第28話 アンチワールド
いつの間にか、涙も止まっていた。
あの牙王が平伏する、僕の正面に居並ぶ3人はいったい何者なのだろうか。
向かって左側がゴリゴリのマッチョなお兄さん。右側にボインボインがナイスなお姉さん。2人ともとても背が高い。3メートル以上あるのではないだろうか。人でこのサイズ感は、僕の目測では測り難い。
中央の小柄な男、小柄といっても多分2メートル以上あるのだろうが、今ここにいる他の4人の
共通しているのは、5人とも白髪というところ。黒髪の僕がまさかのアウェーです。白髪のお兄さまお姉さまが無個性に見える日が来るとは思いもよりませんでした。
なんて、お気楽に言っていますけれどもね、こんなことでも考えていないと、足が震えてどうしようもないのです。膝がガクガクと音を立て、今にもお尻から崩れ落ちそうです。
ふいに、左右のマッチョとボインが向かい合うように向きを変えながら、1歩下がった。
真ん中の彼が、1歩1歩と近づいてくる。
その動作が、男の僕から見ても、見惚れるほど美しい。
しかし、男が近づくほどに感じる。
…僕はこの人の前に立っていて良いのだろうか。
僕は今、大変な人と向かい合っているのではないだろうか?
他の4人のようなプレッシャーは感じないのに…、この人の周りは空間そのものが別次元にあるような感じだ。きっとこの人はここにいる誰よりも大きいのだろう。しかし、そこに本質はない。ただ僕が小さいのだ。それがわかる。まるで、神様とでも向かい合っているような、そんな感覚だ。
男が足を止めた。
男の視線はまっすぐ僕を向いている。目が合った。
背景が白く、とんだ。そこにいるはずの高圧山脈がいない。湖もない。湿地も植物も動物も空も雲も何もない。
男と僕、他の何もかもすっぽりと抜け落ちて、2人だけになった。
「サタン。」
と、男は名乗った。
パチン!と、スイッチが…。あっ。
サタンが人差し指で僕のおでこをつついた。その指先から細い糸が無数に溢れ、僕に巻き付いた。身動きができない。
スイッチが入った僕は、ここから大逆転劇を演じるのかと思われたが、実際は何もできずに、ただ糸にぐるぐる巻きにされただけだった。
「人の影でこそこそすることしかできない、シャイボーイには、いや、シャイガールか?この中で黙っていてもらおうか。」
僕の目の前で大きな繭が出来上がった。
「知ってるかい?天使というのは繭から生まれるんだ。その繭はね、周囲のマナを吸収する。魔法なんかもマナとして吸収しちゃうんだ。そして吸収したマナを、繭の中の天使の幼体に栄養として送る。」
「?」
「この繭は、その天使の繭を裏返しにしたものさ。中の天使の魔力を吸収する。もちろん魔法もね。そして、外に放出する。…つまり、物理的な攻撃方法を持たない天使くんには、この繭を破ることはできない。」
「?」
「ま、そもそもここは君の精神世界だから、物理は一切の理を持たないのだけどね。」
あれ、おかしいな?僕はこの中にいたのではなかったか?
「混乱したかな?しょうがない。君とあの中の彼は、ひとつの個体に同化していたからね。だけど、剥がさせてもらったよ。邪魔だから。」
「彼?」
大きな繭は、支えを無くしたように横向きに転がった。
「だから、君は今、本当の君だ。スッキリしたろ?」
「本当の僕…?」
「そう、運命に捨てられた者。」
「いや、運命に選ばれた者と言った方が良いのかな?…運命に選ばれて捨てられた。」
いつの間にか僕は、また涙を流していることに気づいた。
……………………………………
この世界の何処か。
資格を持つ者には、何処にいてもそこにある。
資格を持たない者には、何処を捜してもどこにもない。
ある者は門という。
ある者は橋という。
ある者は舟という。
その向こう側は、天国だとか、極楽浄土だとか、シェオールだとか、桃源郷だとかいった。
「かみさま、かみさま、かみさまー。」
「…。」
「あれ~?かみさま、おこってますぅ?あたまからモクモク、モクモクけむりがでていますよぉ~。」
「ふがいない。」
「え~?だれが、いないんですって?ねぇねぇ、かみさまってば~。モクモク、モクモク。クスッ。」
「…リセットしよう。」
天使の繭 ○たらならくだ @takashi-ogo
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