第2話 想像とは少し違った神々

 上も下も地平の何処までも波打つきらめく水面に封じ込まれたような空間で佇んでワシは途方に暮れていた。

 

 なあ、ワシはどうすればいいとおもう?

 

 両脇を無表情で佇む巨人たちに挟まれ、目の前には頭のおかしい少女に立ち塞がれているだが。

 

 このよくわからん状況で、いろいろとおかしな少女が「自分は創造神だ!」なんて戯言を言うものだから、いったいどう返事をしたらいいのかわからない。



 ワシと少女の間に痛い沈黙が漂っているよ?


 じっと目が合ったまま、少女はなぜかわくわくした様子で笑っていて、これがまたなんとも気まずい。

 何かを言わなければと、ワシは口を開くが。

 

「す——」

 

「す、崇拝してます? いやあ、面と向かって言われると、なんだかうれしくもあり恥ずかし——」

 

「すみません。よくわからなかったのでもう一度お願いします。さっきなんと言いました?」

 

「え、あれ? おかしいな〜、先輩の記録じゃ結構ノリの良いドラゴンだってあったのに。遺体の損壊が激しかったから、魂の一部を欠損してたんですかね? ほら、ここはもっとウェットな驚きとか、信仰する神様に出会えて感動する場面ですよ? ねえ、あなたたちもそう思うでしょ?」

 

 いえいえ正直に言って、無理ですよ?

 

 ワシは心のなかでそう思った。

 

 そばに控える巨人達は相変わらず無表情で、しかし少女の言にはうんうんと同意を示すように首を振る。まるでこの巨人の少女の操り人形のような様子だった。気味が悪いし、彼らが自分よりも巨大であるせいか、翼の皮膜がピリピリとむずがゆくなる。これは人間がよく言う背筋が寒くなる、という感覚だ。ドラゴンである身ではなかなか感じることがないやつだ。


 

 彼らの力の強大さをワシの魂の芯——本能が感じ取っている。


 

 この巨人達は、少なくともワシよりも強いのだろうな。

 

 神かそれに近い存在である、ということは間違いではないのだろう。

 

 しかし、違う。目の前の巨人、いや巨神の少女は創造の女神様ではない。だってワシは一度だけ、神殿守となったときに本物の創造の女神様を拝見したことがある。

 

 その記憶は999年もまえの事ながら、ワシの魂にしっかり刻まれている——羞恥と共に。

 

 今では懐かしい思い出だが、生まれて間もない時、創造神様を拝んだ瞬間にワシってば背筋を駆け抜けたゾワゾワに驚いて、女神様の前で粗相をしたのだ。

 

 しかし、創造神様はそれを叱るでも蔑むでもなく、創造と対になる神の権能ですぐさまなかったことにしてくださった。

 そんな、ワシの知る創造の女神様は、もっとこう豊かで、すべてを許容する、まさに世界の母と言って過言ではないお方だったのだよ。

 

 決して、こんなちんちくりんなテンションの少女ではない。

 

『きっと君は忘れているのさ☆』、みたいなノリで指を弾いてウインクする自称創造神の少女なんて、もうどうしようもなく完全に別神だ。そうとしか考えられない。

 そう結論づけた途端、あの方を騙る怪しい巨神に下手に出るのがなんだか馬鹿らしくなってきたぞ。

 

「なるほど」

 

「そうです。私が創造神です!」

 

「それで、本当の創造の女神様は何処へ?」

 

「へ? だから何度も言ってますけど〜私が創造の女神ですよ!」

 

「……本当の事を教えていただきたい」

 

「えっと〜、もしも〜し? 私が創造神ですよ〜。ドゥーユーアンダスタン?」

 

 ワシの中にむくむくと膨れ上がる正体不明の衝動。

 

 吐き出したいこの気持ち。言ってもいいだろうか?

 

 これ以上の騙りはいくら生まれて一度もキレた事の無いワシでも許容できない。

 

「もしも〜し」

 

 大きくいきを吸い込んで、腹のモヤモヤと混ぜる。よーく混ぜる。

 では言ってみよう。

 

「お前のようなちんちくりんでふざけた子供が創造の女神様なわけなかろうがぁぁぁぁ!」

 

 ゴパァァァァァァァァァァアアアアアアアアァァァァァァァァ————っとワシの口から極太の極光線が放たれる。

 

「ふあああああああああああああああ!?」

 

 それに、立て宙返りで吹き飛ばされた巨人の少女は、大きな水柱を立てて落下した。

 パチパチとワシの真っ白な鱗を水滴が濡らし、同時に拍手の雨も降り注ぐ。


 左右の巨人達が何に反応したのか、これまた無表情なままバチバチ手を叩いていた。

 

