第12話 オークキング討伐行 前哨戦
大洞窟は、ベックスの北東、徒歩で3時間ほどの切り立った山肌にぽっかりと開いている。
今回、その魔窟に挑むのは、ワシらと、Bランク冒険者三人組のパーティー『ダブルダイアモンド』の二組だ。
ワシらは昨日、用意したロープやテントなど、洞窟探検に必要な装備を馬車に積み込み、夜が明ける前にベックスを発った。フクロウよりも夜目の利くワシが、今は馬車の上に座って周囲の警戒と道案内を務めている。
「ねえ、ほんとに私も行かなきゃいけないんですかぁ?」
馬車に揺られながらワシは、馬車の中からアンティネラが不満そうにそんなことを言うのをきいた。今日も変わらず御者を務めるカエデは、そんなアンティネラに目くじらを立てて言う。
「しょうがないでしょ。アンティネラしか馬車の番を任せられる仲間がいなんだから、なにか文句があるの?」
「大ありですよ! 私は受付嬢で、事務職で、戦闘なんかからっきしなんですよ!? オークがうじゃうじゃいる場所で馬車の番なんて、そんな恐ろしいことできるわけないじゃないですか!」
今回のクエストではまず、馬車でなるべく大同窟の近くまで近づき、そこから徒歩で侵攻する。そして、大洞窟の中のハイオークを駆逐しながら潜行し、オークキングを倒す。
戦闘の際、ワシらの役割は主に後方からの魔術支援ということになっていた。
ワシがこの前、灰に変えたオークどもは粗末ながらに岩を加工した鎧を身につけ、武器を持ち、さらにハイオークによって統率されていた。
明らかな軍勢だった。
普通に話し合えば、たった六人のパーティで次から次へと湧いてくるオークの軍勢に、真っ向から切り込むのは自殺行為だと、結論する。そんなわけでワシらはいま、戦場を隠れながら進んでいる。
それなのに、アンティネラたちが騒いでいられるのは、ひとえにエルフィの魔術のおかげだ。ワシらと『ダブルダイアモンド』の馬車を風の結界が囲っている。音を減衰させて、周りに響かないようにしているらしい。月明かりもなく、星も雲に覆われた闇の中、音も聞こえなければ気づかれる事はない。
エルフィはよくそんな魔力量で、これほど長い時間、風の精霊を維持していられるな、とワシが感嘆する技量を見せていた。
あとでまねしてみよう。
「大丈夫、誰にでも初めてはあるから。それに、一人じゃないんだからそんなに怖くないでしょ」
「怖いどころじゃないですぅ! だいたい、あちらの『ポーター』さんだって、一人でどれほどのことができるって言うんですか!?」
ウザ鎧のパーティ『ダブルダイアモンド』にも、ワシらのアンティネラのように専属受付嬢がいる。ただし、あちらの受付嬢は、元冒険者らしい。
「あの人は一流の『ポーター』だから、アンティネラと違って」
「なんですか、その言い方は!? 泣きますよ!」
「泣けば?」
冒険者を引退して、そのサポートに回った人のことを、この界隈では『ポーター』と呼んでいるらしい。
他にもいろいろと冒険者の専門用語があるらしい。これが終わったら調べる時間を作ろう。
「アッシュくん。カエデ、アンティネラ。もうすぐ魔術が消えます」
エルフィの報告で、騒いでいた二人が黙った。
「わかった」
ピリッとした緊張感が出てくる。
これだ。
エルフィの魔術が消えたときが、冒険の始まりだ。
運が良いのか悪いのか、ワシらは一度だけオークの小隊に遭遇した程度で気づかれることなく。馬車で移動できる限界点、野営の予定地に到着した。遭遇したオークの小隊は、ワシがファイアーベールで囲って絞り上げ、悲鳴を上げる前に灰に変えた。
野営地に到着した後は、例のポーターが大活躍だ。
ワシらは彼女の指示に従って、切り取った枝で藪を作る。ポーターはそれに手を加え、罠を設置し、ものの三十分もしないうちに陣地を作り上げてしまった。
