第4話


 そして、運命の金曜日がやってきてしまった。

 一体俺はどうなってしまうんだろうか。なんだかんだと言いながらも緊張している自分がいる。授業なんて当然頭に入らないし、昼飯が何だったか食った瞬間に忘れてしまった。


 そもそも俺は顧問の池野先生とやらを見たことすらない。そんな人間に俺の命運は託されているのだ。最早それは判決を待つ被告人のようなもんだろう。生きた心地がまるでしない……。


 不安な足取りでたどり着いた視聴覚室の重い扉を押し開ける。

 残念ながら俺のことを待ってくれている優しいあの子なんてのは存在しなくて、そこにいるのは自分の青春が輝かしいものになると信じて疑っていない彼彼女たちだった。暗い顔をしている人間なんて誰一人として存在しない。


 どうやら今日は一年生のみで部活が行われるらしい。全員が前の方の席に着いていた。そしてバンドごとに座っているせいだろう。所々で一席ずつ空白ができていた。座る席を考えて、結局なるべく目立たないように一番右側の席を選ぶ。


 程なくして池野先生がやって来た。


「おっ、もう準備万端だなー」


 そんなことを言いながら先生は舞台に上がっていく。何の変哲もない三十代半ばぐらいの男教師だった。あえて特徴を上げるならば、スラリとした体躯で少し気が強そう。運動部の顧問だって言われても全く違和感はなかった。


 池野先生は最前列の生徒と談笑している。その話にキリが付いたところで前を向いて、


「それじゃあミーティングを始める。今日はバンドの結成報告と目標の発表をしてもらうから。順番は……まあこっちからでいいか」


 左前列のバンドを指名する。指名されたバンドは張り切って立ち上がり、舞台に上がっていく。そしてバンド名、各々の自己紹介、目標発表を難なく始める。


 その繰り返しだった。


 一つ、また一つと発表が終わっていく度に心臓の鼓動が大きくなっていく。ま、まさかここまで淡々と進んでいくとは……。正直、俺と同じような部員が何人かはいるだろうと期待していたのに……。


 残念ながらそれは幻想だったようだ。

 いよいよ俺の前に座っているバンドが立ち上がり、舞台に上がっていく。

 メンバーが横一列になって並び終えたその時だった。


「ん、ちょっと待て。それで全員なのか?」


 池野先生が不思議そうに首を傾げて呼び止める。それに対し舞台に上がった生徒たちも首を傾げ、「はい」と正直に答える。


「じゃああいつは?」


 先生の視線がこっちに向いたのが分かった。そして全員の視線がこっちに集中する。俺はその瞬間にフリーズして、気まずい沈黙が訪れてしまった。どうやら池野先生はそれを見て瞬時に悟ったらしい。


「よし、とりあえず発表を続けてくれ」


 その言葉に一早く反応した生徒が舞台上で自己紹介を始める。全てが終わり、拍手が起こった後に池野先生が舞台に上がり、ひょいひょいと俺のことを手招きした。俺は今、どんな表情をしているんだろう。まあ顔面蒼白なことだけは間違いあるまい。


 舞台に上がった。それと同時に先生から質問が飛んでくる。


「名前は?」

「あああ相沢大樹です」

「んー、記憶にないな。ちゃんと入部届出したか?」

「たたた担任の上山先生に今週ワタシマシタ!」

「なるほど、それでまだバンドを組めてないってわけか……」


 渋い顔で考え事を始める池野先生。それに対し俺は壊れた機械のように何度も頷いて一人でヘドバンを決めている。


 ──それはあまりにも突然の出来事だった。


「おい誰か、相沢と一緒にバンド組みたい奴はいないか?」


 その瞬間、空気は死んだ。

 殺されてしまったのだ。あまりにも無慈悲なその一言によって。


 そしてもれなく俺も死んだ。

 思い付いてしまったのだ。俺にしか詠えない、辞世の句を。


 キーボード 持てど挙がらぬ 立候補

                                    相沢大樹


 あぁ、バンドを組みたい人生だった……。

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