第21話 キラキラ
「プハー!」
モンスターに飲み込まれたコーネリアさんが、モンスターのお尻から顔を出した。簀巻きにされたような状態だ。
「ちょっと、何見てんのよ。早く助けなさいよ!」
ゴートウォームというらしい、体長1メートル程のこのモンスターはゴート湿原の固有種である。ゴート湿原の中でも柱の天辺地帯にのみ生息する希少種だ。もともと餌の少ない場所がら、動くものを見ると何でも飲み込もうとする習性があるが、消化器官はそれほど発達しておらず、人にとってはほぼ無害といわれている。
簀巻きにされて足をパタパタしている姿が、とてもかわいらしいので、少しこのまま見ていよう、…いや、後が怖いのですぐに救出しよう。
僕はコーネリアさんを傷つけないように、ナイフでゴートウォームを開きにした。救出成功だ。
「ありがとね、ユウキ。それ、いいナイフね。」
「お母様から貰った、僕の宝物です。」
「そう。…なんですぐに助けてくれなかったの?」
「えっ、すぐに、助けました、よ。」
「へぇ~。」
ナイフは先日の対エルコ戦で石が全滅したので、前の派手な装いから今はシックな装いへと変わっている。
今更ながらに気付いたことだがこのナイフ、普段は鈍らもいい所なのだが、魔力を込める程に切れ味が増すカラクリが内蔵されている。さすが、お母様は僕の特性をよくご存じだったのだなと、改めて感謝する次第です。
ゴートウォームは開きにされても、まだぴくぴくと動いている。絶命したとは思うのだけどれも、しかし、これ系の単細胞モドキ生命体は、放っておくと自己修復して、また人を襲いそうだから、3枚に下ろして差し上げよう。
「おい、ユウキ。遊んでんなよ。」
「はい、メイヤーさん。」
「そんなことより、姉ちゃん外に連れてって洗ってやんな。」
「洗う?」
「そりゃ、ミミズの体液まみれにしとくわけにもいかんだろ。人体には無害っていっても、そのままじゃ装備品の耐久性は下がるだろう。金属なら錆たりな。ほったらかしで良い事なんて1個もねぇよ。頭なんかも、ほっときゃツンツルテンになっちまうぜ。」
「えっ、きゃあぁ。いやぁあぁー。」
コーネリアさんは、ひとりで行ってしまわれた。やはり、女の子にとって髪の毛は大事な物らしいです。
「ボーっとしてんなよ。お前も行け!護衛も兼ねてんだからよ。」
「はい、行ってまいります。」
やっぱり、メイヤーさんはかっこいいなぁ。
外へ出てみると、メイヤーさんの心配などいざ知らず、コーネリアさんは水たまりにダイブして転げまわっていた。3秒前の乙女な気持ちはどこへやら。ま、元々がサバサバした性格なのだろう。
「何?覗きに来たの?」
「護衛です。」
「あらそっ。じゃ、お任せするわ。」
そう言うと、コーネリアさんは水たまりに潜って、頭をワシャワシャと洗っている。
(パパ、嫌な奴がいる。)
「嫌な奴って?」
(島の影に隠れて見えないけれど、5匹いる。敵な感じがビンビンする。)
「きゃあ!」
コーネリアさんの悲鳴に振り向くと、ゴートウォームにまた簀巻きにされたコーネリアさんが水たまりでクネクネしていた。エルコの囁いた敵がゴートウォームだと、てっきり思い込んでしまったのは、完全に僕の油断だった。
「あはは。コーネリアさん、またですか。…今助けます。ぷっ。」
「笑ってんじゃないわよ。」
と、笑いながら近づく僕の目の前に、突然「ビイィィーン」と木の棒が振動で音を立てて突き立った。
「んグェ、ぅ…」…ゴポ、ポ…ゴポッ…
木の棒の根元は、コーネリアさんの首元を抉っていた。
島の影から人型の何かが、5つ、のそりと影を伸ばしたのを、僕はエルコの目で見ていた。爬虫類の頭から、チロと細い2股の舌を出して顔を洗っている。リザードマンだ。
リザードマン風情が!
