第25話 狂乱が始まる。
大成功に終わった、水たまりの水全部抜く大作戦の報告会も兼ねて、全員で現場へ来ています。おおむね高評価を頂きました。
すり鉢には特に縁などを作っていなかったので、いたるところから水が浸入している。底の方にはいくらか水溜まりができていた。
僕はこっそりと、水の侵入を防ぐために縁を作って回った。
みんなはバドルさんの案内で、先にすり鉢の底へ降りていたので、僕も急いでみんなに合流する。
よしよし、みんな先を急ぐあまり、僕の小細工には気付いていないようだ。
すり鉢の底は浸水の影響で、折角の有機肥料が泥濘のようになっていた。残念だが、これだけはみんなに不評を買ってしまった。ほんとは良い肥料になるんだよ。
とはいえ、そこはスルーして先へと進む。ライトの魔法を使ったメイヤーさんを先頭にして、上り傾斜をゆっくりと罠などがないかも確かめながらである。ライトの魔法は、火に比べると格段に明るい。そして全然熱がない。夏場はライトの方が断然いい。でも、冬場は火でもいいんじゃないかな?
ライトの魔法をマナ解析してみたいところだけれど、そんな空気ではなかったのでグッと堪えた。…堪え、た…?
…離れた場所から解析できないかしら?
あ、できた。できたけど、なんだこれ?そういえば、人の魔法を解析するのって初めてだな。魔法陣というのか、文字みたいなものが複雑に絡み合って光を作っているんだな。
そうだ、これが以前ジャンヌの言っていた、呪文によって無理矢理に引き出す魔法ってことか。これは、今の僕の知識ではどうにもならないな。ちゃんと勉強しないとダメなやつだ。残念。
基本的にこの通路は水に浸かっていたので、歩いて掛かるような罠はない。その代わりに、所々に網の残骸があった。魚でも捕っていたのだろうか。となると当然この奥には、…うん。しばらく登ったところで拓けた空間に出た。魚や肉など食い散らかした跡が其処此処にある。間違いない。リザードマンたちはここを住処にしていたのだ。
中の生臭さはどうしようもない。密閉された空間では逃げ道がない。ただリザードマンでも呼吸をしているのだから、どこかに空気の通り道くらいはあるのだろうけれど…。あぁ、くさいよ。
ふと、身体内の骨をノックされたような、耳鳴りのような感覚が通り抜けていった。この旅で何度か感じたこの違和感は、メイヤーさんの探索魔法だ。同じような魔法をザックさんとシンバルさんも使える。基本は同じ魔法だけど、メイヤーさんは生物や物体の感知、ザックさんたちは地形の把握に特化しているのだそうだ。
シンバルさんが木槌で地面をトントンしながら、何やらメモに起こしている。測量をしているのだ。この時はみんな動かないで、その場にじっとしている。測量の誤差を少なくするためだ。
ゆっくり進むのはこの為でもあった。
「お待たせしました。ここは大丈夫です。この先に竪穴があるね。高さは5メートル程かな。」
「ねぇ、ねぇ。そのメモ見せて、見せて。」
「ん、いいよ。ザックさんならもっと先の方まで一気にわかるんだけど、俺はまだ見習いだからね、場所にもよるけど20メートル先くらいまでが限界かな。」
「へぇ、シンバルさん、すごいや。」
「ザックさんなら、100メートルも先までわかるんだぜ。」
「へぇ。あ、そうか。だから昨日の竪穴は100メートル以上って。」
「うん、だから実際の高さはわからなかったってことだね。」
竪穴の近くまで行くとその手前に、いかにもな邪教信仰的オブジェが鎮座していた。気になったのはその脇の岩壁が、なにか鋭利な物で削り取られたような深い傷痕が3メートル程続いていた。
鋭利な物っていっても豆腐を切るんじゃないんだからね。なんだろう。自然にできた痕ではなさそうだけれど…。
