第13話 オークキング討伐行 分断
冒険は始まったばかりだが、休息が必要だった。
一番ダメージがひどいのはダブルダイアモンドのリーダー、禿げ鎧のエドだ。大きなキズはないけれど、至る所に擦過傷と打撲をうけている。
全身甲冑のチェータと、アーデルマンは汚れてはいるがたいしたダメージを受けていないようだ。
ワシらは洞窟に入って、道が狭くなり脇に穴もない所に即席のキャンプを作る。
「よっこらせ!」
その辺にごろごろと転がっている岩石を使ってバリケードを作るのは、ワシとアーデルマンだ。ワシは洞窟の奥側でそこそこデカくて重たい岩を持ち上げて、適当に胸の高さまで積み上げる。出口側ではアーデルマンがのっそりと作業をしていた。
こっちが終わったら手伝わないと、いつまでも掛かりそうな作業スピードだな。
「ほんとに、お前の体はどうなってんだ?」
ワシが大人でも抱えきれない程の岩を抱え上げて引っこ抜くのをみて、エドがあきれたふうに言った。
ワシにもわからん。
代わりに、チェータと二人がかりでエドの治療に当たっていたエルフィが回答する。
「アッシュくんのあの頑丈さと怪力は、おそらく身体強化魔法だと思います」
「なんか、すごく便利そうな響きだな。それってどんな魔法なんだ、嬢ちゃん」
「はい。原理的には、魔剣と同じく物体に魔力を充填して、強度を高めたり、力を増幅しているのだと考えられているのです。でも、人間の体は、一定の魔力抵抗力を持っているので、身体強化魔法の影響は——」
「お、おおい。嬢ちゃん? ちょっと巻きすぎ、おーい」
エルフィさん、話しながら考えを整理しているのか、ぶつぶつとつぶやきながら、包帯を巻く。「——今の魔術理論では説明できないです。ごめ……あれ?」
「わかった。わかったからからこれをほどいてくれ、肩が動かねぇよ。ていうか、誰か止めろよ」
「ごめんなさい!」
エドの肩は、エルフィが荷物から次々と取り出した包帯によって、肩パットをしているみたいにがっちりと固められていた。
いそいそと包帯を解くエルフィに、生暖かい視線が降り注ぐ。時々、こういう事があるんだよなぁ。馬車旅の間はしょっちゅう本を読んでいるし。
カエデ曰く、エルフィは『魔術オタク』なのだそうだ。
エドにとがめられるように見られて、ワシとカエデはそろって肩をすくめる。
「相変わらずの勉強熱心なのですねぇ! エーデルフィ様はっ!」
一抱え程度の石を転がしながら、アーデルマンが言う。
「……ええ、まあ」
「無駄な努力だと知りながらっ! それでも魔術にすがるなんてっ! とても、高名なアナスタシア伯爵家のご令嬢の振るまい、とは! 私には思えませんがっ、ね! そこのところ、どうお考えなのかな?」
「……」
「おいアディ。もう止めろ」
「エドは口を挟まないで、もらいたい。私は、エーデルフィ様にお尋ねしているんだっ!」
「なんだと、てめぇ——」
「エドさん」
エドがスキンヘッド(禿げじゃないらしい)に浮かべ、怒鳴ろうと口を開いたところで、静かにエルフィが言葉を紡ぐ。
「アーデルマン。私は、誰にどんなことを言われようと、魔術を完成させることを、諦めません」
強いまなざしで、まっすぐにアーデルマンを見て、エルフィは言い切った。
「はぁ。貴女はほんとうに愚かだ。こんな無駄な遊びはさっさと止めて、家を護ることを考えないのですか? それとも、貴女にとって伯爵家とはそんなに軽いものなのかな?」
「そんなことはありません! でも……」
「ならば! 今すぐ帰って結婚し、子をなしてアナスタシア家の血を次ぐのが、貴女の使命だ!亡きアルフレッド伯爵閣下のご意志は、貴女の子が成し遂げてくれますよ! 貴女は身の程を知るべきなのです、エーデルフィ・アナスタシア様?」
「おい! いくら何でも行っていいことと悪いことがあるだろうがアディ!」
怒ってアーデルマンの胸ぐらを掴み上げるエド。うつむくエルフィ。カエデはスープを煮る鍋を混ぜる手を止めない。
ワシはエドをアーデルマンから引き剥がす。
「なあ、アーデルマン」
「なんだ。アッシュ・フォートロイ」
「洞窟の中で大声をだしたら、敵が寄ってくるぞ。あと、その顔、気持ち悪いから止めろ? そして、手を動かせ。ちんたらやってたら、また日が暮れる」
ワシの担当するバリケードはあらかた作り終えてしまった。光の差し込む出口の方を見れば、アーデルマンの作業はまだ半分もできていなかった。
「皆さん。もうすぐスープができます」
「手伝ってやるよ、アーデルマン。ワシは腹が減ったから、さっさと終わらせよう」
アーデルマンの笑顔に青筋の罅が入るのを尻目に、ワシは岩を一つ持ち上げて積んだ。
ものの五分で、入口側のバリケードは作り終えた。
さて、飯だ。といっても、こんな場所で用意できる食事なんかたかが知れている。
干し肉と乾物のスープに、固いビスケットを浸してかじる。このビスケット、ぜんぜん味がないし。
「味気ない。もっと塩味がほしい。量が足りない」
「文句言わない。あるだけマシでしょ。ていうか、それでもけっこう手間が掛かってるんだからね。ちょっとは感謝しなさよ」
万能侍女カエデさんの手腕をもってしても、干し肉と乾物だけではどうしようもないらしい。
どうすれば良い?
