第8話 ドラゴンは決意する
「何だって? 聞こえなかった」
キョロキョロと視線の逃げるアンティネラの顔をワシは見て、そう問い直していた。
「……この町の周辺は平和すぎて、高級冒険者に依頼できるクエストなんて、出てきません」
「ちょっとロメロに言ってランク下げさせてくる」
「あ、あ〜。ちょっと待ってください〜! そんなのダメですよ。冒険者のランクに降格はないんです!」
「もともと、むりやり上げたんだから、二つくらい下げる分にはかまわないだろ!」
「だめなんです!」
「は な せ!」
ワシにすがりついてくるアンティネラをひきずり、面談室を出て行こうとした。
しかし、行く手を遮る少女がいた。
「アッシュくん。落ち着いてください」
「えるふぃ?」
「この町にクエストがないなら、別の場所に行けばいいじゃないですか」
エルフィのその言葉を聴いて、ワシは雷に打たれた。
なぜワシは、この町にとどまることを、前提に考えていたのだろう。
「それに……」
もじもじと言葉を迷ったエルフィが、まっすぐワシを視た。
「私たちは旅の途中なので、アッシュくんが一緒に来てくれたら、とても心強いです」
「そうか、それなら、仕方ないか」
旅は道連れ、世は情け、というくらいだ。
ワシはしばらく自分が無一文であることを棚に上げることにした。ないものはどうしようもないしなぁ。
旅にはそれなりの準備が必要だ。
エルフィ達の次の目的地までは、馬車で二週間ほどの道のりらしい。その間の水、食料、その他諸々。あと馬車も直さなければならない。もちろん、ワシにはその費用は持てないので、エルフィたちに厄介になるしかない。
とりあえず、ワシは面倒な諸々の準備をワシの専任受付嬢、つまり秘書となったアンティネラに任せることにした。
「とりあえず、馬車の修理の手配を行商ギルドに、飲食料品は商業ギルド、そして、装備の買い付けは、明日にでも鍛冶ギルドで鍛冶屋を紹介してもらう、ということで良いんだよな、カエデ?」
「その通り」
「じゃ、頼んだぞアンティネラ」
「うぁ〜私のバカァ〜」
「うるさい。さっさと諦めて仕事に取りかかれ」
振ってきた仕事の量に、やる前からべそをかき始めたアンティネラの尻を、カエデが叩いている。
それを見て笑顔を浮かべるエルフィがワシの隣にいた。
「なんだか、一気に賑やかになりましたね、アッシュくん」
「ああ、そうだな」
ワシの冒険はこれからだ。
ドラゴンだったワシに比べればか弱い少女達だから、いろいろ気をつけないといけない事はあるだろう。でも、一人じゃないことは、正直に楽しいし、なんだか安心する。
そういえば、あいつは元気でやっているだろうか。
「あ、そうだアッシュくん。ちょっと付き合ってほしい場所があるんですけど。いいですか?」
「ん、どこだ?」
「ちょっと、北の森にある神殿遺跡に、行かなければいけないんです」
カルラの北側にある森、というか林の中。
西門から抜けて、ぐるっと壁沿いに回り込み、踏み固められ平坦な林道を奥へ進んでいくと、洞窟があった。
ここがエルフィの目的地らしい。
白皮でひょろっと背が高い広葉樹に囲まれた広場。その真ん中に小山があり、ぽっかりと穴が開いていた。
「森の中にあると言っていたから、もっと荒れた場所を想像してたが、綺麗だな」
踏むとかさっと音を立てて気持ちが良い落ち葉の絨毯はあるが、下草が生い茂っていない。定期的に誰かがここの洞窟の周りを掃除しているようだ。
洞窟の入り口には、柵の戸が立ててあり、鎖で固縛してある。
「この神殿遺跡は遠い昔、宝の眠るダンジョンだと思われていたんです。カルラの街は、この神殿を攻略するため、数多の冒険者が集まったことが始まりだそうですよ」
「へー、エルフィは詳しいな」
「ここが目的できたので」
「で、ここで何をするんだ?」
「祈ります」
エルフィは早速、閉ざされた洞窟入り口の前で跪き、手を合わせて目を閉じた。
風に落ち葉がさらわれる音だけが聞こえる。
ワシは、どれくらいこうしていればわからなくて、カエデに訊いてみた。
「なあ、どれくら「だまって」……」
エルフィの表情を見ると、口元を引き結び、何かを必死に念じているようだ。
なぜこの気の優しい少女が、こんなに熱心に祈るのか。ワシは理由が気になるが、ちょっとおいそれと訊いてはならない理由がありそうな気がした。
まあ、これから一緒に旅をするんだから、いつか話してくれるだろう。
しばらくして、頭に力みが入り過ぎたのか、エルフィの体がふらふらと揺れて。
「うぉ!?」
洞窟の中から、突風が吹き出した。
……ん?
