第23話 背が伸びたような気がするのは、気のせいです。

 水が張ってあるときは断崖に見えていた水たまりの淵も、水が無くなってみるとすり鉢状になっており、底まで降りるのは比較的容易だった。

 バドルさんが先行して降りていく。

 すり鉢の底に、生ごみの代わりに堆積した有機肥料はフカフカと柔らく、気になる生臭さもすっかり消えていた。これは良いもののような気がする。これ持って帰れないかしら…。

 僕が有機肥料に目を奪われている間にも、バドルさんは、ひとりぐんぐん先に進んでいってしまう。当然僕が追いかけるかたちになる。

 ちょうどすり鉢の中央辺りに差し掛かった。見上げると360度見渡せる。まるで円形の競技場のように見えた。


「いいぞ、ユウキ。この先に横穴が続いている…。」

「はーい。」


 走ってバドルさんの所まで駆けていく。有機肥料の上は、ブヨブヨと足がとられて走りづらい。3人くらい並んで通れるほどの穴が、すこし昇り傾斜で奥に続いている。


「ユウキ、明かりをくれ。」

「はい。あ、でも僕、ライトの魔法できなくて、火で良いですか。」

「?ライトって、初歩の魔法じゃないか?」

「いやぁ、光って上手くイメージできなくて…。」

「へぇ、そんなもんか。ま、明かりなら何でもいいぞ。」


 2人で少し坂道を進んでみるが、先の方は暗く危険な感じがするので、みんな揃ってから探索することにした。

 たしか、リザードマンは泳ぎが得意だったはずだ。もしかするとこの奥に住処があるのかもしれない。


 とりあえずは、いったん引き返そう。僕は振り返って元の道を戻る。…あれ?僕らこんなに奥まで来たかしら?ずっと先まで真っ暗な道が続いている。足元のブヨブヨとした有機肥料の感触に変わりはない。しかし、おかしいな。道が狭くなっている気がする。


 壁に手をつくと、そこは皮膚のような弾力があり、まるではなのような粘質性の液体が付着していた。振り返ってみると、バドルさんからずいぶん離れてしまっている。

 僕は声をかけようとしたが、その前に大きな振動と、足元が地面に沈み込むような感覚があり、僕はバランスを崩してその場に転げてしまった。バドルさんとの距離がさらに離れていく。


「ユウキー…!」

「バドルさん!」


 バドルさんの声が遠くなった。


 これは、いったいどうしたことだろう?もしかして、モンスターに飲み込まれたのだろうか。とにかくここから出なければ。しかし、思うように身体が動かせない。僕は這うようにして歩を進めるが、不思議に前に進まない。逆にどんどん奥に飲み込まれていく。

 大きく身体が揺さぶられた。モンスターの口が閉じられたのだ。くるりくるりと身体が何度も回転すると、すっかり上下の感覚が判らなくなってしまった。

 

 危険な予測が、まさか実際に自分の身に起ころうとは思わなかった。起こるとすればコーネリアさんにだと思っていたが…?こいつはゴートウォームなのか?とすれば、ここの主であるに違いない。こいつのデカさは異常だ。体長がどの程度になるのかわからないが、このまま飲み込まれれば窒息してしまう危険がある。

 僕は、魔法で顔の周りにシャボン玉のように膜を作って、空気を確保した。体液の強さはどうだろうか?下っ端ゴートウォームの体液は人には無害な程度だったが、このでっかい化け物の場合は?人が溶けるくらいに強かったりするのだろうか。…溶けてからでは遅いから、今のうちに対処しておこう。シャボン玉をさらに大きくし、身体をすっぽりと収めた。身体や衣服に付着した粘液も取り除いた。


 なるほど、生物の中はマナが集まりやすいので、魔法が使いやすい。だんだん冷静になってきたぞ。さて、こいつがゴートウォームだとしても、そうでないにしてもウォーム系のモンスターであるのであれば、外に出るのは簡単だ。尻の穴から出れば良いのだ。そこまでは蠕動運動で勝手に運んでくれるし、そうだ、もしかすると僕のウォームホースちゃんもこいつに飲み込まれたのかも。そうすると途中で回収できるかもしれないな。


 よし、何となく良い方向に動き始めた気がするぞ。逆に心配は外にいるバドルさんだな。ま、そこはバドルさんを信用するしかないか。僕なんかより、よほど経験値は高いのだから、まず大丈夫だろう。


 外に出てからが勝負だ。特濃の冷気をお見舞いしてやるぞ。


 途中、肉壁からの圧力が強くなったが、僕の魔法の壁の前では、特にどうということもない。とはいえ魔法がなければ潰されていたかもしれないから、飲み込まれたのがバドルさんじゃなくて本当に良かった。

 外に出るまでの手持ち無沙汰に、こいつの体液を解析してみると面白いことが解った。下っ端ゴートウォームに比べると、やはり格段に溶かす力は強くなっているようだ。しかし、それだけではない。この粘液の中には、眼に見えないような小さな生き物がたくさん存在していて、粘液が溶かしたものを、時にはさらに分解したり、また時には逆にくっつけたりして、別のものに変化させているのだ。そして、お尻から出るころには無害なものに、いや、無害どころか有益なものに生まれ変わっている。あの有機肥料はこいつが生んでいるのだ。…ちょっと意趣返し。できれば、こいつ殺したくない。ていうか、持って帰りたい!…無理か。…デッカいし。

 …でも、このミッションの障害になるのであれば、退治するのもしょうがないのかな。…障害にならなきゃいいんじゃない?


