第7話 千年樹再び
野を焼き尽くしたら、その次は。
「いやぁ、ほんとにありがてぇ。野焼きがこんげぇ早くにすんでしまうだなんて、おらさ昨日まで思いもしなかっただ。ささ、食え食え、のめぇのめぇ!」
宴会だった。
ホーンラビット駆除の依頼を出していたおっちゃんは、カルラの街の東門をぬけてから歩きで二時間くらいの農村の村長であるらしい。
辺り一帯の休農地をマス目を黒く塗りつぶしていく感じで、ワシが『ファイアーボール(微笑)』で焼いて回り、一通り焼き終わったワシらはそのまま村に連れ込まれて。
あれよあれよと村人総動員の大宴会が始まったのが、すっかり日が沈んだころ。
村の中心にキャンプファイヤーをともし、その周りに各家から引っ張り出してきたテーブルを並べ、料理、酒、酒、料理、酒とならべられていた。
村長はワシに言った、「遠慮無く食え」と。
だからワシは思った、「人生初の宴会、楽しまなくては」と。
「うまい! これもうまい! 最高だなこの村は!」
というわけで、ワシは宴会が始まり料理が出てくるはしから食べ続けていた。
「アッシュくん〜。どれだけ食べれば君は気が済むんですか〜」
顔を真っ赤にしたエルフィがワシの肩を小突いてくる。
ついでに広場の真ん中で燃えさかる炎の周りで、くるくる踊っている若いにーちゃんたちから、すこし殺気の混じった視線が跳んできた。
そんなことには目もくれず、たき火の光に金沙をきらめかせるエルフィはくぴくぴと、見たことのない白いにごり酒の入った木のコップを両手で持ってちょっとづつ飲む。
「エルフィこそ、そんなに飲んで大丈夫か? 顔が真っ赤だぞ」
「大丈夫です〜。アッシュくんに心配されなくても……私の方が年上だから……知ってます」
とか、言いながら立ったまま寝落ちしてしまうエルフィさん。
どこぞの貴族令嬢がこれでいいのか、と心配になるし。
そもそも、知りあって数日の曲がりなりにも男であるワシに、宴の席で酔い潰れた姿をみせるなんて無防備過ぎやしないだろうか?
「お〜い、エルフィ? こんなところで寝たら、起きたときには何をされているかわからんぞーっと」
そんなことを考えながらワシは、エルフィの手から滑り落ちそうになっていたコップを取り上げた。
もったいないので飲んでみる。
「……かなり酒精が強いな。しかし、旨い! 肉にあうぞこれ!」
いい肉のアテを見つけたおかげで、さらに食欲が湧いてきた。
「けど、そのまえにどこか安全な場所に寝かせないとなぁ」
くてっと力の抜けた甘い香りのする体を抱き支えれば、視線の棘がより強く刺さる。
問、ここでこの危機感の足りないお嬢様を放置したらどうなるか。
「はぁ……手の掛かる娘だな、ほんとに」
しかし、酔っ払って前後不覚なお嬢様(?)の世話なんて、ボッチドラゴンだったワシには荷が重い。ここは、専属の侍女がいるのだから、彼女に任せるのが正解だろう。
「おーい、カエデ……」
「ひっく……ひっく……」
お前もかよ。
「なん、ひっく、ですか」
「大丈夫か?」
いちおう、訊いてみた。真っ赤な顔で半分閉じた目をみれば答えなんてわかるけどな。
「だいじょぶ!」
「うん、わかった帰ろう。そうしよう。——おっちゃん!」
ワシはエルフィとカエデを両腕に抱え、デカい杯をあおっていた村長に声をかける。
「おぉう、飲んどるかぁ、アッシュ坊?」
「もう腹一杯だ。連れが限界みたいだからそろそろカルラの街に帰るよ」
もちろん、半分嘘である。
「ダメだぁ、アッシュ坊。街の門はもう閉めちまう時間だよ。今日は泊まっていけぇ」
「まあ、あの飢えた狼みたいな視線がなければそれでもいいんだが。この村じゃ、たぶんワシが眠れん」
小脇に抱えた二人を持ち上げて見せれば、村長は鼻の下を伸ばしながら、ため息をついていった。
「たしかに、エルフィ嬢ちゃんもカエデ嬢ちゃんもべっぴんだもんなぁ。うちのかかあととは月とすっぽ——あだっ、かあだだっ、やめっ、すまっ、ごめ——あー」
ぬっと影から現れたおかみさんにやられ、村長はテーブルの上に突っ伏した。
おかみさんは、棍棒のようなものをぱちぱちと手のひらに打ち付けながら、豪快に笑いながら言う。
おかみさんの結い上げた燃えるような赤髪は明かりに映えて、炎そのものように、ワシには見えた。
「うちの亭主がごめんねぇ。あと私がでしっかり躾けとくから、多めにみてやって?」