風に乗って、懐かしい匂いがする。
「お嬢様!」
風にあおられ、息を乱したエルフィは、崩れた姿勢で尻餅をついた。カエデが駆け寄り抱き留める。
「……大丈夫、すこし目眩がしただけ。それより、門は開いた?」
顔を伏せたエルフィに代わってか、カエデが洞窟の入り口を見る。
ワシも見るが、先ほどと変わらずに、柵の戸は閉ざされたままだった。
「いいえ」
「そう。まだ、私には資格がないということね」
「……何の話だ?」
「古の魔法使いたちは魔力を高めるため、世界各地にある神殿遺跡、この洞窟のような場所を巡礼していたという伝承があるんです」
「そうなのか。初めてきいたな」
「アッシュくんは、どうやってそんな膨大な魔力をみにつけたんですか?」
「これは、生まれつきだ」
「そっか……いいなぁ」
「エルフィはもっと魔力がほしいのか?」
「魔術師の端くれとして、恥ずかしくないくらいにほしいです」
「そうか。……すまん、俺には力になれそうなことはない」
「謝らないで! アッシュくんが一緒に旅をしてくれるだけでも、私たちは十分に助けられてますから!」
ワシは、すこし疲れた顔で笑顔をつくるエルフィの瞳を、じっとのぞき込む。
決めた。ワシが助けたんだ。ワシのできる限り、エルフィたちの力になろう。
「どうせ行く当てもないし、エルフィの旅に付き合うのも面白そうだから、その巡礼の旅について行っても良いか?」
「え……」
「ん? もしかしてダメなのか?」
「い、いえ! そんなことないです! 私はあなたと出会ってからずっと、アッシュくんとこれからも一緒に旅がしたいと思ってました!」
「そうか。それはうれしいな」
町の方から、昼時を告げる鐘の音が聞こえてきた。
「もう、昼時だ。とりあえず街に戻って、飯にしよう! な?」
ワシは一人で、再び封鎖されていた洞窟を訪れている。
薄暗闇の向こうに、口を開けて深い闇を見せつける穴。
しかし、わしの目にはその奥に何があるのかはっきり見えている。
ワシはファイアーボール(微笑)を二つ作り出し、両手に薄くのばしていく。手袋のようにして纏わせた。名付けて【ファイアーフィスト】なんて。
「やっぱファイアーボール便利だな」
柵の戸を固縛していた鎖を、素手で焼き切って、入り口を開放する。
ファイヤーフィストは魔力の密度がそこまで低くないので、良い感じの松明代わりにもなった。
ワシはなくても見えるけど、もしエルフィ達とこんな洞窟で冒険することがあったら、いろいろと使えそうだ。
「まあ、こんな狭い空間じゃ、あれは危険すぎて使えないけど」
神殿遺跡というだけあって、洞窟の中には階段が作ってあった。緩い傾斜の階段を降りていくと、やがて少し広めな部屋にたどり着く。
そして、ワシの正面に、高さが5メートルほどの彫刻扉が現れた。
「あー。まさかとは思ってたけど」
巨大な一枚岩から削り出され、星を抱く女神、そしてそれを護るように囲む13の獣が彫刻された巨大な扉。訪れた人間を見下すように、扉の下部に寝そべった竜の彫刻と目が合う。
「これ、うちじゃないか?」
ワシは恐る恐る、ファイアーフィストを解除した素手で扉を押し開けた。
「中にワシの死体とかあったらどうしよ。あ……サマンドラの養分にしてもらえるように水辺で死ねばよかった」
我ながら変な後悔をしながら、神殿の中に入ると、そこには。
「カラカラカラカラ……」
「で」
白骨をきしませ、ワシを光る眼窩の灯火でにらみ付ける一匹の竜がいた。
「ガアアアァァァァァァ!!」
「でたあああああああ!?」
先手必勝とばかりに、ブレスが飛んでくる。
「止めろよ! 創造神様の神殿が壊れるだろうが!」
ワシが現役の時は、神殿守が神殿を壊したらいけないので、一度も冒険者達にブレスを使ったことがないというのに!