 時間にすれば15分程だろうか。モンスターのから伝わる様子が明らかに変わってきた。ブリブリとした振動が加わったのだ。もうお尻が近いと僕は確信する。

 ポンッと、モンスターの体外に僕は飛び出した。

 モンスターはまだ僕に気付いていない。バドルさんのことは気になるが、今はそれどころではない。このモンスターのおおまかな全体像を確認し、集めたマナを展開する。


「さぁ、眠ってしまえい。」


 周囲の気温が急激に下がる。空気中の水分が実態を現し、結晶となって日の光を反射する。幻想的な光景の中で、モンスターの動きが緩慢になっていく。僕の存在に気付いたのか、口がこちらに近づいてくる。しかし、遅かったようだね。モンスターはゆっくりと動きを止めた。


「…。」

「?」


 何か声が聞こえたような。


「…パパ。そうか、あなたはやっぱり、パパだった。…。」


 このモンスターしゃべれるのか。ますます化け物だな。しかし…、


「僕、エルコ以外のパパな覚えはないけど…?」

(パパ、浮気?)

「違うって。」

「…いや、あなたは、パパにちがいない…」


 あえて考えないようにしていた。もしかしてと思いつつ、他に説明できない状況というものがあったりした。ま、要するに僕のウォームホースちゃんは行方不明ではなく、目の前に居るということなのだ。


「きみは、ウォームホースちゃんなのか?」

「…ぼくは、ウォームホースちゃんなのか…。」

「そう、ゴートウォーム(改)のホースちゃん?」

「ぼくは、ホースちゃん。…ホースちゃんだ。ぼくは、ホースちゃんだ!」


 事実から述べると、ウォーム系の生き物には、脳ミソという部位は存在しない。

 ここからは仮説だが、本能という記憶は何処にあるのだろうと考えたときに、これを僕は身体自体に記憶されていると考える。つまり、ウォームの体全体が肉であり、また同時に脳ミソでもあるということだ。それは、個体が大きくなればなるほど、脳ミソも大きくなる、ということではないだろうか。100倍に増大した肉と、体長が長くなったことによる栄養摂取効率の増加による肉の肥大によって、片言にせよ言葉を話せる程度の知能を持つに至ったのではないかと、僕は推測する。…どうでもいいことだけどね。


 ダイヤモンドダストに包まれたホースちゃんは、ほのかなマナの光に溶けて、僕の目の前で水晶玉のような塊に収束した。


 テッテテー。

 ホースちゃんは、冷気属性を手に入れた。


 僕は手の内に収まった水晶玉を見て思った。


 …また、やってしまった。僕は独り身の内に、いったい何人の子供ができるのだろうか。


 あの手に触れた、ドロリとした感触。あれが僕の中に入ると思うと複雑な気持ちにならないでもないが、僕を慕ってくれるものを放り出すこともできない。などと良い人ぶった言い訳を試みたりするのだが、内心うれしくてしょうがなかったりする。向こうから鴨が葱を背負って来てくれたわけだしね。


 ガポッ。


 あっ、顎が外れた。

 などとつまらないことを考えているうちに、玉は僕の中へと消えていった。



 テッテテー。

 ユウキは、ホースちゃんを虜にした。


 テッテテー

 ユウキは、プラントテイマーの熟練度が上がった。



 テイマー上がんなくていいから。薬師の方、上がって(泣)。


 バドルさんが倒れている。最初にすり鉢に降りてきたあたりだ。かなりの大けがをしている様子だ。全身血だらけで、いたるところが変な方向に曲がってしまっている。しかしさすがは歴戦の戦士だ。生きている。


 僕はこのくらいのことでは、もう動じない。僕は薬師だからね。傷ついた人を治癒することが仕事なんだ。動じてなんかいられないんだ。


 僕は得意のダブルヒールを使って、傷を修復していく。身体の中をチェックしたが、さすが、骨以外に中は問題ない。骨をもとの位置に移動しながら接着する。動くのに不自由はないだろう。ほぼ元の状態に戻すことができた。


 回復を終えたところで、ちょうどバドルさんは目を覚ました。


「ユ、ユウキ。無事か?あ、あいつはどこにいった?」

「あいつ?」

「うん?あ、あのでかいウォームは、お前、飲み込まれて、…あれ?」

「バドルさん、あそこから落ちたんです。気を失ってて、…夢を見たんですね。」

「そ、そうか、それは、恥ずかしい所を見せてしまったな。」

「あっ、あっちに、横穴が続いてましたよ。もしかしたらここ、当たりだったかもです。」

「そうか、よかった。」

「じゃ、いったん戻りましょうか。」

「うむ、そうだな。」


 来た時と同じに、バドルさんが僕の前を歩いていく。


 …あれ?


 …バドルさん、背伸びました?…気のせいだよね。




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