「ていうか、そんなにぶったたいて大丈夫なのか? 死んでない?」
「あはは! これとは付き合いが長いからね。どれぐらいなら大丈夫かは、ちゃんとわかってるのよ。それに、女房の目の前で、他の女に鼻の下を伸ばしてたんだ。一回くらい死んでもかまいやしないさ!」
「そ、そういうものか?」
「そうさね。あんたもその二人の面倒を見続けるなら、覚悟をしときなぁ。女ってのは、惚れた男が別の女に馬鹿な顔さらしてたら、うっかり逸物を切り落とすくらいやりかねない生き物だからねぇ」
うんうん、と頷くおかみさんと、ちかくにいた村の女性陣。
「それは怖いな」
「ははっ、あんた大物だね。で、話はもどるけどアッシュ坊。寝床はいま用意させてるから、今日はうちに泊まっていきなよ。この娘らの貞操ならきにしなくていいよ。うちに男はこれと、よぼよぼのじいさんがひとりいるだけだからさ。この村の若い連中には、うちに忍び込もうって度胸のある奴はいないからね!」
いつのまにかワシらの周りから、突っ伏して起きない村長を除いた男衆は離れた場所でさわいでいた。おかみさんの言うとおりみたいだ。
「じゃあ、ご厄介になろうか」
「よかった。アイリス! こっちにおいで!」
おかみさんが一人の少女を呼んだ。すると、おかみさんを30歳くらい若返らせたような娘が踊り輪の、少し外れたところから駆け寄ってきた。
ちょうど、エルフィと同い年くらいだろう。
おかみさんから話を聞いたアイリスは、ワシを伺うように見て、言った。
「は、はい。お母さん。……あの、どうぞ」
「ああ、よろしくな」
「は、はい! こちらこそ!」
表情のころころと変わるアイリスに案内された部屋には広めのベッドが一つ。ワシはそこに酔いどれ娘二人を放り込み、ついてくるアイリスと共に宴会の席に戻った。
まだまだ、食い足りないのだ。
「あの、そろそろ起きてください、アッシュさん」
ワシは呼ばれて、目を覚ました。
「あ、ああ?」
寝ぼけた頭で状況を確認するが、よくわからん。それに少し頭が痛い。
どうやら昨日、肉のアテで飲んでいたあの白い酒が、思っていたよりも効いているようだ。
「おはようございます」
「……おはよう。アイリス?」
赤髪の少女が、ベッドの際に腰掛けていた。
「昨日はありがとうございました」
「?? こちらこそ?」
「エルフィさまとカエデちゃんが待ちわびてますよ。なんでも、クエストの達成報告をしにカルラまで急いで戻らないといけないそうです。とりあえず、これを着ていってください」
「あ、ああ」
アイリスに言われるがまま、ワシは渡された服をきて、背中を押されて連れ出される。
村長の家の前では馬車をスタンバイさせた二人とおかみさんが待っていた。
馬車の脇に立っていたエルフィから腕を引かれ、引き寄せられる。
「アッシュくん、遅いですよ」
「すまん」
彼女に言い知れぬ圧力を感じ、思わず謝ていた。
御者台に座ったカエデからは、じとっとにらみつけられる。
視線が痛い、がとりあえず、世話になったおかみさんたちに礼だけはしないと。
「世話になった。また用があるときは呼んでくれ」
「そうだね。何かあったら頼らせてもらうよ。ね、アイリス」
「はい、そのときはよろしくお願いします」
ワシは、なんだか改まったようすのおかみさんたちに、ちょっとしたむずがゆさを感じていた。
うしろから、カエデの冷えた声が降ってきて。
「アッシュ、早く乗って」
ワシは、心なし圧が強まったエルフィと、馬車に乗り込んだ。
「Fランククエストはあまり依頼達成までに時間制限があるんだから!」
カエデは馬車を飛ばした。あまりよろしくない感じで客室からきしむ音が鳴る。
「す、過ぎるとどうなるんだ?」
「依頼失敗で新しくクエストが発行されて、送れて達成報告をしても受け付けてもらえない。つまりただ働き。そして、1回目は注意されるだけだけど、2回目、3回目と重なると、降格される。白板のFランクだと除名」
「それは、こまる」
「アッシュはそれに加えて、未だ一文なしだから、お嬢様への借金が膨らむ」
「あ、カエデ。その話はしない約束でしょ!」
「なんの、話だ!? ていうかカエデ! この馬車大丈夫なのか!?」
「お嬢様、いずれ知れる事です。それに、黙ったままなのはアッシュにとってもよくありません」
「そ、そうだけど」
無視された!?
