第19話 コーネリアさんと少しだけお近づきになる。
翌日、お昼ごろに無事カースツル村に到着した。
僕にとってはすごく意外なことだった。ただ、トンプソンズの面々、ザックさんと旅慣れた人たちの選択は、野宿一択だった。
基本的には宿の無いような小さな村にも、国からの要請で、いずれかのギルドが宿泊所を提供しているはずなのだが…。
カースツル村は、街道の終着地にある村である。しかしそれはあくまで分道の、である。本道の終着地であれば、港町であったり、隣国への中継地であったりと、活気のある町が多いのだが、分道の終着地ではその様相は一変する。
周辺にあるのは湿原のみという、なんとも旨みの無い村を好んで訪れる人はいないのだ。
そんな村の宿泊所は、管理人として現役を引退したような老人が一人でいることが多い。ろくに管理されていない宿泊所は、ただただ汚いし、臭い。管理人の老人が誰に知られることもなくお亡くなりになっていた、なんてことも珍しくはないらしい。
野宿一択というのも当然の帰結となる。
とにもかくにも、村にお世話になることは変わりないので、村長に挨拶がてら今後の予定の打ち合わせも済ませる。水や食料、馬の世話など諸々のことを手配してもらう。
村長はとても協力的で、村を挙げてバックアップしてくれると力強いお言葉を頂いた。湿原で獲れる作物は村にとっての生命線で、それを脅かすダンジョンの存在は決して無視できるものではないようだ。
早々に村長の家を辞去し、村から北へ、ひとつ丘を越えた辺りで野宿の準備をすることになった。
「村長の家に泊めてもらえば良かったのでは?」
「論外だ。向こうから申し出があったとしても、断固拒否だ。」
ごく普通の選択肢だと思うのだけれど、トンプソンさんに聞いたら、にべもなく拒否られてしまった。理由を聞いても、
「ガキは知らなくて良いんだよ。」
と、にべもない。
コーネリアさんだけ、離れたところに座っていた。
トンプソンズの3人とザックさんは旧知の中で、面倒見の良いザックさんは助手のシンバルさんを適度に弄りながら、仲良く焚火を囲んでいる。
僕はおじさん達の助平話を抜けて、周囲を散策している。ここは湿原が近いからか、レントン周辺とは違う植物を見ることができる。湿原ではどんな植物に出会えることか、期待が膨らむ。
(サンチョがあるよ。)
「サンチョって、あの香辛料の?あれって湿地産?」
(いや、そこに。…そう、その小さな実のついたの。)
「へぇ、これが…。てことは、この辺はほとんど…。」
香辛料や調味料は、採れる場所が限定されていることが多い為、高価なものが多い。これ、採れるわりには、カースツル村って貧しいよね。もしかして、気付いていない?
「エルコって物知りだね。」
(ぼく、えらい?)
「うん、えらいえらい。」
(うふ、誉められちゃった。エヘヘ。)
「でもね、エルコ。エルコは女の子なんだから、ぼくじゃなくて、わたしって言うんだ。」
(…わたし?)
「そうすれば、もっと、かわいいんだぞ。」
(か、かわいい…。わ、わたし、かわ、か、かわいい?)
「そう、わたし、かわいい。」
エルコが照れてる。ん~、癒されるなぁ、この子は。
「なにが、かわいいのかな?」
「ひゃぁ!」
突然背後から声をかけられて、変な声を出してしまった。振り返ると、コーネリアさんがクスクスと笑っておられる。おじさん達の馬鹿話が遠くで聞こえていたので、油断してしまった。
コーネリアさんはやっぱりおじさん達とは絡まないのか。見た感じ特に恥ずかしがり屋さんというわけでもなさそうだけれど…。
そうか、この人の場合は、その背後に控える、噂のノースンダルム医術ギルドの某ババアの影響が大きいと思われる。さてさて、いったいどのような御仁なのだろうか。
「ほら、こうやって語り掛けてやると、植物と仲良くなれる気がするよ。」
ん、流石は年上のお姉さま、ジト目がお上手です。
「この実、見たことありません?」
「どれ?ただの雑草じゃないの?」
「サンチョです。」
「サンチョって、香辛料のサンチョ?」
「そのサンチョです。この辺り、自生しているんですね。」
「高級品じゃない。あれ、カースツル村ってそんなに裕福な村だっけ?」
「村の人は多分知らないんです。知っていたらあんな暮らしぶりじゃないはずです。明日、教えてあげましょう。」
「…いや、それはやめた方がいいと思う。」
「なんでです?」
「たぶん、血を見るわ。お役所に報告するなりして、体制を整えてからでないとね。」
「ふーん。」
「ところで、私、これ食べたことないんだけど。」
「僕もない。」
「気にならない?」
「気になる。」
「食べてみたくない?」
「うん。食べてみたい。」
微かな背徳感は、青春の1ページ。僕らはこうして大人への階段を1歩ずつ進んでいくのだ。
「同時にいきましょう。」
「同時に。」
「「フフフ。」」
「「せーの、」」
もぐもぐもぐ。…!
「「くっさーっ!」」
「んん、ネットリとした食感。いつまでも口内に残る不快感。…ぐむッ。」
「なにこの、これ、んぐ。青臭い、青臭い中に、その向こう側に漂う腐臭というか、夏場のムッとした共同浴場の脱衣所のような…、あッ、痺れてきた。これ毒じゃない?毒じゃないの?ぁあ…。」
……。
僕とコーネリアさんは地面に突っ伏した。
「素人が下手に手を出すものじゃないわ。」
「何か、加工がいるのかな。乾燥させたり、炒ったり、…。」
「考えてもしょうがないわ。専門家に任せればいいのよ。専門家に。」
「そうですね。」
しばらく2人で寝転がったまま呆としていた。陽も少し傾いて、空が茜色へと変化を見せていた。不思議な気持ちだ。初めて訪れる知らない場所なのに、同じ空なんだな。
ワクワクした。僕は自分の世界が少しずつ広がっていく感じがした。ひとりの時には感じなかった充足感があった。
僕が身体を起こすと、コーネリアさんも身体を起こした。
「あんたがいてよかったわ。」
「おじさん達が苦手なの?」
「あのおじさん達の話ったら下ネタばっかなんだもん。こっちは年若い乙女だっつーのに!」
「あははは。」
「改めてよろしくね。ユウキ。」
「こちらこそよろしく。コーネリアさん。」
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