コーネリアさんから血が滲み出している。水たまりを少しずつ赤く染めていく。
リザードマンは背を向けた僕に戦意がないと判断したのだろう。無警戒に近づいてくる。
仰向けに水に浮かぶコーネリアさんの目から、急速に生気が抜けていく。嫌だ。こんな目は見たくない。
リザードマンが斧を、また別の物は槍を振り上げる。ふん、こんなもので人が殺せるわけがない。馬鹿にするなよ。トカゲ共。
僕はやっと動いた身体で、目の前の木の棒、いや槍か、を引き抜いた。勢いよく血が噴き出す。
「あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!」
僕の背後で、5つの首が落ちて、水柱を上げた。
「やる。やるさ。それが僕が今ここにいる意味なんだ。」
僕は道具箱から薬草豆を右手にひとつかみ取り出した。
今までに感じたことのない、僕の中の『殺してやる。』という明確な殺意という激情は、エルコが肩代わりしているのか?もうひとつの僕は、自分でも驚くほど冷静だった。
「マナを…」
マナの淡い光が、プチプチと弾けた薬草豆のかけらと同化する。
淡い霧のようになったそれが、コーネリアさんの首元の傷口を包み込む。
傷口はふさがった。
「コーネリアさん!コーネリアさん!…。」
僕の声は届いているのかな。
ナイフで簀巻きのゴートウォームを切り裂いて、身体の自由を回復するがコーネリアの反応はない。
「心臓はまだ動いているな。血の管もちゃんと繋がっている。…血が足りていないか。…。」
僕は左手でコーネリアさんを抱え、右手で薬草玉にマナを込める。
しかし、コーネリアさんは口を閉じたまま動かない。
ひとまず僕は、薬草豆を自分の口に含んだ。そして空いた右手でコーネリアさんの口をこじ開けて、無理矢理に口移しで流し込んだ。
心臓の動きを意識しろ。全身の血の流れを感じろ。血を生み出す場所、…ここだ。…さあ、廻れ。
コーネリアさんの肌の血色が元に戻る。瞳にも生気が戻った。
「あ。」
「よ、よかったぁ。」
バシャッと僕が水たまりに、いや最早血だまりであるが、倒れこんだ。
「ちょっと、ユウキ。血が、血が凄い。あんた何したのよ。ちょっと大丈夫?」
「あはは、この血、コーネリアさんのだよ。」
「え、ウソ…。ユウキの血の…私?、え…きゃぁ、と、とと、トカゲのかかお、と、とあぁたと、まと…あたまと、まと?」
コーネリアさんにとっては、近くに落ちているリザードマンの死骸のほうが驚きだったようだ。出てくる言葉が、すべて意味不明になっている。ま、無事で良かった。
「エルコ、ありがとうな。」
(へへ、パパかっこいい。)
「じゃ、コーネリアさん。ぬるぬるの後は、血を洗わないとね。ははは。」
「そ、そうね。ははは。」
とりあえず、笑っておく。笑うと少し冷静になる。
「ユウキが守ってくれたんだね。ありがとう。」
「いえ、お礼はメイヤーさんに言ってください。僕は失敗しただけ。」
「ん?よくわからないけど、私はあんたにありがとうって言ってんの!」
僕もコーネリアさんもグショグショで血まみれで、雰囲気も何もなかったが、コーネリアさんはギュッと抱きしめてくれた。そして、僕のほっぺにチューしてくれた。
僕は今きっと、ユデダコの様に真っ赤っかで、頭から湯気が出ているに違いない。
「おーい。2人とも戻っておいで。師匠達、今から少しダンジョンに潜ってみるってよ。」
「「はーい。」」
測量士助手のシンバルさんが呼びに来てくれた。
いい感じのところを邪魔された感じ?、いや、何を話したら良いのかわからないところだったので、ナイスタイミングといった方が良いのかな。
僕達は、ビショビショのままだけど、ダンジョンへの戻ることにした。
シンバルさんが何かを見つけたようだ。固まってアワアワしている。
そうか、リザードマンか。そういえば、リザードマンみたいなトカゲ系って、勝手なイメージ青い血かと思っていたけれど、人と同じ赤い血なんだよね。
「えっと、そこに倒れているのは、リザードマンですか?」
「リザードウーマンだったりして。」
「えっ?」
「冗談です。」
「こ、これ、5匹とも倒したんですか?」
「…なんで私を見るんですか。」
「えぇ?じゃ、ユウキくんが?」
そう。コーネリアさんではないのです。しかし、だからといって僕でもないのです。その僕よりも小っちゃいかわいい子がやっつけてしまったのだけれども…。
(エッヘンだ!)
「…す、すごいな。やり手の冒険者でも、ひとりだったら1匹を相手にするのがやっとだって聞いたことあるけど。」
そうなんですね。僕は今初めて聞きました。ははは、以後、気を付けます。
うぅ、コーネリアさんのキラキラ視線が痛い。僕はそんなキラキラを受け止められるような、勇者的立ち位置の人間ではありませんよ。なんの力もない、ただの息子です。ただの薬師で、ただのプラントテイマー?です。
「さ、戻りましょうか。」
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