第20話 至れり尽くせりの旅
翌日は日の出とともに起き、手早く朝ご飯を済ませた。1度カースツル村へ戻り、村長宅に馬車を預けた。ここからは徒歩での移動になる。
資材は先に湿原の畔に運んでくれているのだそうで、食料と一緒に湿原へ向かう。村の協力体制がありがたい。資材の調達から運搬まですべてやってくれる。村人の本気度がうかがえる。常にこれだけのやる気があれば、きっとこの村はもっと豊かな村になりそうな気がする。
ゴート湿原に着いて驚いた。
カースツル村の生命線というだけあって、見渡す限りトロイモ畑であった。湿原特有の植物採取など望むべくもなかった。
きっと、トロイモしか作れるものがなかったんだな。トロイモは生命力の強い植物である。根でつながるタイプなので繁殖範囲はそれほど広くないが、かなりの純度の雑草魂を持っているので、高地だろうと、砂漠だろうと、湿地だろうと、場所は選ばない。わずかではあるが毒を保有するのも特徴だ。
そのままを生で食せば人体にも影響があるのだが、この毒は湯がけば水に溶けだすという性質がある。そのゆで汁は、この辺りに捨てられている。
なるほど、この辺りには水中に生物の住む気配がない。
あくまで僕にとってということで言えば、ここはすでに何の魅力もない場所になってしまった。
湿原の奥に向けて、浮橋が伸びている。湿原は遠浅で、しばらくは浮橋が続く。やけに新しいように見えるが、気のせいだろうか。1時間程歩いたので、5キロメートル程だろうか、そこまでは、深くても膝辺りまでの水深しかない。浮橋の突き当りにはスペースを広くとった浮桟橋になっていた。この先は、ぐっと水深が深くなるため舟が用意されていた。
10人ほど乗れるサイズの舟が2艘。1艘には僕ら探索班が乗り込む。もう1艘に食料などを載せ、村人の協力のもと目的地へ向かう。小一時間程西へ向かえば、目的のダンジョンのある小島が見えてくるらしい。滞りなく村人たちが段取りをして、僕らは舟をこぎ出した。
ここからは水の透明度が格段に高くなる。水が循環するシステムが出来上がっているのだろう。湿地帯というよりも大きな湖といった方がいいように思う。毒の成分も薄れるのか、虫や魚の姿も見ることができる。警戒心の薄い魚たちが舟と並走しているのが微笑ましい。
ここまで、モンスターの影はない。
人里から程よく離れている湿地帯、そしてまだ新しいとはいえダンジョンの近く。これでモンスターがいない方がおかしい、と思うのだが…。
これは順調な滑り出しというのか、それとも、嵐の前の静けさというのか…。
「暇だなぁ、おい。」
「ちょいと、リーダー?変なフラグたてようとしてる?やめてね。暴れたりなくて溜まってんのはわかるけど。」
「溜まってんなら、そこの姉ちゃんに発散してもらえばいいさ。なぁ姉ちゃん。」
「は?知らないわよ。」
「昨夜もよろしくやってたんじゃねぇか。そこのガキンチョと。」
「でも、私、そんなお粗末な子供チンポじゃ満足できないの、ってな。」
「ちげぇねぇ。」
「「「がははは。」」」
「何をいってんだか。失礼ね。ねぇ、ユウキ。ユウキのはちゃんと立派です。」
「あの、コーネリアさん。誤解を招く発言は、…。」
「「「…。」」」
トンプソンズの2人、トンプソンさんとバドルさん、加えて測量士のザックさんの3人は、こうして下ネタ方面にからんでくるのがお好みである、が、女性の方が一枚上手なのは万国共通です。あまり免疫のない僕には、ちょっと腹立たしい所もあるのだが、おかげでコーネリアさんがこちらを構ってくれるので、お相子で。
こんな時、話には参加しないのは、寡黙紳士のメイヤーさん。ひとり、舳先に立ち周囲に異常がないか索敵中である。尊敬します。
水面の向こう側に島が見えてきた。6つの小島が並んでいる。