「いい、アッシュ? 私たちが泊まった『ログワードの入堂亭』は貴族がよく使う宿なの。当然、宿代は高い。具体的には一泊一人20シーバ。そして、アッシュがいま着ている服は、貴族向けに仕立てられたそこそこ上物で、一揃えでだいたい3シーバ。すべてお嬢様の懐から払った」
「それは気にしなくて良いんですよ。アッシュくんは命の恩人ですから!」
エルフィがずいっとよってきてそういった。
ワシは引きこもりのドラゴンだったが、なにも人の世の仕組みについて知らない訳ではなかった。そして、カルラに来るまでに一応、この国で使われている通貨のレートはカエデに教わってもいる。
最低単位が1ブローズ、100ブローズで1シルバ、1000シーバで1ゴル。これは単位だけで、実際には通貨を発行している国の信用度によってレートが変わってくるそうだ。
ワシが今いるダース皇国は、比較的信用度が高いので半分に割れた銅貨で1ブローズの価値がある、らしい。
街に来て、使った金額は23シーバ。
なんてこった、大金だ。
ワシみたいな駆け出しの冒険者が一日に費やせる生活費は良いところ100ブローズ程度らしい。
「で、今回受けた『ホーンラビットの討伐』の報酬は25ブローズ。これも、急いでぎりぎり。下手をすると依頼失敗で無収入。辛うじて、最初に集めたホーンラビット3体とレア種の魔石をギルドに買い取ってもらったぶんが1シーバにはなるけど、全然足りない。ちなみに、野焼きでもらえるはずだった特別報酬、約3シーバは、すべてアッシュの胃袋のなかに消えた。これがあっても足りないけれど」
「そ、それは」
やらかした、かもしれない。急ぐ馬車に揺られながら、ワシの首筋を冷たい汗が落ちていった。
「初日のもろもろは助けてもらったお礼として面倒をみたけれど、冒険者として仕事がとれるようになったなら、自分で生計をたててもらわないといけない。でも、この調子じゃアッシュは三日と持たない。——主に食費が」
「うっ」
「一晩で3シーバ分の食料を一人で食い尽くすなんて、アッシュの体は底なし沼かなにかなの?」
「いや、あれは遠慮なくと出されたから」
「それは裏を返せば金さえあれば、遠慮なく飲み食いに使うということじゃない?」
その可能性を、否定できないワシがいた。
「大丈夫! いっぱい食べれる男の子は素敵ですよ、アッシュくん!」
そんなエルフィのコメントがむなしく消えていく。
依然として忙しそうな街門を通り、ごった返してうっかり人を引きそうな大通りを抜けて、ワシらはギルドの裏手へと馬車を乗り入れた。
カルラ役場の一階の半分を冒険者ギルドが使っている。
もう半分は、どうやら倉庫だったようだ。
馬車でも徒歩でも関係なく、魔物の素材を搬入するときは絶対に裏手から入らなければいけないらしい。理由は、いろいろあるらしいが、表の広場を汚さないため、というのが主なようだ。
ワシらの持ち帰り品は既に毛皮と魔石にばらされているから関係ない。
ちなみに、ホーンラビットの解体はすべてカエデがやってくれた。
「なに、早く行くよ」
つんつんしていつも怒っているけど、彼女はとても有能な侍女なんだな、これが。
馬車をギルドの職員に預けて、勝手口から冒険者ギルドに入る。
「あああ! 見つけたぁ! やっと帰ってきたんですね!」
見覚えのない少女が、「絶対放さないから〜!」とワシの腕に飛びついてくる。目の端にはすこし涙もきらめいて見えた。
「あ?」
特に特徴のない顔立ちのどこにでもいそうな髪と目の色をした少女だ。ぶっちゃけ表の通りに数人はいそうな娘である。強いて言うなら、少し顔色が青ざめて震えている。
ワシ、往来でこんな少女に抱きつかれるような、良いことをしたか?
