第2話
大城先輩の練習が終わった途端、部室の空気が弛緩したのが分かった。
舞台脇に設置されたホワイトボードを一瞥する。そこには各バンドのタイムスケジュールと連絡事項が記されていた。なんとなく目で追っていると、この後の予定が判明する。
「一年お待たせ~。ステージ来ていいよ~」
丁度そのタイミングで大城先輩がマイクで呼びかけをした。どうやら今から楽器講座が行われるらしい。聞くや否や周りの連中は颯爽と立ち上がり、意気揚々と舞台へ向かう。
一番人だかりができているのはやはり大城先輩のところだった。スゲー数。一人で教えるのは明らかに無理があるでしょ。そう思っていると何人か上級生が加わって、大規模なギター講座が始まる。
言うまでもないのかも知れないが他の楽器も負けちゃいない。人数こそギターに劣るものの、ベースやドラムの講座も賑わっていて、壁際で発声練習をしているボーカル講座なんてのもあった。
いつまでも席から動かずにその様子を眺めてるのは俺ぐらいなもんだろう。しかしこれは必要な工程なのだ。楽器を決めてない上に初心者な俺が最適な選択をするためにはな。
ギターは却下だ。如何せん人数が多すぎる。これでは本来の目的からズレてしまう恐れがある。それにどうやらギターは経験者も多いらしく、大城先輩が感心して手を叩いたりしていた。別に俺は目立ちたいわけでも主役になりたいわけでもない。ただ気が合いそうな奴らとバンドを組めればそれでいいのだ。その理由で考えればボーカルもなし。歌なんか全然上手くないし。となると自ずとベースかドラムになるわけだが……。どっちだ。どっちが少なそうだ……。上級生が混じってるせいで人数が把握しにくいな……。
御三家を選ぶトレーナーのように慎重な顔つきで講座の様子を眺めていると、
「そこで何をしてるのかなー」
後ろの席から声を掛けられた。驚いて振り返る。そこにはニコニコと目元を細めて笑いながら俺のことを眺めている女生徒がいた。
綺麗な人だった。大城先輩とはまた別のタイプの。大城先輩は綺麗の中に少女然としたあどけなさが残っているけど、この人はもう完全に垢抜けていた。まるで小さな子供を眺めるかのような温かい視線を送っている。そいつに絡め取られた俺がなんとか視線を外すと、これ見よがしに机に乗せられたたわわなお胸に行き着いてしまった。
「ふーん……」
確認しなくても分かる。絶対今ジトっとした目で見られている……。
「ぼっち? それとも起?」
「ちですち! ぼっちです!」
勢い余って正直に答えてしまった。こんなに悲しい自己紹介が果たしてあるだろうか……。しかし先輩(推定)は寧ろそんな俺を見て心底楽しそうにクックと笑って、
「知ってた。この時期に楽器決まってない子なんて普通いないもの。それに見ない顔だし」
先輩が言うこの時期って奴を正確に表現すれば四月の二十二日になる。下旬も下旬だ。
「俺、今日入部したんです。だから……どうしてもそうなっちゃいますよね」
「いや、違う。順番が逆だー。君はぼっちだからここに来たんでしょう?」
「あの、それ、そんなに強調して言う必要あります?」
「あるね」
そう言って先輩はおもむろに立ち上がり、
「ちょっと来てごらん?」
しかし誠に残念ながら俺はとある事情により立てなかった。困ったように曖昧な笑みを浮かべながら先輩を見る。すると彼女はニターっと口角を吊り上げた。それから俺の耳元に顔を持ってきて、
「どっちもじゃん」
「…………」
よ、余計に立てなくなっちゃったでしょうが……。
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