準備を整え、陣地の外に出てワシが振り返ってみると、ポーターの作り上げた陣地は森の中に紛れて見分けがつかなくなっていた。光のない森の中でも昼間のように見えるワシの目でそれだ。エルフィ達にはどこに自分の馬車があったかなんてわからないだろう。
機会があれば、ちょっとコツを教えてほしいと思った。
陣地を出発して一時間。ワシは、山肌にぽっかりと空いた、穴を見上げていた。穴の入り口には、かがり火がたかれ、数匹のオーク兵が見張りに立っている。
「これが、大洞窟か。なあエルフィ」
「なん、ですか、アッシュくん?」
「……この洞窟、なんだか不自然じゃないか? 何というか、妙に丸いよな」
「よく気がつきましたね、アッシュくん。この洞窟が人工的に見えるのは、まさに人の手で作られたものだからです。はるか太古に、この山の山頂にあったと言われる創造神の神殿を巡って、大きな戦争があったという伝承があって。この洞窟は、その戦争で当時の大魔法使いが……」
「エーデルフィ様? こんな場所で『山河の民』に歴史の教授だなんて余裕ですねぇ。まるで、かの賢者さまみたいだ。そんな余裕があるなら、あの御仁のように、一人で今回のクエストを完遂することもたやすいでしょう。どうぞ、やってみてください。……まあ、貴女程度では、あの醜い豚どもの苗床になるのがせいぜいでしょうが」
「——っ。ごめんなさい」
「良いんですよ。わかっていただければ?」
ウザ鎧の嫌みな言葉で、エルフィは小さくなってしまった。
こいつとエルフィの間に何があったのか、ワシは知らん。エルフィもカエデも話したくなさそうだったので、訊いていない。けれど、今のはワシが悪いのだから、ワシを注意するべき場面だっただろう。どうしてこいつはエルフィにばかり、こうもウザいのか。
「ウザ、もといアーデルマン。今のはワシが悪かったんだから、エルフィにちょっかいを駆けるのはやめろ」
「はて、なんのことやら。私は至極当たり前のことを言っているだけだが? ああ、もしかして、嫉妬しているのかい? 君の知らない、私とエーデルフィ様との関係に」
「おい」
「人間だ! 人間の臭いがするぞ!」
黙って成り行きを見守っていた禿げ鎧が、何かを言いかけた瞬間、洞窟の入り口にいたオーク兵が声を上げた。
「ちっ、風向きが変わった。テメェらがぺちゃくちゃ無駄話をしてるからだ! いくぞ、くそガキ! テメエの実力を見せてみろ!」
身を隠していた段差をよじ登り、禿げ鎧と全身甲冑が息のそろった足並みで飛び出す。一呼吸おくれて、アーデルマンが飛び出していった。
「二人とも、ついたらあんまりワシから離れるなよ!」
唖然とするエルフィと、険しい顔で頷くカエデにそう注意して、ついでに二人の腰を抱え上げた。
「あ、アッシュくん!? 何を」
「ん? こっちの方が早いだろ」
「こ、心の準備が——」
「遺憾です」
赤くなっているエルフィと対照的に、手足がプラーンとなって抱え上げられた犬猫みたいになったカエデがぼそりとつぶやいた。
ワシは知らん。
「いくぞ!」
軽く跳べば、そこは戦場だ。
洞窟の奥からぞろぞろと湧いてくるオーク兵は、いったいどれほどあの中に詰まっているのかと思うほどで。
突撃したダブルダイアモンドは軽く包囲されそうになっていた。
ワシは着地そうそうに、ファイアーベールを発動。
禿げ鎧と全身甲冑を頭に据えた両翼に、触れれば焼ける、高さ3メートル、厚さ1メートルの壁を張った。
「禿げ鎧に全身甲冑! 前衛二人は正面だけ相手にしろ! あんまり左右に動くとワシの魔法で火傷するからな」
「誰が禿げだこらぁ! って、てめぇ魔法使いかよ!? そういうのは事前に教えとけくそガキ!」