 ほんとにこいつらは何なんだ、と思い身構えたままでいると、自称創造神がぷかりと水面に浮上してきた。水に濡れた貫頭衣が体のラインにぴったりとくっついて、少女だとは言いにくい山が二つ現れている。

 

「ふ、ふふふ、なかなかいいツッコミでした。さすが1000年の時を積み重ねたドラゴンのブレス! いいですぅ……うふふ!」

 

「うわ」

 

 どうしようあれ。

 

 山を揺らしながらゆっくりと立ち上がった自称創造の女神(マゾヒスト?)な少女は、若干怪しい足取りでパシャパシャと歩いてくる。骨身に響いているらしい。

 

「さてさて、遊びはここまでにしましょう」

 

 ワシは距離を保ったまま、途端に雰囲気の変わった少女に警戒の目を向けた。我慢できずにぶっ放したのを今さらになって後悔する。

 

 いくら怪しげでも、巨人達はどうやら神のようだ。証拠を見せつけるように少女が手を一叩きすると、何の魔法か濡れ鼠のようすが元の綺麗な状態に、まき戻った。

 

「改めて旧大神殿の守、聖城竜アッシュの定年退職行事を執り行います」

 

 列に並ぶ巨人の一人が、ラッパを吹くと、頭上の水面から幾条もの光の梯子が降りてきた。

 まるで天国のように様変わりした辺り一帯に、ワシびびる。なんかへんなあざながついてた。

 

「聖城竜アッシュ一歩前へ」

 

 動けないワシに、少女の笑顔が刺さる。そして、目だけが笑わずに語りかけてくる。曰く、「はよこいや」と。

 

 びびりながら一歩前へ。

 

「聖城竜アッシュ、其方の1000年の献身的な働きにより、13番目の世界『ディステッド』は大きな破綻無く、健全な成長を遂げました。よってここに其方の献身を称え、創造神『アフロディーテ』の名において、神の奇跡をひとつ与えます。さあ、何でもいい、望みを一つ言ってみなさい」

 

 なんだかよくわからないがきらめきだした少女と反対に、ワシは大理石の彫刻のように固まる。

 

 一体全体何がどうなっているのか。最初から説明してほしい。

 

「さあ、望みを言ってみなさい」


「さあ」

「さあさあ」

「さあさあさあ!」

 

 整列した巨人達も含めた催促の合唱。

 

「う」

 

「う?」

 

「うるさあああああいっ!」

 

 思わず天にむけてブレスを放つと、「さあ」の大合唱がピタリと止んだ。

 

「一から説明してくれ。ワシはもう何が何だかわらない!」

 

「え〜? めんどい」

 

 ブチッと響く堪忍袋の緒。ワシは開いた口が塞がらない。

 

 さっきまでの荘厳な雰囲気が霧散した神らしき少女が極光線と共に宙を舞った。整列する巨人のどこかから「ぷっ」と噴き出す声が聞こえたのは気のせいじゃないはずだ。




 とんだ茶番だ。

 

 いつまでもこの訳のわからない茶番に付き合っていたら、ワシは非常に後悔する気がする。だから、いろいろと目を瞑ろう。この見た目だけは絶世の美しさをもつ巨人の少女を神だと思うから、彼女のペースで事が進むのだ。

 

 というわけで、ワシはこの場にいる巨人達を神殿の裏手にあった水場の影によく生えていた狂言回しのマンドラゴラと思うことにした。一株群生で無限に生えてくるマンドラゴラはワシのおやつけんちょっとした話し相手だった。まともな話ができる個体は数百株に一株くらいの確立だったが、長い神殿守としての生活にはずいぶん重宝したものだ。

 

 マンドラゴラなら、最悪喰ってしまっても問題ないだろう。

 

「いやはや、創造神相手に本気のブレスを喰らわせるなんて、見かけによらず過激なんですねぇ」

 

「ワシの知る創造の女神様は一人だけだ。お前じゃない」

 

「私も、というかここにいる神は全員創造の神ですが? 無礼では?」

 

「ワシの信じる創造神様はここにはいない。だから礼を尽くすにも値しない。そもそも、『我が言葉を信じてもらいたければ初めから誠実であれ』とは、あのいつまで経っても懲りない冒険者でさえわきまえている真理だろう? その程度がわからない神など騙るに落ちるばかりじゃないか?」

 

「いえ、人間の価値基準をわれわれ神族に当てはめられても困るのですよ」

 

