第22話 ふいうちとふいうち

「リザードマンだって!?5匹も。ガキンチョひとりで倒したってのか。むぅ。」

「ダンジョンの別の入り口があるのか。それとも巣穴があるのか。どう思う?トンちゃん。」

「トンちゃん言うな!ま、どちらにしても、このままここに潜るのは危険だな。」

「うむ。まずはこの島を把握するべきだな。ト、…リーダー。」

「むぅ。」


 結局今日は、ダンジョンアタックは諦めることとなった。まずは後方の安全を確保することが大事ということだ。

 トンプソンズの面々が外に出て、リザードマンの死骸を確認していた。「なるほど、サイズが小さいな。」「子供か?」などと言っているのが聞こえた。

 そう、モンスターに限らず、動物や虫でも、死んでしまうと何故か生きてる時より小さく見える不思議。

 特に訂正はしないけど。でも考えてみれば、リザードマンがどれだけ大きくても、エルコの元の大きさより小さいよね。やはり、生物的には大きい方が強いということだ。


 この日は、ダンジョンの別の入り口も見つからず、リザードマンの住処も見つからなかった。ただ、深さもある大きな水たまりがあった。底の方に魚の骨や貝殻らしき物が溜まっていた。おそらくは食料の残骸だろう。この島で生活している証拠とみて良いと思われる。

 リザードマンは比較的に頭の良いモンスターである。お互いにコミュニケーションをとる方法を持っているというし、武器等は基本自分達で作っているらしい。石や土、木や草などを使って、簡単な家なんかも作るというけれど…。

 周囲にリザードマンの影は見当たらなかったので、今日のところは、探索はそこまでとした。


 日が暮れる前に夕飯の支度をするのは世界の常識だ。

 みんなでお腹を鳴らしながら小屋に戻る。しかし、少し離れた場所からでも異常事態が発生していることがわかった。小屋の周りにゴートウォームが大量発生していた。食料の匂いにつられてきたのか、柱も梯子も登ることのできない彼らは小屋の下で天を仰いでいた。


 ピンとくるものがあった。これは多くの、といっても2匹だけだけど、ゴートウォームを捌いてきた僕だからこその発想であったのかもしれない。僕の中でとある作戦が組みあがっていく。


「トンさん。こいつら、僕がもらっていいですか?」

「トンさん言うな。リーダーと呼べ。もらうも何も、こいつらを片してくれるなら何でもいいぞ。」

「ありがとうございます。」

「何するの?」

「コーネリアさんを簀巻きにしようと思って。」

「きゃあ、ヤダ、もう絶対ヤダ。あなた最低ね。」

「あはは、じゃ、みなさん先に上がってください。ちょうど、あいつら梯子のあたりにいないようなので。」


 みんなが小屋に上がったのを見送って、僕は実験を開始する。

 まず、あまり動かれると面倒なので、固まっていてもらおうかな。こういう生命体は総じて寒さに弱い、冷やせば生命活動が鈍くなるはずだ。

 動きの鈍ったゴートウォームを2匹、内1匹の尻尾をチョンパ、もう1匹の頭をチョンパ。合体…ブヂュッ…そして、先程開眼した薬草玉+マナのダブルヒール…。2匹のゴートウォームが見事に繋がった。チョンパした残骸は、再生されるといやなので、やはり3枚に下ろして差し上げるべきであろう。


 …これを繰り返すこと、30分程…


 最後の方は、もう手慣れたものである。最終的には120匹程のゴートウォームの加工を終え、100メートル程の長ゴートウォームが完成した。もとい、ウォームホースの完成だ。


 ちょうど、小屋から顔を覗かせたコーネリアさんに言伝を頼み、先程の探索中に発見した大きな水たまりへと向かうのだ。


「ユウキ、ひとりじゃ危ないよ。もう、暗くなるし。」

「大丈夫、すぐ戻るから。」


 足場が悪いとはいえ、水たまりまでは片道5分の距離だ。ウォームホースを八巻に束ねて、肩に担ぐ、お、重い。僕の顔の側で、元ゴートウォームの口がパクパクと空気を飲み込んでいる。…これに食べられると、尻尾から頭が出ないから窒息しちゃうな。取扱要注意だ。

 資材運搬用の手押し車を拝借しよう。


 実はかなり気になっていた。この水たまりは怪しい。みんなもそう思ってはいたはずなのだ。ただ周囲に漂う生臭さが、この場所の詳しい調査を拒絶していたのだ。

 そこで、このウォームホースの出番である。


 その名も、水たまりの水全部抜く大作戦!


 ウォームホースの口を水たまりに、尻尾を島の外へセットする。急に長くなった故の重量の増加により、ウォームホースは地上ではほぼ自力で動くことができないので固定は不要である。状況は合図もなく機能し始める。ウォームホースは口から入れたものを、蠕動運動により尻尾からポイする。朝まで放っておけば、かなりの水や生ごみを排出できるだろう。楽しみだ。


 ぎゅるるうううううう。


 時折、ウォームホースから流れるお腹の音に満足し、僕はその場を後にした。




 僕ひとりだけ、お預けをくらっている。目の前では、トンプソンさん、バドルさん、メイヤーさん、ザックさんにシンバルさん、コーネリアさんも、おいしそうな夕飯をおいしそうに食しているのに、なんで僕だけ?