タックルしてきたオーク兵の顔面に靴底をたたき込み、禿げ鎧が叫ぶ。
「……」
全身甲冑も一瞬動きを止めてこちらをみるし、ウザいアーデルマンもオークの首をもぎながらなんか深刻な顔でワシを睨んでいた。
後ろでカエデが大きなため息をつき、エルフィが「やっぱり……」とつぶやく。
魔術と魔法の違いって、てっきり古いか新しいかくらいだとおもっていたんだけど。
ワシは何か悪いことをしたかな、と考えながら、展開したファイアーベールを大洞窟の入り口に向けて閉じていく。
洞窟から湧いたオーク兵は、後ろから詰めてくる仲間に押され、迫ってくる透明の壁に触れて、ことごとく灰に変わっていった。しかし——
「ブゥモオオオオオオオオオオオオオオオ!」
雄叫びを上げて、毅炎の壁を抜けてくる奴がいた。
「ハイオークが抜けたぞ! 気をつけやがれ!」
禿げ鎧の口調粗めな警告がとんできた。所々炭化した体をムリに動かして、それでもかなりの勢いでハイオークが突っ込んでくる。
あと三歩も進めば、あの赤熱した棍棒はワシに届くだろう。
ほんの数舜だった。ワシがどうしようかと考えているうちに、エルフィが魔術を発動した。
「サスペンド・オープン『彼の者の歩みを止めよノーム』!」
これまでエルフィが使った水と風の精と比べると、さらに弱々しい土の精が、地面の中を移動する。そして、ハイオークの足が着地する場所に五センチほどの深さの穴を開けた。
しかし、死にかけで闘争本能むき出し、がむしゃらになっているハイオークは、地形の罠など気にする様子もなく、地面を踏み抜いてもう一歩進んだ。
エルフィが苦悶の声を漏らす。
次いで、カエデが剣を構え、スッとワシの前に出た。
黒髪を結い上げて、藍染めの防具を身につけた少女の背中から、ピリッとした決死の決意のようなものが伝わってくる。
ワシはその様子に驚き——
「お嬢様をお願い」
「いやいや、何言ってるんだカエデ」
カエデのかぶる魔獣の頭蓋でできたヘルメットに思わずげんこつを落とした。
カエデはその場でうずくまってしまう。
そんなことをしている間にも、目の前にはハイオークが迫っていた。後ろでエルフィが何か叫んでいる。きゃあああ——って、あ、悲鳴か。
頭めがけて落ちてくる輝く棍棒。ワシの炎に絶えたハイオークの筋肉がうなりをあげる。
「死ねぇ!」
ワシの目の前に火花が散った。
「あーあ、ヘルメット砕けたし。これけっこう高かったよなぁ。なぁカエデ、これいくらしたっけ?」
「——うそ。なんで無事なの」
ワシの足下で、尻餅をついてこっちを見上げるカエデが、そう溢した。何でって言われても困る。この人間離れして、いやドラゴン的な頑丈さは神のいたづらだからなぁ。
そういえば、休暇を楽しんでいるらしい創造神様は、いったいどこに行っているんだろう?
まあ、いいか。たぶん、この人生が終わったとき、もう一度お目にかかる気がするし。そのときにはちゃんとお礼を言おう。
人生ってやっぱり面白い。
「なんで、死なない!?」
「強いて言うなら、ワシが反則なくらい強いからだな」
うろたえるハイオークに笑いかけてやる。
1000年生きたドラゴンからの助言だ。よく聴け。
「この山の山頂にあるらしい神殿で、ざっと1000年くらい創造神様に仕えてみれば、ワシと同じくらい強くなれるかも知れないぞ?」
「ば、化け物ぉおおおおおおおお!」
お前に言われたかねーよ。
と思いながら、ワシは逃げていくハイオークを見送る。
「あ、アッシュ! なんで殺さないの!?」
衝撃から立ち直ったカエデが、血相を変えて詰め寄ってきた。
「ワシは、ワシの大切な誰かに危害を加える奴は許さないけれど、ワシに挑んで敗れ、逃げる奴まで手にかけたくないから」
即答に驚いたのかカエデが目を見開く。あきれられただろうか?
