第18話 ダンジョンアタック出発の日。

 ダンジョンダイブの朝が来た。

 寝覚めは良好。ちょっと後頭部が痛いけど、無問題。


 昨日湯浴み場で全裸で意識を失っていた僕を発見したのは、シャティアさんだった。その時に同じく全裸でワタワタしていた、謎の身元不明女子のエルコも目撃されてしまったが、こちらも無問題。


 正直に事情を説明したところ、シャティアさんは僕とエルコの謎親子関係も納得してくれた。それどころか、マットをマーガレット部屋に追い出し、2段ベッド部屋を親子部屋認定してもいただいた。


 マットは不服そうだったが、同情の余地は無い。なぜなら、彼は追い出されたことが不服なのではなく、エルコがかわいいから不服なのだ。

 これも無問題。誰が何を言おうと、お前に娘はやらぬ。これは決定事項だ。シャティアさんも同意である。


 この家では、シャティアさんが正義なのだ。


 そのシャティアさんのお世話スキルに脱帽。ダンジョンダイブ予定2週間分の携帯食料やら下着やらの生活用品はすでに準備済み。僕はそれをリュックに詰めるだけでよし。朝ごはんもおなか一杯食べたし、何から何までありがとうございます。


 珍しく、出掛けに師匠からアドバイスを頂いた。「魔法はあまり人に見せないように。」だそうだ。…確かに僕の魔法は、あまり一般的ではないのは知っているが…。でも、でもね、特訓の成果は見せるべきではないか!と思う気持ちもあったりして…。ていうか自慢したいじゃない?…ま、見せびらかすのもどうかと思うので、必要に応じてってことかな。


「いってきます。」

「「いってらっしゃい。」」


 師匠とシャティアさん、2人で送り出してくれた。当然ながらマットは爆睡中。思いやりのない兄弟子である。


 待ち合わせのセブリ山の山頂から陽が出る時刻までは、まだ余裕がある。場所は西門だから、ゆっくり歩いても20分程度で着く。


 荷物はいつもよりお泊り分多い。一番の重量物だった薬研は、魔法を使えばいらないので格好がつく程度の軽い器で代用することにした為、全体としてはだいぶ軽くなった。


 待ち合わせ場所に着くと薬師ギルドのジョブスさんが、今回のミッションの同行者を紹介してくれた。


 まずは、探索ミッションの要、クリエイターズギルド所属の測量士ザックさんと、その助手シンバルさん。測量士のみでは探索はできないが、ダンジョン踏査個所の記録を正確に残すという重要な役どころだ。ザックさんは、この道30年のベテランさんだ。ザックさんの作るマップは、ザック印としてブランド化もされているくらいだから、すごい人なのだ。シンバルさんは年齢は20歳くらいだろうか。ザックさんの方がおしゃべりさんなので、その陰に隠れてほとんど話はできなかった。挨拶は、すごく気持ちよく返してくれたので好印象だった。


「へぇ。まだ若いな。コンデコマンの弟子なんだって?あのじじい、まだ生きていたんだな。」

「師匠をご存じで?」

「まぁ、親父みたいな歳だからな、実際いろいろ世話にはなったかな。俺もじじいの弟子ってのを何人も面倒見てやったけどな。ま、持ちつ持たれつってやつだな。よろしく頼むわ。」

「よろしくお願いします。」

「あ、あの…。私もよろしくお願いします。コーネリアです。」


 横から声を掛けてきたコーネリアさん。金髪さんだ。医術の中でも、治すことよりも状態を診断することを専門とする、といっても応急処置程度に魔法も多少は使うらしいが、ノースンダルム医術ギルドの救命士だそうだ。

 パッチリたれ目のポッチャリさんでとてもかわいらしい。かわいらしいといっても、歳はたぶんシンバルさんと同じくらいか、ちょっと下だろう。僕より上であることは間違いない。女性相手に年を聞いたりはしないけどね。


