第11話 新たな銀

 ベックスはカルラと比べると、ずいぶん堅牢な作りをした街だった。

 石積みの外壁は、所々棘のように張り出した形に作られ、その外側には堀がぐるっと巡らせてある。外壁の上には通路があるのか、兵士が見回りをしているのが見えた。

 門も、堀に橋を渡した向こうにあり、橋を上げると、街に入れなくなるようだ。入り口もひとつしかない。


 門番も、カルラとはずいぶん顔付きの違う、精悍な兵士が立っていて、厳しく検査された。

 儂らは今、冒険者ギルドの前にいる。


「いやぁ、今回はありがとうございました。一時はどうなるかとヒヤヒヤしましたが、さすが銀の冒険者ですね」

「あの村の復興物資は、頼んでも良いんだよな」

「ええ、お任せを。私は契約を守る商人ですよ」


「頼む」

「ええ、では失礼します」


 幌を取り払った馬車にでっかい骨を積んで、アデヴィッドは去って行った。

 その背中が見えなくなるまで見送る。


「さて、私たちもやるべき事をやりましょう。私はハイオークの素材を買いとり窓口に搬入してきます。あんまり遅くなると」


 カエデが御者台の上から、鞄を持ってギルドに入ろうとするアンティネラを見下ろして言った。


「不埒な受付嬢に賄賂をせびられるかもしれませんし」

「もうしませんよ!?」

「まあ、それは置いておいて、クエストの完了報告とか、村を襲ったオークの軍勢の話は全部任せても大丈夫なんだよな?」

「後半は、直接報告を求められると思います」

「えー。儂、疲れたんだけど」

「自分から首を突っ込んだんですから、文句を言わないでください!」


 がしっとアンティネラに首ねっこを捕まれる。


「ほら、いきますよ!」

「はいはい」




 ベックスの冒険者ギルドは、薄暗い穴蔵のようだった。

 しかし、なんだか熱気に包まれている。

 厳つい鎧をきた冒険者から紙束を受け取った受付嬢にアンティネラが話しかけると。


「ちょっと! 通常の依頼は今は受け付けていませんから、明日にして!」


 そう突っぱねられてしまった。

 むっとしたアンティネラと顔を見合わせる。


「じゃあ、もう一つ、ここから北東に1日行った村で、オークの軍勢に占拠されていたところがあったでしょう。そのことについて報告があるから、上の者に取り次いでもらえる? 私はBランク冒険者付きのアンティネラ・トートラジーよ。はい、これ」


 アンティネラがポケットからバッジを取り出し、受付嬢に見せた。儂にも目配せしてきたので、ギルドカードを取り出してみる。


「え、え! え? 銀!? え!?」


 受付嬢は混乱している。

 アンティネラのバッヂをみて、儂をみて、儂のギルカードを見て、もう一回儂の顔をみた。

 これはあれだろうか、儂の見た目が混乱を招いているのだろうか?

 儂も、ロメロみたいに幻影魔法で、厳ついおっさんになった方が良いのかな。


「勝手に混乱してないで、さっさと上司を呼んできなさい」

「は、はい。すみません!」


 受付嬢は弾かれたように奥へ引っ込んでいった。あ、転けた。

「……あのアンティネラが、できる女の風を吹かしてる」

「な、なに言ってるんですかアッシュさん! 私はそんなつもりは!」

「へー、ほんとに?」

「う……」


 アンティネラをからかっていると、受付嬢がどたどたと駆け戻ってきた。


「お待たせしました! こちらへどうぞ!」


 彼女に案内されて、儂らは奥の個室へと案内される。カルラの冒険者ギルドとは違って、ついたてで区切っただけではない、普通の個室だった。


「——ああ? これが新しい銀だと?」


 真ん中に少し大きな円卓が置いてあり、その席には既に五人座っていた。ギルドの制服を着ている二人と、冒険者風の男が三人。そのうちの一人、ごつい金属鎧を着て椅子をきしませている男が、三白眼をすがませて儂をにらみ付けてくる。ピカピカに磨かれた鎧のせいか、それともあのつるつるな頭のせいか、窓がなく薄暗いはずの部屋の中が少し明るい気がする。

