待てよぉ」


 アーデルマンが、ワシらの前に立ち塞がった。


「エーデルフィ様を置いていけアッシュ・フォートロイ!」


「何のまねだ?」

「ひひっ、あの三人を助けに行くだけなら、エーデルフィ様は足手まといだろおぅ? これは至って合理的、ひひっ、冒険者として当然の忠告だよなぁ」


 どこかで頭を打ったのだろうか。もともとウザい感じだった笑い顔が、ひくひくと引きつけを起こして気持ち悪くなっている。言動も妙だ。やっぱり投げ捨てたのがまずかったのか。

 そんなアーデルマンに、にたぁっと笑いかけられたエルフィは、気丈にも面と向かっていった。


「エーデルフィ様、ヒヒッ、私と、私とベックスにもどりましょう。ヒヒヒッ、ここはき、危険ですから。あ、貴女のような、ヒヒヒッ人がいるべき場所じゃぁ、ない!」

「退いてください。私はカエデ達を助けに行きます。私だって何かできることがある」


「ハーッ、イヒヒヒッ! そんなのは、思い違いだ! 勘違いだ! エーデルフィ・アナスタシアにできることなんか、なーんにもないじゃないか!」

「あなたに何がわかるって言うんですか」

「わかりま〜す。いったいぃ、なんねんのつきあいですかぁ!? ヒヒヒヒっ。こぉんな小さなころから、わ、俺はぁ。貴女を見てきたんですよ!」

「——っ」

「何だその目は、そんな目で俺を見るなぁ!」

 

おかしくなったアーデルマンがエルフィに近づき、その手を振り上げた。


「おい」


 とうぜん、その手を振るう事はワシが許さない。


「なんなんだお前は! 俺の邪魔をするな!」

「黙れ」

「——ひっ」


 ワシはにらみ付けただけだった。さっき、感情的になって虐殺に染まった事は反省している。しかし、ちょっと視線に魔力が乗ったのは仕方ないよな。


 ワシらには、こんな奴にかまっている余裕はない。今このときにも、カエデ達が危険にさらされている。

 ワシが、アーデルマンを押しのけて、行こうとしたとき。


 洞窟の中から、絶叫が聞こえた。


「カエデ!」

「くそ! どけ!」


 ワシはエルフィを抱え、洞窟へ飛び込む。うしろから、笑い混じりの罵りが聞こえてきたが、本当にそれどころじゃない。

 また跳んでいってしまわない程度の力で、ワシは走る。登りで30分ほど掛かった道のりを、5分に縮めることができた。焦りで、息が上がった。

 そして、その先にまたオーク。何かを取り囲んでいた。わかっている、カエデ達だろ。

 もう、うんざりだ。最悪の想像が、頭の隅にこびりついて、腹の底から、ぐつぐつと魔力の沸く感覚がやまない。


「失せろ!」


 その一言だけで、群がっていたオークが吹き飛ぶ。敵意をむき出しにして、こちらを振り向く醜い顔たち。すべてを灰に変えてしまわないように、ワシは奥歯をかみしめて、もう一度。ゆっくりと近づきながら言う。


「死にたくなければ、ここから消えろ。ワシの仲間に手をだすな」


 ワシがどう見えているのかは、噴き出す脂汗でわかる。

 さながらドラゴンに睨まれた感じか、ドラゴンだけど。


 じりじり、と後退していくオークの向こうに、膝をついて剣を構えるカエデと、這いつくばるチェータがいた。カエデは疲労が濃いだけで比較的無事に見えるが、チェータの方がひどい。甲冑は胴の部分が大きくひしゃげて、とても中身が無事なようには見えない。


「二人だけなのか! エドはどうした!?」

「アッシュ……」


 カエデが震えながら指し示したのは、洞窟のさらに奥の方だった。短い付き合いだったが、エドがどういう男かはわかる。かなり乱暴だが、悪い奴じゃない。むしろ、いい男だ。

 ここにカエデとチェータだけ取り残されてい状況がどうして生まれたのか。そして、エドがどうなったのか、自ずと想像がつく。


 ワシの顔を見たカエデは怒っふうに言った。


「彼は、まだ戦っている!」


 カエデが言ったとおりだった。


「——ぅぐおおおおおおああああああ!」


 苦悶の叫び声が、エドの声が、響いて聞こえてきた。耳を澄ませば、金属がぶつかり、削れる音も聞こえる。


「エド! 今行くから、もうちょっと堪えろぉおおおお!」


 返事がなかった。けれど行かなければならなかった。

 ワシが、身を寄せるエルフィたちの周りにベールを張り、壁になっていたオークを灰に変えたちょうど、そのとき。


 暗闇の奥から、オークの遺灰の帳を突き破り、血にまみれた一人の男が、飛んできた。

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