第5話

 ……。

 …………。

 ………………。


「おい相沢、お前と組みたい奴いないみたいだぞ」


 しかし池野先生は俺の死を良しとしなかった。いや、違う。この人は俺の死を認知していなかった。死んだことに気付かず、尚もナイフで突き刺し始めたのだ。


「本当に誰もいないのかー? うーん、こりゃどうしたもんか……」


 先生は低い声で唸り始める。恐ろしくなるほど長い沈黙が続いた。それに耐えかねて誰かが手を挙げてくれるなんて展開もなく、


「よし分かった! じゃあこうしよう」


 ぽんと手を打った池野先生は、大胆にも俺と肩を組んで満面の笑みで宣言した。


「今日から俺とお前でタッグを組もう。なーに安心しろ。俺は元々ギターボーカルだったから即戦力だ。今でもこの部の誰よりも上手い自信があるぞ。俺とお前でこの学校の伝説を作ろう! よろしくな!」


 ニヒヒと笑う池野先生。そして全てを丸く収めるために巻き起こる盛大な拍手。


 終わった。


 俺の青春、まるごと全部黒歴史だ。

 確信した俺の意識は遠く、いよいよ以て視界はブラックアウトしていく。

 人という生き物は立ったまま気絶できるらしい。伝説の幕開けに相応しいエピソードを作ってしまった。



 夢を見ていた。

 夢の中の俺は視聴覚室の舞台に立っていた。

 前方から飛んでくる視線はとても温かい。誰もが我が子の晴れ舞台を見守る親のような眼差しを送ってくれている。その視線に晒される俺はとても張り切っていて、頬を朱く染め鼻息を荒くしている。それは勿論、池野先生だって同じだ。


「こんにちはぁ! きょうはぼくといっしょに、でんせつをつくっていきましょう!」


 俺のMCに対し熱狂的な拍手が返ってくる。

 そして思ったんだ。

 こんな青春も、悪くないんじゃないかなって。


「いや良くねーだろ! 地獄か!?」


 激しいセルフツッコミと共に目を覚ました。勢いよく起き上がった顔に強烈な西日が差してくる。それで少し冷静になって辺りを見回すと、どうやらここは保健室だってことが分かった。


「おっ、気が付いたか」


 カーテン越しに声が聞こえてくる。池野先生だ。ペラっとカーテンを捲って中に入ってきた先生は、ベッドの前に設置された丸椅子に腰かける。


「まさかいきなり気絶するとはな。流石の俺もテンパったよ」

「すみません……」


 笑い話に変えてくれる先生にヘコヘコと謝る俺。あぁ、穴があったら埋まりたい……。


「いいよいいよ、それよりもう体調は大丈夫か?」

「はい、おかげさまで」

「そうか、そりゃよかった」


 池野先生はほっと息をつく。

 それからおもむろに指を二本立ててピースサインを作り、


「良い知らせと悪い知らせがあるんだが……どっちから聞きたい?」

「悪い知らせからお願いします」


 即決した。

 いやだってもうこれ以上悪いことなんて早々起こらないでしょ。まだあるなら寧ろ一周回って楽しみだわ。

 そんな開き直りとも取れる俺の即決っぷりに先生は笑いながら、


「残念ながら今日を以て俺たちは解散だ。理由は……そうだな、方向性の違いってやつだ」

「方向性の違い……」


 解散の理由でよく聞くやつだ。だがどうしてこのタイミングでそんなことを告げられるのかさっぱり理解が追い付かない。しかし池野先生はそんな俺を待つことなく、


「続いて良い知らせだ。お前とバンドを組みたいって奴が現れた。どうもあの場で手を挙げるのは恥ずかしかったらしい。まあそりゃそうだよな」

「ほんとですか!」

「あぁ、さっき部活は終わったがまだ部室で待ってるはずだ。行ってこい」

「ありがとうございます!」


 すぐさま走り出した。

 誰もいない廊下に俺の足音が響く。その音を聞いてるだけで自分がどれだけ興奮しているか分かった。

 ブレーキもかけずにほぼ直角で曲がる。知らない生徒とぶつかりそうになる。間一髪で避けてから大声で謝って、そのまま視聴覚室に向かっていく。


 呼吸を整えることもなく思いっ切り扉を押した。そこで一度立ち止まり、部屋全体を見渡す。しかし誰もいない。俺の鞄だけが寂しげに机の上に残されている。

 今度は後方を見る。いた! 何故かは分からないけど一番隅の席に固まってい


「…………え?」


 俺は目を疑った。

 やり直しと言わんばかりに目を擦って、もう一度そこにいる生徒を見る。

 やはり見間違いではないらしい。

 それでも俺は上手く現実を呑み込めなかった。


 だってそこで俺を待っていたのは――四人の女子だったのだから。


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バンドを組みたい人生だった ナツメ @chaunen

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