しかし、そこは狭く暗い洞窟内でのこと、このような大きな傷痕を残すような大物モンスターが入ってこれるとは考えにくいので、傷痕ではなく地層の裂け目みたいな、ただの自然の造形ではないかと結論し、先に進むことになった。
5メートル程の竪穴を降りると、その先にはすぐに20メートル程の竪穴が下に向かって続いた。さらにその先、またその先と、同じように下に向かった竪穴を、ロープを張りながら何度も下りた。
3日かけて、合計すると800メートル近く下りた。この3日間は、下りては戻りロープを抱えてまた下りて、をひたすら繰り返した。腕がブルブルです。とても薬師の仕事ではありません。
…疲れました…。ホントに…。
ザックさんが言うには、すでに柱の位置からは外れているらしいので、すでに湖底を過ぎて更に下りたということだ。
ここまで、モンスターの気配は一切なかった。
トンプソンさんは不満をタラタラと垂れ流している。
開けた空間に出ました。空間は開けているが、足元はすぐ5メートル程先から断崖絶壁、落ちればまず助からないだろう。この崖の下からは大きな水の流れる音がする。この地下水脈に流されれば、出口のない地底湖にでも水死体となって放り出されるに違いない。ここから川までの高さもわからない。例によって100メートル以上はあるらしい。この絶壁は左右とも30メートル程続いたところで、だんだんと狭くなっていき足場がなくなる。奥はどれほど続いているのか、全くわからない。漆黒の闇とはまさにこういうことである。
ここで、行き止まりである。
「これは、なんだ?ダンジョンなのか?何というかな。特に危険な場所ではないな。」
「いやいや、まだ判断を下すのは早計だろう。このまま冥界にでも繋がっているかも知れんぞ。」
「冥界って、それ、お伽話だろ?子供か!」
「だってほら、ヒタヒタと死者の魂が、亡骸を捜して彷徨う亡者の足音が…。」
「なに、嫌だわザックさん。変にマジメな話しぶり、やめてよね。」
「しっ!…。」
「な、なによ…。」
「お前の、後ろにぃー!!」
「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!!!」
「あははは。姉ちゃん、なにびびってんだ。」
「ほ、ほんと、や、やめてよね。こんなとこで。ぷんぷん。」
コーネリアさんのぷんぷんが、かわいい。ここの所なにかの度に、コーネリアさんに目が行ってしまう。少し顔がにやけていたかもしれない。隣にメイヤーさんが来たので、急いで顔をしかめて見せた。
「悪いな、お楽しみの所。」
バレてた。
「は、はい。なんでしょうか」
「お前の魔法で何かわからんか?例えば火の玉飛ばして対岸でもわかればな…。」
「そ、そうですね。やってもいいですけど、…それより、足場がなければ作るっていうのはどうでしょう。」
完全な思い付きであった。けれども、いざ言葉に出してみると、まんざらでもない。いけそうな気がする。先日、すり鉢に縁を作った時のように岩を伸ばしてやれば、岩には負担がないから、簡単に崩れたりはしないだろう。足場になりそうだ。
それに、僕もここでこのダンジョンの探索を終了するのは、もったいないと思っていたしね。
「どうやって作る?壁は全面、硬い岩場だぞ。」
「それは、こうやって…。」
ニョキ、ニョキニョキ、と、結構岩って伸びるモノなのだ。
何故か、みんな揃って岩のように固まっている。みんな伸ばしてほしいのかな?身長。身長なんて骨を伸ばしてやれば伸びますよ。
「今何やった?」
「あれ、みんな、僕が魔法使えるって知ってるよね?ね?…ね?」
「「「「「何をどうしたら、魔法で岩が伸びるんだよ!」」」」」
総ツッコミである。
そうか、これ系の魔法は、いや、ジャンヌはこれを魔法じゃなく準備とかなんとか言ってたかな?みなさんご存じない系?
