第3話 なんとなく流される
「なんかさー、モス子って時々、偏執的なまでに芸術的なことするよね」
休み時間に、そうオテ美から辛辣なご講評を賜ってしまった。
「言い回しが迂遠すぎて、おっしゃる意味がわかりかねますのう」
あたしはそらとぼけたが、オテ美は容赦ない。
「本質的なところで、アメギくんと似てるってこと」
ぐげ。石でつぶされたカエルみたいな声が出た。
「自覚してんでしょ?」
やっぱ影響を受けてんのかなあ。生まれたときからお隣さんだったし。
あたしの青春は、きっとアメギとの腐れ縁を断ち切ることから始まるのだ。
うん、きっとそう。
気持ちを切り替えてクラスをみまわすと、大部分の女子たちは、はやくも転校生を囲んで会話に花を咲かせている。
「放課後みんなでブナ林んとこの石笛屋さん行かない?」
「えーでもあそこの環状列石って並べ方がダサいしー。都会からきたガイニくんにはつまんないよ」
そんなことないですよと、転校生は笑っている。
「配石センスゼロだよね」
「あれ直せないのかなー」
「だめっしょ。石の下にじーちゃんたちの骨が眠ってるんだから」
「そおかー」
「でも、わたしのサークル連中が新しいの作るっていって、歩測の練習してるよ」
「あんたサークル入ってたの? なんつーとこ?」
「石(ストーン)サークル」
うわ、そのまんまだわ。
あたしの視線に気がついて、彼は手をふってきた。
一応、曖昧な笑みを返しておく。
「えー、なんでモス子に気があるの?」
「みんなモス子ちゃん嫌いなの?」
転校生が意外そうな顔で聞き返す。
「スキだよー。男勝りで頼りがいあるしー」
「そうそう、ガタイもよくって、みんなのお兄さんって感じ」
褒めてくれてんだろうけど、素直に喜べねえ……。
「女性らしいとか男性らしいとかいう感覚は、もう時代遅れだよ」
転校生はやんわりと自説を口にした。
ふうん。あたしをデカ女とかガサツとか言わず、むしろ肯定的に評価してくれる男子ってのは珍しいじゃん。
「これからは稲作がブームなんだよ。みんなが共同で稲畑の手入れをするようになったら、男女の差なんてなくなる」
へぇー。
「いやむしろ女性は強いほうがいい。これが東で盛り上がっている男女平等ってやつさ」
じゃあ、アメギみたいななまっちょろい男も軽蔑されない世の中になっていくのかな。
それはそれで悪くないなと、あたしは思った。
「モス子さん、お花を摘みにご一緒してくださいません?」
今度は珍しくビエ奈が声をかけてくる。いいとこのお嬢様で、髪をタテロールにしている。
今日のあたしはモテモテだ。
「お花……」
しばし考え、あたしは手をうつ。
「ああ、連れションね!」
いきなりサメ皮のポーチが前髪をかすめた。
あぶないあぶない。まじで削れて血がでちゃう。
「あなたって本当にデリカシーないですわね」
きれいな顔をしかめるビエ奈さん。
彼女のお父さんって隣町の魚捕りのリーダーをやっているから、なにしろ羽振りがいい。うろこや貝を集めてネックスレスや腕輪をつくり、髪飾りなんてサンゴだよ?
海をテーマに、うまくアクセサリを統一していて、そのセンスはあたしでも感嘆する。雑多でまとまりのないあたしと正反対だね。一目置いている彼女に誘われるとは光栄の極みだ。
「んーでもねー」
トイレといっても、水辺に杭を打ち込んだだけのもの。さらにゴミ捨て場も兼ねてるから、使い勝手はよろしいとは言えない。とくに女子トイレは家庭ゴミが多くて、いろいろ生臭い。
「あそこの杭、もういっぱいいっぱいだよね?」
「心配いりませんわ。昨日あたらしい杭を打ったそうですから」とビエ奈さん。
「本当? 行く行くー」
ことをすませて、あたしとビエ奈さんは腰まで川に浸かっていた。
「あなた、モス子さん。土偶ですけれども、どうしてわざわざ壊してから畑にまくか考えたことあるかしら?」
そんなこと考えたことなかったなあ。
「大きいままだと、春に畑を耕すのがジャマだからじゃ?」
ビエ奈さんは、こめかみを押さえた。
「マジメに考えられないのなら、そこの手頃な丸石をお抱きなさい。川底に沈めば少しは頭の回転も速まりますわ」
ちょ、それなんて抱石葬(だきいしそう)。しかも水中仕込って斬新すぎるよ。
「本当に知らないんだってば、教えてよ……へへへっくち」
春の水はまだ冷たい。
おしりがすっかりきれいになったのを確認して、あたしはあわてて桟橋に上がった。
「土偶をあえて破壊することで、新たな再生への願いをこめているのですわ。ですわっ。すわっ」
腕力のないビエ奈さんは、なかなか桟橋から昇れないようだ。
彼女の両脇に手を差し込んで、あたしはえいやと水から引っこ抜く。
「あ、ありがとうございますの」
なぜか顔を赤らめながら、そっぽを向いて謝意を示すビエ奈さん。
そんなに恥ずかしいかな。
「冬に死に絶えた自然は、春に力強く甦るでしょう?」
あ、話をもどした。
「豊穣を祈るために、あえて砕く。農作業の仕込みの一種だね」
うんうんとあたしは腕組みしてうなずいた。
ところが話がまだ続く。ビエ奈さんは急に口調を改めた。
「長老様から聞いた話ですけれど、東の村の考え方は私たちと異なるようですの」
へえ。
「まず土偶に呪力をこめ、それが時間とともに抜けてしまわないよう、先に土偶を壊してしまう」
結果的に、壊した土偶を畑に撒くのとかわりない気がするね?
「ところがどっこいですの」
美しい女性は、美そのものが呪力として蓄えられている。老いとともに美しさが失われないよう、早いうちに殺してしまう。そして豊穣を祈る生け贄として、土偶のように畑に捧げてしまうのだという。
「だから、東から来たあの転校生には十分注意しなさいな」
あたしを生け贄候補に選んだ……?
「大丈夫、大丈夫。あたしとか全然美人じゃないから、選ばれっこないよ」
そもそも、ガイニ君は、そんなオッソロシイことする子には見えないしね。
「むしろクラスで一番の美人はというと……」
ビエ奈さんだー!
あたしは彼女に正面から抱きついた。
細くて小柄で、女のあたしでも守ってあげたくなっちゃうなー。
「じょ、冗談ですませないでくださいまし!」
ありゃ、ビエ奈さん涙目だ。
「東の村は、背の高いモデル体型の子が人気なんですわ。あなた本当に危険なのかもしれなくてよ」
これは意外。あたしのこと遠ざけてると思ったのに、本当に心配してくれてたなんて。
「うん、わかった。十分用心します」
ガイニ君には悪いけど、そのときは本気でそう心に決めたんだよ。
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