この湖には、湖中に直径1キロメートルほどの柱が何本も立っているらしい。柱の天辺は基本平らだが、多少凸凹はしているようで、その内の一部が水面から顔を出している。今見えている6つの島はその一本の柱の天辺の凸部分だ。つまり、この6つの小島を含めた周辺1キロメートル四方は、歩いて移動できる程度の水深ということだ。
小島に近づくと、多少離れていてもわかるが、水中の柱が薄らと見えてくる。湖は底が全く見えないので、水の透明度を考えると20メートル以上はあると思われる。こちらにもすでに湖岸には浮桟橋が設置されており、簡単に舟を横付けできるようになっていた。さらに村人の協力体制の本気度を垣間見る。少し離れた所に高さ1メートル程の高床式の小屋が、設置されていた。先に現場に送っていた資材とはこれのことだったのか。小屋までは例のごとく浮橋が設置されている。
食料などは、また村人が小屋まで運んでくれた。本当に至れり尽くせりである。小屋の中は3DKになっており、ダイニングキッチンには囲炉裏もあれば、薪や炭、小部屋には布団まで用意してあった。村人よりも良い生活ができそうだ。
ダイニングキッチンを抜けると屋根付きのバルコニーになっており、そこには山の様にロープが置いてあった。僕らが持参したものの軽く10倍はあった。
重ねて思う、どうしてこの村はこんなに貧しいのだろう…。
「お風呂はないのね。」
驚きの発言いただきました。コーネリアさんってパンがないときはケーキを食べるタイプの人なのかしら。ま、そこはみんなでスルーして。
「だれか、ツッコんでくれないかしら。私本気みたいじゃん!」
予定より早く着いたため、みんなで少しダンジョンの様子を見に行くことになった。トンプソンさんが、少し、ほんとに少し、チップを渡しただけだったが、村人は大喜びで舟を1艘残して帰っていった。完全に村人の働きに見合っていない気がしたのだけれども…。
トンプソンさんに、僕のジト目を気付かれてしまった。てっきりそういうの鈍い人だと思っていたのに。
「ザック説明してやって。」
「よし、シンバル。説明してやれ。」
「えー、俺ですか?ま、しょうがないか。えーっとね、ダンジョンってのはさ、発見したら国から色々補助が出るんだよ。基本ダンジョンの踏査は国の事業のひとつだからね。ダンジョンのありようってやつだけで、国の浮沈に関わるって言われてるくらいさ。だからダンジョンを見つけたら、まず国への報告が義務付けられている。その分報告すれば、村にそれなりの報奨を出す。ダンジョンまでのインフラを整備することを条件に、それにプラスαがあるって話だ。だからカースツル村も結構なものをもらうことになる。僕らの報告によってね。」
「へぇー。」
ダンジョンの入り口は、右から2つ目の小島にあるそうだ。
ロープをひと抱えを持って浮橋でダンジョンへ向かう。
入り口は広かったが、すぐに行き止まりになる。ダンジョンに入って10メートルほどのところで、穴は下に向かってのみ伸びていた。メイヤーさんのライトの魔法では底まで照らすことはできなかった。松明のかけらを落としてみると、ジュッと音を立てて火は消えてしまった。100メートル以上の高さではないかというのは、測量士のザックさんの判断だ。
「場所が場所だけに水ってのは怖ぇな。」
「ま、いっぺんは降りてみなくちゃなんめぇ。」
「こりゃ、なかなか厄介かもな。」
メイヤーさんのライトの魔法とシンバルさんの持つ松明、そのどちらでもない明かりの影が不自然に動いた。
それは、いちばん入り口側にいるはずの僕とコーネリアさんの背後から伸びていた。
「伏せろ!」
反応できたのは僕だけだった。
「は?」
僕はコーネリアさんの手を取って、引き倒そうとしたが間に合わなかった。
コーネリアさんを頭から飲み込んだそれは、大きな蛇のようなモンスターだった。
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