「ひっ、ごめんなさい。殺さないで!」
と思ったら。磁石が反転したみたいにワシから遠ざかった。さらに顔を青くしてその子をみて、ワシは首の後ろがムズムズするのを感じた。
この感じはあれだ。
「記憶はある気がするのに、思い出せない」
頭ではなく魂で記憶するワシに物忘れはありえない。こんなにもうずうずが強いということは、つい最近この少女とワシは会っているのだろう。彼女は受付嬢の制服を着ている。
「わ、私もです」
エルフィもらしい。
目を細めて不審なギルド職員の少女を睨んでいたカエデが、ぼそっと言った。
「……アンティネラ」
「ああ!」
ワシとエルフィ、二人そろって手を打つ。あの派手な化粧と名札がなくてわからなかった。
「すみませんね、化粧を落としたら特徴のない顔で、ほっといてください!」
「わかった。それで、何の用だ? ワシらは急いでクエストの完了を報告……」
「そんなの後でいくらでもしてあげますから! とにかく来てくださ!」
顔を真っ赤にしたり真っ青にしたりと忙しいアンティネラに腕を引かれ、ワシらはロビーの奥にある訓練場にやってきた。
奥の方には一昨日見たまま、たわわに実をつけたデカい鉢植えが置いたままになっている。
「何事だ、これは?」
そのほかの空間は、わりとみっちりと厳つい風貌の男たちがひしめき合い、訓練場に入ってきたワシを、にらんでいた。
アンティネラはてててーっと、男たちの視線の間をなんか見事な身のこなしで駆け抜けていき、とある人物の横に控えるように立つ。
「お前がアッシュ・フォートロイか?」
この空間の中でもひときわ厳つい見た目の男は一歩前にでてくるとふんぞり返って。
「俺がカルラ支部のギルドマスター、ロメロ・カーティスだ」
と名乗った。
ワシの倍は大きい巨体にずいぶんと影の濃い筋肉をうならせている。心なしか、黒いオーラのようなモノがしみでているように見えた。
「そうか。で、なんの集まりなんだこれは?」
「これだけの冒険者に囲まれて、ずいぶんと生意気な口を叩くじゃないか」
ひしめく彼らはご同業らしい。
昼時も近づいているのに、こんな場所で油を売っているなんて、良いご身分なんだなぁ。ワシは一刻も早く次のクエストを受けたいのにさ。
「あいにく、生まれてこの方、恐怖というものには縁が……一度だけあったが、おっさん達なんか比べものにならないくらい強大な相手だったから、ぜんぜん気にならないな。むしろ、暑苦しいし、くさい。あと……」
殺気のこもった視線が飛んでくる。エルフィが身をこわばらせていたので、なんとなーく魔力の皮膜で二人を覆ってみた。効果ありだ。
「冒険者なのに、クエストも受けずこんな場所に集まっているなんて、暇なのか?」
ワシがそう言うと、怒濤のようなヤジと怒声が飛んできた。
「あー……騒がしいぞお前ら! あとで良いようにしてやるから少し黙ってろ!」
ロメロが一喝し、シンとする。すげー。
「アッシュ・フォートロイ。お前には、冒険者登録情報を虚偽申告した嫌疑がかかっている。よって、真偽を確かめるため、この場でもう一度試験を受けてもらおう」
「ああ、わか——」
「ちょっと待ってください! どういうことですか!? アッシュくんが嘘をつくなんてあり得ません!」
エルフィがずいっとワシの前に立って、ロメロにかみついた。
「そうです。彼は『山河の民』ですよ。そんな知恵が回るはずないじゃないですか」
今度はカエデが、前に飛び出たエルフィを引きずり戻しながら、はっきりと意見する。なんでこの娘はいつもワシの悪口っぽいことを言うのだろうね。もしかして、嫌われてるの?