 僕だけが玄関先で正座を強要されているのだ。完全にパワハラです。


「働かざる者食うべからずってな。」

「えー、ちゃんとゴートウォームを全部、片づけたじゃないか。」

「それで、お前はチョロチョロと何をやってんだ?」

「…内緒。」

「じゃ、やらん。」

「明日になれば、わかるんだって。」

「おい、ガキンチョ、同じパーティー内で隠し事は無しだぜ。生死を共にする仲間なんだからな。」

「う、うん。」


 みんなを驚かせたかったのに。残念だが、マル秘計画水たまりの水全部抜く大作戦の全容を暴露してしまう結果となった。全くもって、工作員失格である。


 …そんなことより、トンプソンさんが何やらかっこいいことをおっしゃっている。

 トンプソンさんの最初の印象というと、パーティーのリーダーなんかをやってはいるが、その実、ただのスケベな人の良いおじさんという、僕の中では師匠と同列の位置づけだったはずだが、そんな人の不意打ち発言にフェイバリットポイント上昇中である。意地悪なところが珠に瑕。…しかしトンプソンさん、実はこうみえて結構な料理上手でもある。

 トンプソンさんがチョイと手を加えただけで、何の変哲もないただのまずい携帯食が、料亭の料理に変化する様に、少なからず僕は衝撃をうけた。


 トンプソンさんのフェイバリットポイント爆上昇。


 だから、何としても夕食を頂きたい。ここでの食事は村人の協力により集まった食材を使った、初めてのちゃんとした料理なのだ。

 説教を受けている間も、視覚と嗅覚の暴走でよだれが止まらない。聴覚はみんなの咀嚼音にのみ集中し、話の内容が全く入ってこない。話が入ってこなければ発生するのは、反応が適当なものになることにより巻き起こる、至極当然のダウンバースト。また、そうなればなお話は長くなる、当然の負のスパイラル。


 ……


 こうして夜は更けていくのだった。



 なんだかんだとありつつ、夕飯は頂きました。

 その後は、島の端にある浮桟橋で、ひとり寂しく食器を洗いました。





 翌朝、朝一番に水汲みに、またひとりで浮桟橋まで天秤棒に桶を担いだ。

 日の昇る前の薄らとした明かりの中、しっとりと湖にかかる靄が雲の流れと同じに夏の臭いを運んでくる。僕は大きく深呼吸をした。


 遠くに何やら大きな島が見える。はて?あんなところに島があったかしら。ま、それがゆっくりと動いているように見えるのは、特に僕らには関係のない話であろう、と、これをスルーする。


 桶に水を汲んで小屋へと戻った。またゴートウォームが湧いていた。しかしこのあたりのゴートウォームは、ほぼ加工し尽くしたということだろうか、5匹程しかいない。これも僕はスルーする。昨日ウォームホース開発時に気付いたことだが、なぜだか僕はゴートウォームに襲われない。だから、全く問題ない。


 ひとつの仮説だが、…コーネリアさんからは、変な臭いとか何か、ゴートウォームを引き寄せるモノが出ているのではなかろうか?本人には言わないけどね。



 水たまりの水全部抜く大作戦は、すでにみんなの知るところとなっていた。朝食後にみんなで様子を見に行く予定だったが、経過が気になった僕は、先にひとりで様子を見に行くことにした。


 まだみんな寝ているようだから特に問題はないだろう。コーネリアさんひとりが別部屋。コーネリアさんの寝顔は間が抜けていてとてもかわいらしい。別のひと部屋にザックさんとシンバルさん、僕もここで一緒に寝ていた。ちゃんと布団は自分でたたみました。最後の部屋にトンプソンズの3人が寝てい…バドルさんと目が合った。寝ていると思った人が目だけ開けているのって、かなりホラーです。


「何を企んでいる?」

「企んでません。」

「じゃ、俺も一緒に行こう。」


「えーっと…、はい。」


 しょうがない。どうせ隠すつもりじゃないから良いのだ。しかし、僕の思考が完全に読まれていたようで恥ずかしい。

 バドルさんはスッと立ち上がり、すぐに準備を整えた。というか、寝ている時もこの格好、すでに戦闘スタイルの装いのバドルさんである。背が高いので、正面に立たれると威圧感がハンパない。

 ここは、言うなれば敵地のど真ん中、何かあった時にすぐ行動できるように、戦闘スタイルで就寝するのは、いたって普通の事らしい。

 トンプソンさん程の男になるとその限りではないらしいが…。


 例の水たまりまでは、5分ほどの短い距離である。


「まさか、ユウキが魔法を使えるとはな。」

「あっ、…見てました?」

「いや、俺は見てはいない。しかし、見なくてもわかるくらいにわかりやすく、魔法を使っていたみたいじゃないか。たいしたもんだと、メイヤーが感心していた。」

「メイヤーさんが。メイヤーさんに言われるとうれしいな。」

「薬師で魔法というのは、あまり聞かない気がするが、コンデコマンさんの教えなのか?」

「いえ、師匠は魔法はからっきしです。僕の家が少し特殊だったのかもしれません。僕は母から魔法を習ったのです。」

「そうか、そういう子供に伝えられる財産を持っているのは、うらやましいな。」

「バドルさんは子供いるんですか?結婚してる?」

「冒険者なんてやっているとな、なんというかな。…結婚していた…と言った方がいいのか、それくらい家には帰っていないな。俺のことなど覚えていないだろう。子供も、もう12歳になっているはずだが、赤ん坊の頃に会ったきりだ。」

「へぇ、でも覚えているんですよね。気になってるんじゃないですか。会いに行けばいいのに。」

「…そうだな。」


 水たまりに、いや元水たまりと言った方が良いだろう、到着した。水は完全に抜けている。計算通りに底に溜まっていた生ごみも、ウォームホースを通してすっかり有機肥料と化している。水たまりの水全部抜く大作戦は大成功である。


 同行しているバドルさんから、感嘆の声が漏れていた。


「魔法が使えるというのは、すごいものだな。人力だと何日かかるかわからん。」


 魔法ではなく、ウォームホースの力です。僕の発明力の力です。フハハハ。



 ただ、そのウォームホースが見当たらないのが、少しだけ気になるが…。





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