こうなると話が進まないな。しょうがないので強行突破しよう。僕はさも当然のように左奥の方向へ壁沿いに足場を伸ばしていった。
簡単だよ。岩だって粘土だって同じに、小さな粒の集合体なんだから、水を全体に含ませてやったら、こうやって捏ねて捏ねて、捏ねれば素手でも成型できるでしょ。
しかし、流石にひとりでこれを続けるのは疲れます。でも、また小屋からここまでロープ持っての往復も、もう勘弁です。捏ね捏ねしている方がまだマシです。
彼此100メートル程は進んだだろうか。右手の方向に微かに明かりが見えた。地中800メートルでのことなので、まさか外の光ではないよね。ヒカリゴケか何かだろうか、仄青い光だ。さらに進むほどに光の粒が多く見えるようになったから、間に岩壁があるのだろう。とりあえず、僕は勝手にあのヒカリゴケ地点を目標に設定した。
岩壁の裂け目に出くわした。どうやらこの30メートル程の裂け目の奥から、水が流れて来ているようだ。縦に下から上へと続いている。この隙間の奥に進んでしまうと、光の方から離れてしまうので、裂け目の向こう側まで橋を架けよう。
僕が足場を作っている最中は、みんな後ろでじっとしている。動くと動く。等間隔に付いてくる。王道のRPGよろしくのなかなかシュールな画である。
?はて、RPGとは、何だろう?
進むうちに、だいぶ下ったようで、水面が近づいてきた。裂け目から離れたこともあり流れはほとんどない。深さも足がつく程度である。とりあえず、ひと仕事終えた満足感に、ひとりで浸ってみる。
(パパ、あそこに行くの?)
うん、そのためにパパは頑張ったのだ。
(引き返した方が良くない?)
ん、それは、トンプソンさん次第だろうけれど、何か気になること?
(ううん。よくわからない…けど、嫌な感じがする。気を付けてね。)
そう言うとエルコは、スッと意識から引っ込んでしまった。なんだ、エルコのやつ。歯切れが悪いな。いつもはもっとシュッ!シュッ!って感じが、いい子なのに。
ま、僕だってエルコの感覚を否定する気はないのだ。離れた場所から、マナ調査を開始する。何かあるのはわかる。岩ではない。…
「人だ。」
「なんだって?」
僕のつぶやきに反応を示したのは、僕の後ろ集団の先頭を行っていたメイヤーさんだ。
「あの、光っているあたり人が倒れています。5人。」
「ユウキ、お前も探索魔法が使えるのか?しかも、俺より広範囲だな。」
「僕のは魔法じゃないです。」
「ん?」
「そんなことより、行きます。まだ弱いけれど息がある。ザックさん!ザックさんはシンバルさんとコーネリアさんと一緒に、この辺りで待機していてください。嫌な感じがするようなので、…お願いします。」
「お、おう。」
ザックさんは、少し曖昧な感じにだったが、了解してくれた。
「この先は、水から上がると、あとは岩場からの砂利?いや砂場です。」
メイヤーさんが先頭になり、トンプソンさん、バドルさんと続く。僕が一番後方になる。僕も走っているのだけれど、みんな足が速い。日頃あまり体力づくりなんかしていないからだな。これもこのミッションが終わったら考えよう、反省…。
「これは、どういうんだ?」
4人とも、その手前で一様に息を飲み、立ち止まった。
明かりの下には、女性が5人、まるで命を抜かれた人形のように倒れていた。みんな鎖に繋がれている。それだけではない。なにかしらの呪いのような…、魔法?で拘束されている。
そして、なにより驚いたことには、僕を目を釘付けにしたのは、5人が5人とも容姿、顔かたちから体格に至るまで、全く同様であったこと。…それは、白い髪の毛は腰のあたりまで伸ばしたサラサラストレート、透き通るような白い肌、色素の薄い青い目…。
「…ジャンヌ。」
そう、5人ともが、ジャンヌと瓜2つであったのだ。僕の脳裏にあの時の光景が蘇る。ジャンヌが死んだ時の、僕を殺そうとしたあの狂気の眼が僕を束縛した。
「し、知り合いか?ユウキ。」
「ぼ、僕は…。」
(パパ、近づいてくるよ。怖いのが、近づいてくる。)
少し離れているとはいえ、水の流れる音はまだ聞こえていたはずだった。
トントンと岩壁、天井を蹴る。水面に木の葉が落ちたように、岩肌に波紋が拡がる。僕の目では捉えきれなかっただろう者を、エルコの目が捉えていた。
その男は僕らの目前に、狂気と共に降りた。
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