 後は、今回の探索ミッションのメインパーティのトンプソンズの皆さんだが、まだ来ていないようだが…。


「おっ、なんだ女の子がいるぜ。よっ、ジョブスさん。彼女も今回のミッションに同行を?」

「はい。ノースンダルム医術ギルドの救命士、コーネリアさんです。」

「ノースンダルム。あのババアのとこか。」

「さて、私には誰のことを言っているのかわかりませんが…?」

「ま、いいさ。さぁ、こんなミッション、チャッチャと終わらせようぜ。」

「うちのギルドの担当者ダスティンが来てないな。また寝坊か?ま、ジョブスさんがいれば問題ないか。」


 ガヤッと3人で現れたのが、この探索ミッションのメインパーティ、冒険者ギルドのトンプソンズのみなさんだ。

 先頭の茶髪角刈りアゴヒゲおじさんがリーダーのトンプソンさん、続いて黒髪長髪眉無しノッポおじさんのバドルさん、この2人がガッツリ力技ゴリ押し戦闘タイプ。最後に少し控えて感じでやってきた、茶髪マッシュルームちびのメイヤーさん。僕より背が低い。でも彼がダンジョン内での索敵などを主に担当するパーティの要的存在だ。戦闘補助的な魔法も使えるらしい。

 総合して、みんな目つきが悪い。


 全員の自己紹介が終わったところで、出発である。

 目的のダンジョンまでは、まず馬車を使って2日でカースツル村へ。その村からゴート湿原までは徒歩、そこから船で目的のダンジョンまでで1日。計3日間の道程だ。

 途中にこれといった難所もなく、なだらかな丘陵地帯の街道を進む。意外なことにメイヤーさんが御者を買って出てくれた。てっきり誰かに押し付けるのかと思っていたが、実はいい人。目つきが悪いだけ。

 僕は馬車の操り方も教えてもらった。言葉数は少ないが、ちびっこ同士ちょっと親近感があるようで、良く面倒を見てくれる兄貴分肌らしい。


 後ろの荷台では、ザックさんが今回のダンジョンアタックの打ち合わせを、念入りに行っている。トンプソンさんとバドルさんはたいへん鬱陶しそうにしている。トンプソンさんとザックさんは今回のようなミッションで一緒になることも多いらしく、旧知の仲のだそうだ。お互いのことをわかっているだけにザックさんの要求も厳しくなるのだろう。測量というのを僕は見たことがない。ただ、測量をしながらの探索は普通よりもよほど時間がかかるのだろうことは、何となく想像できた。


 馬車を進めていくうち、僕に手綱を渡したメイヤーさんが、馬車を飛び降り先に駆けていった。何かと思えば、道に落ちている拳大の石を脇に除けていた。繰り返し車輪が石に乗り上げていると、格段に馬車の寿命が縮むのだそうだ。行き来している人が、こうやってメンテナンスをしていれば、街道はより安全快適になるのだという。

 やっぱりいい人だ。絶対見た目で損をしている。


 カースツル村までの道の半分を少し過ぎたあたりで、野営の準備に取り掛かる。日が暮れるまでにはまだ間があるが、それくらいに余裕を持つことが旅の基本だという。

 旅と呼べるものでもなかったが、僕がひとり外に放り出された時はとにかく必死で駆けずり回っていたので、ミッション初日は何とも拍子抜けのするものだった。


 ミッション中の食事は、簡単に済ませることが多い。今もカッチカチの干し肉と、カッチカチのパンのみである。


「スープが欲しいなぁ。」

「なんだガキんちょ。贅沢言ってんな。」


 どうやら声が漏れていたらしい。トンプソンさんに食いつかれてしまった。


「ミッションではな、水は大事なんだよ。そんな気軽に使えるもんじゃねぇ。それにこんな草原で調理なんかやってみろ。臭いにつられてモンスターが寄ってくるぜ。モンスター祭りだぜ。片付けも面倒くせぇしな。まったくコンデコマンの野郎ろくでもねぇ奴をよこしやがって…。」


 どうやらトンプソンさんも、師匠のことをご存じなようで。師匠をネタにコッテリと搾られた。


 これは、今後気を付けないと、耳タコルート一択のフラグだな。


 ひとしきり、説教が終わるとおじさんたちはおじさんたちで、健康談議に花を咲かせていた。


「水が大事なのはわかるけど、寝る前に身体の汚れくらい落としたいよね。魔法で水を出すことってできないのかな?」


 僕はおじさんたちから少し離れた所で、コーネリアさんにジャブを放ってみた。


「そうね、水を出すことはできるけど、十分な量は無理ね。私でも両手に一杯くらいの水を出すだけで、意識がとんでしまうと思う。」

「へぇー。そうなんだ。」


 なるほど、なるほど、それが一般的なのですね。




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