ファイアーフィストを発動して、ワシは飛んでくる炎の柱に突撃した。
「しゃおらぁ!」
気合い一発。自分の遺骨が放ったブレスを殴って、殴って、殴って、数十発くらい殴って止めた。五秒くらい、拮抗してたきがする。
「ふー。ちょっと袖が焦げたじゃないか」
昼間、エルフィと装備の買い物に行って、あつらえてもらった皮のジャケットの袖が黒く炭化してしまっている。
ワシの遺体らしきボーンドラゴンは、生きていたらゴロゴロと喉をならしての威嚇だっただろうが、カラカラと骨をならして低く構えていた。
それを見て思う。
「一番、丈夫な骨だけ残して、後は火葬しようか」
元は自分の体だし、ドラゴンの素材はなかなか取れないから多分貴重だろう。ワシは武器を使うのに向いていないので自分では使えない。が、剣か槍にでも、今日行った鍛冶屋に加工してもらえば多少の金にはなる気がする。
やっぱり、年下の少女に金銭的に養ってもらっているというのは、どうにも収まりがわるいと今日はつくづく感じたんだ。
「ごああああああぁぁぁぁ」
「だから、ブレスすんな!」
今度は縁褐色のブレスを放ってきた。
「あつっ、これ酸か」
「だから、神殿守が神殿を壊すんじゃない!」
ワシは拳を握りしめ、一歩でボーンドラゴンの体の下に入り込んだ。ドラゴンだって脊椎動物だ。背骨を壊せば基本的に身動きが取れなくなる。
というわけで、そのままワシは真上に飛んだ。そして、拳を振り抜く。
ボーンドラゴンの背骨が節ごとにバラバラに砕け散り、上半身と下半身に分かれた。
出口の方へと飛んでいくボーンドラゴンの上半身。
「とりあえず、これが一番頑丈か?」
ワシはその場に倒れた下半身に依っていき、片方の大腿骨をひったくる。
そして、ファイアーボール(笑)を発動した。ファイアーフィストを形成するように、ファイアーボール(笑)を構成する魔力を薄くのばしていく。
キューブにしたファイアーボール(笑)の中に、ボーンドラゴンの下半身を投げ入れた。
ファイアーキューブを維持したまま、よそで転がっている上半身の所まで歩いていき、そして残りも投げ入れた。
しばらくお待ちください。
「まだ燃え尽きないのかよ。我ながらしぶといな」
キューブの毅炎にさらされながら、中でかたかた動き回ろうとする骨
。
「もっと温度を上げないとダメか? でもどうしたら?」
かたかた震える骨どもに頭を痛めていたら、不意に、涼やかな声が風に乗って聞こえてきた。
「ぎゅっと、圧縮すれば良いんだよ。昔あなたが思いついたアイデアなのに、忘れてしまったの?」
「ああ、そういえばダイアを作ろうとしたときにそんなこと試したなぁ」
ワシはキューブのサイズを中身が飛び出してしまわないギリギリまで縮めた。骨が灰に変わっていく感覚を掴む。
再び、風に乗って声が届いた。
聞き覚えのある、とても懐かしい、落ち着く声だった。
「こっちに来て、アッシュ」
ワシは声に誘われるまま、神殿の奥へと歩を進める。
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