「そうなのか……ありがとう」
「言われてからじゃ、遅いから。っていうか、文句があるなら、自分で料理覚えなさいよ」
その手があったか。
「なぁ、オークって、豚の魔獣だよな。ホーンラビットみたいに食えるのか?」
カエデは、顔をしかめて横に振った。だめなのか。
「アッシュくんの食へのこだわりには毎度びっくりしますね」
「アッシュくらいの歳んときには俺だって、同じこといってたぜ。バカで、意地っ張りで、いつも腹が減ってる。男なんてみんなそうだろ?」
「そういうものでしょうか?」
「はっ! ……エド、ワシの食欲を舐めてもらっては困る。農村の宴会で3シルバ分もの料理と酒を平らげれる人間はそんなにいるわけがない」
「変な張り合いかたすんな……って、おい、アッシュ。テメェまた俺のこと『禿げ鎧』って呼ぼうとしただろ。これはハゲてんじゃなくて剃ってんだ! スキンヘッド! わかったな?」
「嘘だ」
「ぶっ飛ばすぞ!」
「やれるものならな」
エドが殴りかかってきたので、ワシはスープを溢さないようにしながら逃げる。
逃げるワシを追いかけるエド。
止めようとして岩に躓きエルフィがこける。
エルフィを助け起こしながらあきれたため息をつくカエデは、その後こっそり笑った。
全身甲冑のチェータがエドを羽交い締めにして、押さえ込む。
顔を真っ赤にしたエドの肩を叩いてワシは謝る。
エドも怒りを納めてくれたが、帰ったら報酬でいっぱいおごる事を約束させられた。
ワシらは敵地の、危険地帯のど真ん中だというのに、まるでピクニックに来たみたいにはしゃいでいた。
たった一人、カエデのスープに手もつけず、自前の食料をかじっているアーデルマンが、その光景を暗い目で見ていた。
まあ、理由はどうあれ、こんな所で馬鹿騒ぎをすれば、敵に気づかれるのは当たり前だ。
反省はしていない。
だって、ワシはこういうのも込みで、冒険がしたくて、冒険者になったんだ。
そいつらは上から現れた。
30体ばかりのハイオークが降ってくる。
そのうちの数体が、エルフィとカエデを狙って、飛び降り様に棍棒を振り下ろそうとしていた。
「っくぅ!」
「カエデ!?」
さすがカエデ、オークの不意打ちに自ら対応して、一撃を防御する。しかし、結果は裏目に出た。
飛び出したワシの手が間一髪さらう事ができたのは、エルフィだけだったのだ。
そろって甲高い雄叫びを上げるハイオーク達。
——殺せ!
言葉にならない意思が、びりびりと伝わってくる。
——仲間を、兄弟を殺した人間を殺せ!
ワシらの作った陣地のど真ん中に降り立った脅威に、ワシは割れそうな程に奥歯を噛んだ。
目の前のオークどもを挟んで、洞窟の奥側には、カエデ、そしてエドとチェータがいる。
ワシの魔法は大雑把だ。選択を間違えれば、カエデ達を巻き込みかねない。
接近戦?
だめだ、オークならまだしも、ワシがいくら早く動いても、30体のオークを瞬殺なんてできない。いくら力が強かろうと、いくら頑丈だろうと、一人で相手にできるのは限りがある。
じゃあどうする。ワシに何ができる!?