 アンティネラが身をこわばらせるのが、伝わってきたので、その前に立った。


 まぶしいな。


「儂は、オークから解放した村の報告に来ただけなんだが、この人達は?」


 完全に萎縮している受付嬢に訊くと。


「はいっ、Bランクパーティ——」

「人に名前を尋ねるときは自分から名乗るのが常識だろうがくそ坊主!」


 ガンッと円卓が跳ね上がりかけた。

 ので、押さえて止めた。

 やめろよ、うちの担当受付嬢は普通にびびりなんだ。


「儂はアッシュ・フォートロイ。ついこの間、カルラで冒険者になったばかりだ。よろしく」

「ちっ」


 禿げ鎧はそっぽをむいて、目を瞑ってしまった。

 なんだこいつ。


「おい、儂に名乗らせておいて、お前は名乗らないのか?」

「……」


 儂がちょっと魔力を込めて禿げ鎧を睨んでいると、一番奥に座って口ひげを撫でながら儂を観察していた男が立ち上がった。痩せ細った体を装飾の派手な改造制服に包んでいる。


「フォートロイくん、気を悪くしないでくれ、あの村のことには彼らも思うところあってね」

「で?」


 アンタは誰だ、と目で問う。すると、壮年の男は部屋の隅で震えていた受付嬢へとその質問を渡した。


「冒険者ギルド・ベックス支部、サブマスターのアンデルセン・カーネル殿です!」

「よろしく」

「いや、自分で名乗れよ。何様だよ」

「聴いての通り、サブマスターだが」


 髭を撫でるな、首を傾げるな。

 カーネルは椅子に深く腰を降ろすと、背もたれに背を預けて、頷いた。


「さて、ではアベード村での事件についての報告を聞こうか」




「——ふむ、了解した。アッシュ・フォートロイが確かにBランクにふさわしい実力を持っていると認めよう。では、明日の明朝、もう一度ギルドに来てくれたまえ。ご苦労だった」


 儂の説明を一通り聞いたカーネルはそう言うと、さっさと出て行った。


「ア、アッシュさん? 大丈夫ですか?」


 アンティネラが心配そうにのぞき込んでくるので、髪をくしゃくしゃしてやった。


「あ、ちょ、止めてください!」

「——儂はあの目が気に食わない」


 説明の途中、何度も質問を挟んでは、ニヤニヤと笑った目で奴は訊いてきた。


『それで、なんで君は(そんな無駄なことを)しようと思ったのかね?』


 別に儂が、どうしようと儂の勝手だろう。それを何故やったのかと、後から根ほり葉ほり探られるのがこんなにも気持ち悪いとは、思ってもみなかった。


「っはー。アンティネラ、外でエルフィ達が待っているはずだから、行こう」

「は、はい」

「ちょっと待て、アッシュ・フォートロイ」


 立ち上がった儂の頭を押さえるように、ここまでずっと黙っていた三人組の一人が声をかけてきた。禿げ鎧と、もう一人の全身甲冑に比べたら軽装で、要所に板金を配した鎧を身につけている。


「なんだ」

「——先ほどは、エドがすまなかった。君が倒したハイオーク。私たちはその討伐クエストを受けていたのだが、先を越されてしまって、それが納得いかないようなんだ」

「……だから?」

「私も、君の報告を聞いても、納得できないところがあってね。一度、手合わせしてもらいたいわけだよ」

「儂、疲れてるんだが?」

「そこをなんとか。明後日のオークキング討伐クエストでは、一緒に大洞窟に潜らなければいけないんだ。互いのパーティの実力は把握しておいた方が良いと思わないか?」

「オークキング討伐? 大洞窟? 何の話だ?」

「ああ、君は高級冒険者になって日が浅いんだったね! すまない、常識を前提に話そうとしてしまった。アッシュ・フォートロイ、私ら高級冒険者は、各地にあるギルドの支部で甚大な被害が予想される危険なクエストが発生したら、それに参加し、事態の解決しなければならない、という規則があるんだよ。覚えておいた方が良い」