「まあ、おちつけ」
内心ドキドキするワシと正反対に、ロメロは二人にかみつかれても表情一つ変えずふんぞり返ったままだった。
「このアンティネラ・トートラジーに詳しく聞いたところ、お前が試験の時戦ったのは『ウッドゴーレム』ではなく、『千年樹ゴーレム』だと、間違いないか?」
「そうだ」
周りのおっさん達がざわざわする。
その中の顔に大きな傷があるちょっと小太りな一人が前に出てきて叫んだ。
「そんなわけねぇ! お前みたいなひょろっこい小僧があれに勝てるはずがねえんだ! おれは10年まえのカンテー平原の戦いで実際にあれとやり合ったことがある! てめえなんかじゃ手に負えねぇ代物なんだよ!」
「だ、そうだ」
ロメロがそうついで、ワシの顔に穴をあけるのかというほどみつめてくる。ワシにはおっさんに見つめられて喜ぶ趣味はない。
「そういわれてもなぁ」
「ああ、だから、実際に戦って証明しろ。安心して良い殺しはしない。ただ、負けたときは相応のペナルティがある。覚悟しておけ」
「横暴です!」
「実力を証明すれば、相応のランクに格上げする事を約束しよう」
「うーん。もともと、ワシはクエストの完了報告に来たんだが、まあいい。やるならとっとと始めよう」
衆人環視のもと、千年樹ゴーレムが姿を現す。
その巨体に、周りのおっさん達はおののき、ロメロは相変わらず無表情で、アンティネラは何かを諦めたような顔をしていた。
前回の戦いを思い出す。
うっかり、カウンターでコアを潰し、どろっと甘ったるい液体をかぶってしまった。いま来ている服はそこそこ良いやつらしいので、あのときの二の舞は避けたいところだ。
「そういえば、一応あれも果実なんだよな……。甘さと香りはなかなかよかったし」
「アッシュくん?」
少し離れていても、エルフィはしっかりワシのつぶやきを聴いていたらしい。
「朝飯、まだだったよな」
おかみさんとアイリスに見送られ農村をでてからここまで、思えばなにも食べていない。
「というわけで、ちょっと焼いてみるか」
「何をですか!?」
「あれ」
ドスンドスンと歩いてくる巨体を指さして、ワシはエルフィに笑いかけた。
そうなれば、ほどよく焼くにはどうすれば良いか。昨日の野焼き作業で、ファイアーボール(微笑)を使い続けて、なんとなーくわかってきた事がある。
ワシの魔法は、元ドラゴンだったせいか、1回の魔法にこめていた魔力が濃かったのだ。
昔の冒険者のまねをして、ファイアーボールがうっかり、ドラゴンブレスになったのはきっとそのせいだと思われる。
火力を出したくないなら、あまり魔力を込めずに魔法を使えばいい。
まあ、頭ではわかっていても、魔力の操作というのは一朝一夕でできるものではない。
そこで、昨日の野焼きの経験が生きてくる。
ワシは、ファイアーボール(微笑)を目の前に作り、千年樹ゴーレムを多い包めるくらいに薄く薄く引き延ばした。固まっていれば煌々と光を放つそれは、密度を薄めたせいか肉眼では見えなくなった。ただ、すこしもやっとした膜が広がっていく。
千年樹ゴーレムは、いびつに改造されているとはいえ、元をたどれば妖精だ。ワシが自由に魔力を認識し操れるように、あれにもうっすらと見えているのだろう。
自分を包み込もうとする魔法に殴りかかる。
だが、見えないとはいえ炎に樹木が触れるとどうなるかは一目瞭然だ。
ゴーレムの拳があっという間に炭化してしまっていた。
「っち、あれじゃ食えないな」
「食う、あいついま千年樹ゴーレムを食うって言ったのか?」
ロメロが隣のアンティネラに問いただしている。声はいかにも常識を疑っているのに、表情はさすがの鉄仮面だった。ギルドマスターというのはいろいろ苦労があるのだろう。
「動けないようにしてやる」
非常に神経を使うが、広げた『膜状のファイアーボール?』をゴーレムの体表に沿って変形させていく。
やがて、ワシを潰しに接近してきたゴーレムは、皮膜に包まれて動かなくなった。
あとは、頃合いをみて焦がさないように焼けば、焼き千年樹ゴーレムの完成だ。
「あの大きさだと、芯まで熱が通るのにざっと10分くらいか」
「……やめだ」
「ん、なにか言ったかギルドマスター? モノはデカいからな。味の保証はできんがちゃんとわけてやるぞ」
「いるかこの化け物め!? 千年樹ゴーレムを焼いて食べようだなんて、その頭はとち狂ってんじゃないのか?」
「失礼な」
ワシはじとっと、ロメロを睨むと、ポケットから枯れた草の筒を取り出して、火を灯し、煙を噴かし始めた。あれがたばこか。まずそうな匂いがする。