「——それが、見知らぬ誰かの命を奪うことになっても?」
「ワシは神様じゃないから、そこまで責任はもてないぞ」
これ、オークの断末魔が聞こえるはしでやる話じゃないな。
ほら、禿げ鎧さんがめっちゃ怒ってる。
「てめーら! サボってねーでこっちを手伝えや!」
あ、すいません。
「あー壁を閉じるから、敵を一瞬だけ押し込んで後退できるか!」
「しゃらくせぇ! やんぞチェータ!」
禿げ鎧の呼びかけで、血みどろになった全身甲冑が頷いた。その手に魔力が集まっていくのが見えた。前衛戦闘を生業にしているのに、見事な魔力操作だ。
全身甲冑は魔力を握り込むように、こぶしを作り、振りかぶる。
そして、目の前にいたオークを、洞窟めがけて殴り飛ばした。
「うわ」
同時に響く爆発音と衝撃波。圧縮した純魔力を解放するだけで、あんな威力になるなんて、何者だあの全身甲冑!
「いまだ、やれくそガキ!」
禿げ鎧は固まって動けない全身甲冑を抱えて、後退した。さっきから一言多い禿げには、後で文句言ってやろう。そう心に決めながら、ワシはファイアーベールの壁のすぼみを閉じて、大洞窟の入り口を閉じた。
そして、最後の仕上げに、魔力を継ぎ足してファイアーベールを洞窟の中に雪崩れ込ませた。
しばらく待てば、とりあえず見える範囲の敵は、強弱関係なく灰になった。あんまり熱しすぎると、ワシらが通れなくないので、強風を吹き込ませて冷やす。
その光景に呆然とするダブルダイアモンドの面々にワシは言う。
「さあ、道は拓けた。行くぞ!」
「「おー」」
エルフィとカエデが乗ってくれる。
最近、この娘らもワシのノリに染まってきたなぁ。
「おい」
一番最初に呆然自失から抜け出した禿げ鎧が、厳しい顔でつかつかとやってくる。その後ろから、全身甲冑もやってきた。
禿げ鎧はワシよりも頭三つ分、背が高い。鎧も、オークの返り血でどろどろだった。
「なんで最初からあれをやんねえんだ! このくそガキ!」
力一杯のげんこつが落ちてくる。痛くはない。でも、けっこう衝撃があった。
「すまなかった」
「かぁ、殴ったこっちの方が痛ぇ。何でできてんだお前の頭は」
「ごめん」
この頑丈さは、どうしようもないんだ。
「まあ、だが。テメェのあのとんでもない魔法のおかげで、ダブルダイアモンドは誰一人欠けずに生き残れてるわけだ。そこは礼をいっとく。たすかった」
「お、おう。なんかついさっきまで狂犬みたいだったのに、反応に困るな」
「はっ、最初はアッシュ、テメェのことをどっかの生意気な貴族のガキで、どうせ金でランクを買ったんだと思ってたんだよ。あと、得物をかっさらわれて気に食わなかったってのもある。だが、テメェの実力は本物だってわかったからな。アッシュ・フォートロイはくそガキじゃねえ、いっちょ前の男だって認めてやるよ」
「それは、素直にうれしいな。ありがとう……え、えーと、あ、エド!」
「テメェ、いきなり図々しいじゃねえか。まあ、良いけどよぉ。これぐらい許してやれなきゃ、銀のパーティーリーダーは務まらねえからな」
「「「え?」」」
「なんだよ」
「エドがダブルダイアモンドのリーダーだと!? てっきりうざ……アーデルマンがリーダーかと思ってた!」
「……ふん、俺がリーダーで悪かったな」
血みどろの全身甲冑に肩をポンポンされる、禿げ鎧ことエド。こいつらとは仲良くやれそうな気がしてきた。
少し離れた場所にいる、あいつはまだまだ先行きが不安なままだ。
それでも、ワシらは大洞窟へ歩を進める。
「さあ、冒険だ」
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