「へー」


「まあ、明日も改めて説明があるだろうが、そこで恥を掻くのは可哀想だからね」

 なんか急に厚かましくなったぞこいつ。

「それはどうも。じゃあ、もういいか? こっちはまだ今日の宿も決まっていないんだ」

「まあまあ、待ってくれアッシュ・フォートロイ。すぐ終わるから——」

 ——コンコン。

「アッシュくん、アンティネラ。まだですか?」


 ドアを開けて顔を覗かせたエルフィを見て、ウザ鎧の顔が引きつったのを、儂はみた。




 翌朝、一応呼び出されているので、儂らは全員でギルドへ向かう。ちなみに今回の宿での朝食は、でなかった。夕飯も昼飯も併設されている酒場で提供しているらしいが、毎食10ブロズ。しかも、たいしておいしくないし、量もぜんぜん足りなかった。


 そんなわけで、儂らは屋台で買った黒くて堅いパンのサンドイッチをかじる。


「一文なしの高級冒険者には、このサンドイッチでも贅沢」

「う……わかってる」


 昨日と同じ円卓の部屋、儂らは出口に近い方に並んですわっていた。


「やあ、おはよう。アッシュ・フォートロイ」


 扉が開き、ウザ鎧たちがぞろぞろと入ってくる。街の中で鎧を着て完全武装だなんて、つかれないのだろうか?

 なんて考えていたら、ウザ鎧はエルフィの後ろで立ち止まり、その肩に手をおいた。


「——っ!」

「おひさしぶりです。エーデルフィ・アナスタシア様。お元気そうで何よりだ」

「ええ、ごきげんよう」


 エルフィの顔が青ざめている。知り合いみたいだけど、あんまり良い関係じゃなさそうだ。

「ところで、なぜ貴女のような方がここにいらっしゃるのか。頭の足りない私にお聞かせ願えますか?」

「それは……」

「アーデルマン、お嬢様に気安く触るな」

「ああ、これは失礼」


 カエデがウザ鎧の手を捻り上げる。

 カエデの手を振り払ったウザ鎧は、儂らの向かい側の席についた。


「知り合いなのか?」

「ええ、アッシュくんに出会うまえに、すこし……」

「そうか」


 少しして、カーネルがやってきた。


「うむ、全員そろっているな。では、『オークキング討伐』クエストのミーティングを始めよう」



「ひとつ、いいだろうか」



 話し始めようとしたカーネルを遮ったのは、ウザ鎧ことアーデルマンだ。


「なんだね」

「このクエストにふさわしくない冒険者が二人いる」

「ふむ。言われてみれば、そうだな」

「そっちのエーデルフィ・アナスタシアとカエデ・コンロンのランクはE。中級冒険者なんて参加させるだけ酷な話じゃないか?」

「ふむ……。では、そこの二名」


 嫌な空気だ。


「ちょっと待て。何を勝手に決めようとしている?」


 儂は、エルフィとカエデを退室させようとするウザ鎧に、薄気味悪い感覚を覚える。

 ウザ鎧とエルフィたちの過去に何があったのか。今の儂にはわからん。

 けれどなぜか儂には、カルラでエルフィを誘拐しようとした黒ずくめの賊たちと、ウザ鎧が重なって見えていた。


「儂のパーティーの事について、他人のお前らが口出しするな」


 その一言で、まとまらなければならない二つのパーティーの間に、大きな溝ができた。

 しかし2日後、儂はこのとき働いた勘が間違っていなかったことを知る。

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