「エルフィ。ワシにつかまれ」
「え? あ、はい」
ワシは、思いっきりの笑顔でハイオークに向けて、ただ体から放出する魔力を仕向ける。
そして、大声で教えてやった。
「お前らの仲間を、家族を、兄弟を殺したのは、このアッシュ・フォートロイである! 仇がとりたいなら、ワシを狙うがいい!!」
ハイオーク30体分の殺意が、一斉にワシに牙を剥いた。余波を受けたエルフィが息を詰まらせる。
「ブモォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
「「「殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!」」」
「「「「「「「「「奴を殺せ!」」」」」」」」」
「やれるものならなぁ!」
てなわけで、ワシは逃げます。
「ぼさっとするなアーデルマン!」
「ひぃ!?」
30体のハイオークを引き連れて、ワシは出口めがけてひた走る。引き離しすぎないように、けれど追いつかれないように。
「もっと早く走れないのかアーデルマン!」
「いやだっ、死にたくない! いやだっ!」
アーデルマンは何かが決壊したのか。滂沱の涙と鼻水とよだれをまき散らしながら、こんなにこいつ足遅かったっけという早さで走っていた。
ハイオーク達は勢いを増すのに、アーデルマンの走る速度はあがらない。
「くそ、仕方ないな!」
ワシは、アーデルマンの襟首をつかみ、前方に投げ上げる。そして、速度を上げて追いついて肩に担ぐ形で受け止めた。
「——あああああああ!? ぐふっ」
「あ、案外大丈夫だった」
アーデルマンは気絶している。武装した大人の男を担いで走るのには、この体だと重さとかバランスが悪いかと思ったが、そんなに問題にはならなかった。
「あ、アッシュくん。そういうこと、するときは、事前に一言、お願いします……」
「あ、ごめん。大丈夫か?」
エルフィは、急減速して遠心力にさらされ再び急加速するという動きに、酔ってしまったらしい。顔が青ざめている。
「なんとか——うぅ」
邪魔も足手まといもなく、ワシは大洞窟の入り口まで、そこそこの速さで戻ってきた。
何回か棍棒が後ろから飛んできたが、そんなの当たるわけがないし、当たってもたいしたダメージにはならない。
洞窟を抜けて、視界が開ける。朝日がまぶしい。風に積もっていたオークの灰が巻き上げられる戦場へ、戻ってきた。
しかし、ワシは目を疑う。ついでに世界の摂理を疑った。エルフィをおろし、アーデルマンを近場に投げ捨ててワシは問う。
「エルフィ? オークって灰から復活したりするの? 実はフェニックスの親戚だったり?」
返事はない。彼女は青い顔でふるふると首を横にふるだけだ。
答えは、追いついたハイオークの一体がくれた。
「げへへ! バカな人間が! 我らの根城の出入り口が、こんなくそ目立つ大穴だけな訳がないだろうが! 絶対に逃がさないぞ人間のガキ! 磔にしてお前は最後に殺してやる! 仲間が目の前でいたぶられ、犯されて、食われて死んでいくところを目にキザ——」
「聴くに堪えないぞ、豚野郎」
ワシはもう、妄想を垂れ流すハイオークの目の前に立っている。
エルフィ達の周りにはすでに、安定と安心のファイアーベールを、前の二倍の厚みで用意した。
「ぶひぃ!?」
ワシ、わかったんだ。
このオークという魔獣はワシを怒らせるのが、非常にお上手らしい。
つまり、根がゲスなのだ。
根絶やしにしよう、そうしよう。
そこから、言葉は必要なかった。
振り下ろされる棍棒を頭突きで砕き。燃える鉄拳でくそな豚肉を殴り飛ばす。
そして、掴んで握りつぶして、引きちぎり。地面に押しつぶす。
大体それのくり返し。
この場にいるオークはすべて灰に変えるため、戦場の周りに森さえも飲み込むファイアーベールの結界を張り、円を縮めて逃げるオークをこっちに来いと追い立てながら、殴って蹴って投げ飛ばして。
途中でできたクレーターにファイアーボール(微笑)を溜めておいて、そこにひたすら落とす。生きていようが死んでいようが、落とせばすべて灰に変わる。
すべてのオークを片付けるのに、約30分も掛かった。どうすればこれほど増えるのか。オークってなんなんだ一体。
血まみれになったワシは、そこではっと気がつく。
エルフィが、ワシをじっと見ていた。
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