第1話
意を決して扉を押し開けたその先には、煌びやかな青春のワンシーンがあった。
最初に聴こえてきたのは掻き鳴らされるギターの音。その音の発信源をたどれば自ずと視線は舞台に行き着く。ここから舞台を眺めると少し見下げる形になった。緩やかな段差が続いているのだ。この部屋は舞台をおよそ九十度の中心角にして扇状に広がっている。
視聴覚室に入るのは今日が初めてだが、その広さに俺は圧倒されていた。百五十人ぐらいは入るんじゃなかろうか。いや、後ろにも長机が設置されてるからもっとか……。スゲーなこれ。ちょっとした映画館みたいだ。
そして更に驚かされるのは、その半分近くの座席が生徒によって埋められていること。誰もが皆一様になって演奏しているバンドを見つめていた。
……上手ぇ。
素人の俺でも分かるぐらい。伸びやかな女声、それに負けない演奏、路上で見かけたら思わず足を止めてしまいそうな迫力があった。軽音楽部ってもっとゆるりふわりとした温い部活だと思ってたんだが……ふむ、さてはガチ勢じゃな? 予想と違ったせいで少したじろいでしまった。
「君、新入部員?」
ぼけっと突っ立っていると後ろから声を掛けられる。振り返るとそこに黒髪ショートの美人がいた。上靴の色から判断するに、三年生だ。
「は、はい。えっと、相沢大樹って言います」
どもる俺に先輩は優しく笑い掛けて、
「そうなんだ。私は大城夏帆、これからよろしくね」
語尾に音符でも付きそうな明るいトーンでそう言って、俺を座席まで先導してくれた。
「新入生は大体この辺で固まってるから」
「あ、ありがとうございます!」
下げてみせた頭を上げてから改めて席を見る。
そこには三十人近くの人だかりができていた。男女ごちゃまぜなのは勿論のこと、明らかにリア充っぽい奴からオタク指数高そうな奴までなんでもござれ。体育会系と文化系が融合したカオスな空間だ。
ちょこんと隅の方に座って先輩方の演奏を聴く。正直言うと俺はもっと緩くて温い部活を所望していたのだが、これはこれで素直に憧れてしまうな……。どんな楽器に携わるかすら考えずに入部した俺だが、どの楽器も魅力的で甲乙つけ難い。
そうやって一人で唸っているとさっきの黒髪美人――大城先輩が舞台に上がる。どうやら彼女はスリーピースバンドのギターボーカルらしい。彼女らしい水色のギターを持ってマイクの前に立っていた。傍にいるベーシストもドラマーも、大城先輩同様何処か大人びた雰囲気を醸し出している。
ドラマーがスティックでリズムを取ってから、演奏が始まった。
――言葉を失ってしまった。
何も考えられなくなってしまったんだ。目の前の圧倒的な演奏のせいで。
気付いた時には曲が終わっていて、先輩方はチューニングに入っていた。練習のはずなのに拍手が起こる。大城先輩はそれに照れ笑いを浮かべながら「ありがとう」と答えた。
この瞬間、俺は確信したんだよ。あぁ、俺の青春はようやく始まったんだなって。
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