「っふ〜……あー、全員聴け!」
ロメロは一服して気が済んだのか、再度注目を集めて言った。
「これをもってアッシュ・フォートロイの実力をBランク相当と認める。異議のある奴はいるか?」
ロメロのその問いに、だれも、声を上げなかった。
ちなみに、焼き千年樹ゴーレムのお味は、やはりすこし甘ったるい感じがあるものの、焼いてみればとろっとした果肉の触感と芳醇な香り、そして少しの酸味がきいて、けっこういけた。
それでもワシはフルーツよりもやっぱりジューシーな肉がすきだ。
しかし、エルフィとカエデ、そしてアンティネラは恍惚としていたことは覚えておこう。
やっぱり、少女は甘い物が好きらしい。
ロメロの「解散!」という号令で、暇を持て余した冒険者達が散ったあと。
ワシは、諸々の手続きが必要だからとギルドマスターの執務室に連れて行かれた。ちなみに2階にその部屋はあった。あと、エルフィたちはなぜか遠ざけられている。
樹の風合いをふんだんに使った調度、至る所に並べられた植木鉢。まるで林の中にいるみたいな部屋だった。その主は、大きな執務机の向こうに置かれたロッキングチェアに荒々しく座り込む。
「それで、諸々の手続きってなんだ? ワシは早く次のクエストを受けに行きたいんだが?」
ワシは、疲れた顔のロメロを見下ろして、言った。
「はぁ……おまえ、まだなにかやるつもりなのか」
「言っただろ。ワシは『山河の民』とやらで、いまはほぼ一文なしの状態だ。早くクエストを受けて、飯のたねを稼がないといけないんだよ」
「はあ、わかった。わかった。ギルドカードを出せ」
ワシは首に提げていたギルドカードをロメロに渡すと、ロメロはぼそぼそと呪文を唱えて、カードに魔術を施した。
ギルドカードが白から銀色に変わっている。
「これで、お前はBランクの冒険者だ。いわゆる『銀』、高級冒険者だな。銀以上の冒険者とそのパーティには、ギルドからクエストの紹介がある。逆にD、E、Fランクのクエストは受けられないから注意しろ。一応、受けてもかまわんが報酬は発生しない」
「そうなのか——ちなみに、昨日臨時で受けた野焼き作業のランクって何になるんだ?」
「あれは……Fだが、あんなまねはもう二度とするな。今日集まってきていた奴らは全員、お前が一人で野焼きを終わらせてしまったせいで仕事からあぶれた奴らだからな」
「そ、そうなのか」
知らず知らずのうちにけっこうとんでもないことをやらかしていたらしい。
「あと、お前らには専属の受付嬢をつける。下の面談室で待たせているから。そんなにクエストがほしいなら今すぐ行ってこい」
「おお、そうなのか! ほかにしなきゃならないことはないのか?」
「ない、さっさといけ、仕事の邪魔だ、この野郎」
最後はしっしっと手を払われて、ワシは執務室から追い出された。
しかし、嫌な気持ちはしない。
「ここは人間が主体の国だと聴いていたが、エルフもいるんだな」
しかも、女性の身でギルドマスター、よくわからんが魔法で姿を誤魔化して、あの柄の悪い冒険者をまとめるには苦労も大いに違いない。ワシは次、ロメロに会ったらあまり攻撃的にならないようにしようと、心に決めた。
まあ、今は置いておいて。
一階の受付カウンターの端についたてで区切られた場所がある。ワシは、面談室と掛札のされたドアをノックして、返事がきてから扉を開いた。
すこし狭いが、テーブルのこちら側にエルフィとカエデが椅子に座っている。その向こう側にいたのはアンティネラだった。わしは、エルフィとカエデの間に残された椅子に腰掛けた。
「このたびは」
ワシが座ったのと入れ替わりにアンティネラが立ち上がり。
「おめでとうございます。本日より、アッシュさまがたの専任受付嬢となりました。アンティネラ・トートラジーと申します。よろしくお願いします」
深く腰を折る。
「ああ、よろしく。じゃあ、さっそくクエストを紹介をしてくれ」
顔を上げたアンティネラをみると、とんでもなく汗をかいていた。さっきまでわりと平然としていたのに、もしかして急病だろうか。
「はい……あのぉ……その……」
「どうした、具合でも悪いのか?」
きょろきょろ、とワシの両隣に視線を泳がせて、彼女は叫んだ。
「この町にはアッシュさまに依頼できるクエストがございません!」
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