「ならば、創造神であるという証拠を見せてみろ。ちなみにワシは意識が起こってから、ここが今際の夢なのか、それとも死後に連れて行かれるという神の世界なのか疑っている。もしワシの夢の世界なら、最後の思い出にドラゴンらしく暴れて壊して食い散らかしてみようかと思っているから」

 

 神殿の巨大な柱を削る牙を、にぃっと見せつける。

 

「うぇ、なに言ってるんですか。ここはアッシュくんの言う神の国ですよ!」

「証拠」

「ええ!? ええっと……」

 

 夢か現実か、その証明方法に悩む少女に、黙って成り行きを見守る巨人達の中から、一人だけよぼよぼの老爺が進み出てきて耳打ちした。「その手があったか!」と、手を打って少女は言った。

 

「わかりました。では、アッシュくんが唯一信じるアフロディーテ先輩とすこしだけ、話させてあげましょう。ちょっと待っててください」

 

 少女が目を閉じる。すると、まるで内側から光が湧き出ているみたいに、ぼんやりと少女の体が発光しだした。まるで本物の神を目の前にしているような威圧感を感じ、ワシはゴクリと喉を鳴らす。「忘れてはいけない、これは変種のマンドラゴラだ」と、言い聞かせなければ、簡単に飲まれてしまいそうだった。

 

「あ、もしもし〜。お休み中に済みません……。実はちょっと困った事がありまして……はい……はい、そうです。う、ち、違いますよぉ! ——っごめんなさい! ……はい。おねがいしますぅ」

 

 少女が泣きそうな顔で虚空に懇願すると、カッと光が強まり、視界を塗りつぶした。

 

 閃光が晴れて、ワシの目に飛び込んできたのは……。


 

「言葉を交わすのは何年ぶりかな? アッシュ」


 

 ワシはただただ頭を下げて、値に平伏するしかなかった。目の前に創造神様がいらっしゃったのだ。どうしよう、何の心構えもなくご尊顔を目の当たりにしてしまってちびりそう。

 

「済まないが、私は今、所用で出かけていてね。留守を頼んでいたんだが——迷惑をかけたようで申し訳ないと思っている」

 

「め、滅相もありません!」

 

「そうか、助かるよ。今日直接会えなかったのは本当に残念だ。君の寿命が尽き、役目を終えて私の元に来るのを楽しみにしていたから」

 

 背筋に緊張とは別の震えが走った。

 

「ワシはずっと、頑張ってきたかいがあったんでしょうか」

 

「もちろん。私は其方の献身に報いたいと思っている。だから望みを教えてくれないか? 生まれ変わるか。ああ、私の守護竜になるのもいいだろうね」

 

 創造神様に願いを叶えてもらえる? ワシが?

 

 良いのだろうか。

 

 言ってしまえばワシってば、たまにやってくる冒険者を追い返す以外は、引きこもっていただけなんですけど。

 

「そんなワシは……」

 

「其方の願いはなんだい? 遠慮は無用だよ。私はいつでも其方を受け入れる」

 

 そう言われると、なにか言わないといけない気がする。

 ワシの願い……。なにか、会ったよな。そうだ!

 

「冒険者になって冒険がしてみたい、です」

 

「は?」

「え?」

 

「わ、私の元に来たい、とかではなく? 冒険が、したい?」

 

「え、ええ。ダメでしょうか?」

 

「い、いや。良いと思う! うん、ずっと神殿守としてこもりっきりだったのだろうからな! 冒険、良いと思う!」

 

 なぜか、創造神様は背を向けてしまった。やっぱり、ドラゴンが冒険者になってみたい、だなんてダメなのだろうか。でも、言葉では良いと言ってくれている。

 

「そ、創造神様……」

 

「そうなったら善は急げだ。すぐにでも地上に送り届けよう」

 

「ま、待ってください。別にそんなに急がなくても!」

 

「いいや。ドラゴンの感覚でいたらだめだ。人間の一生は光のような早さで過ぎ去っていくのだからな!」

 

 創造神様はそう言うと、指を鳴らした。ワシの絶っていた水面がにわかに泡立ち、大きく波打つ。

 

 そして、逃げる暇も無く、ワシの巨体を飲み込む程の巨大な渦が発生した。

 

 ワシは羽を広げ飛んで逃げようとするが、一歩遅くに足を捕まれた。

 

「創造神様ぁあああああ!」

 

「達者でな」

 

 ワシが意識を失うまで、そんなに時間は掛からない。だってワシ、生まれてこの方一度も泳いだことなんか無かったんだよ?

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