第3話
先輩に先導されて舞台袖に行く。奥の非常扉を開けるとそのまま外に繋がっていた。どうやら裏口ではここが最上階らしく、バルコニーになっている。見上げれば空、座ることに抵抗がない程度には綺麗なコンクリート、そしてぽかぽかとした春の日差し。規模を縮小させた屋上がそこにあった。
「皆ここでよくギターとか練習してるよ」
「へぇ……」
そんなぎこちない会話をしながら二人して地べたに座る。俺の正面で堂々と胡坐をかく先輩は、いつのまにかごついケースを背負っていた。
「なんですか、それ?」
「それよりもまずは自己紹介だ」
何処となく楽し気な先輩は少し胸を張って、
「私は黒木場成美。三年生だ。短い間だけどよろしくね、一年生君」
「俺は相沢大樹って言います。……よろしくお願いします」
二人してペコリとお辞儀。その後に黒木場先輩はクスクスと笑って、
「君は随分と社交的だね。どうしてぼっちなんてやってるんだい」
「えっと……まあ、成り行きというか、気付いたらこうなってたと言いますか」
と言うか俺なんて全く社交的じゃないだろうに。こうやって向こうから話し掛けてくれてるからなんとか対応できているが、教室にそんな優しい人間は存在しない。俺みたいな何の特徴もない人間は、積極性がなければ自ずとこのポジションに落ち着くのだ。
「ふーん、まあ分かるよ。私もそうだったからさ。君と同じように気付いたらぼっちになっていて、それを脱却するために慌ててここに来た。時期も殆ど同じだったから二年前の私を思い出しちゃったよ」
「え、先輩がですか?」
とてもそんな風には見えない。
「あぁ、人見知りでね。特に同い年と喋るのはどうも苦手だったんだ」
「あぁ……。でもそれ分かります。俺も昔から年上の人の方が会話が弾みましたね。どうしてかはあんま分かんないですけど」
「話が合うねぇ。ますます嬉しいよ」
黒木場先輩は優しく微笑んで、
「バンドは好き?」
「うーん……」
若干答えあぐねてから、
「興味はあるんですけど、好きって言えるほどよく知らないんですよね」
「だったらここでバンドを組むのは結構難しいと思うなー。新入生は毎日バンドの話で盛り上がってるから。それで意気投合してバンドを組むって流れが結構王道だし」
「で、ですよねー……」
後先考えずここに来た俺だが、第三者からすれば『なんでお前ここに来たんだよ』って話だ。その蓋を開ければ打算の塊みたいな理由しかないのだから、教室以上に俺に興味を持つ人間はいないだろう。ってあれ、これ、結構詰みなのでは……?
生まれた沈黙の中で途方に暮れる俺。
そんな俺を見て、黒木場先輩はますます楽しそうに笑っていた。
「いやー、まさかここまで同じ流れをたどるとは。偶然ってのは怖いものだ」
昔を懐かしむかのようにそんな独り言を零して、
「さて、そろそろ本題に入ろうか」
背負っていたケースを地べたに置いた。チャックを下ろしながら話を続ける。
「これは私の先輩の受け売りでね。こいつはぼっちにピッタリな楽器なんだ。居ても居なくても困りやしない。だけど居てくれればそれは確実にバンドの特色の一つになる。言うならば調味料だね。だけどこいつは時として主役級の活躍を見せる。それは――」
ケースから取り出したそれを俺に見せつけて、黒木場先輩は得意気に言い放った。
「キーボードだ!」
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